"短い時間の中で"
森から飛び出して来た男性達は、馬車を見ながら興奮気味に話していった。
「すまない! ツィードまで俺達を急ぎ運んでくれ!」
「お礼は必ずします! お願いです! 急いでいるんです!」
「落ち着いて下さい。どうかお話を先にお願い出来ませんか?」
その様子は息も絶え絶えであり、とても焦っているのが見て取れたが、ここからツィードまで向かうにしてもまだ遠いと言えるほど離れた場所となる。
焦る二人をなだめるように静かに答えていくイリスに、男性達は謝罪をして軽く息を整えながら言葉にしていく。
「……すまなかった。少々焦っていてな。
俺はホルストで、こっちがマルコ。ツィードで冒険者をやってる者だ。
俺達は最近見つかった洞穴の調査依頼を受けたんだが、仲間が二人怪我をした上に、仲間の一人が内部の壁際にあった穴に落ちちまってな。
救助を呼ぶために苦肉の策で街道まで来たところで、あんたらに会えたんだよ。
この辺りの魔物はそこまで強くはないが、洞穴に関しては未開な上にとても暗い。
まさか深い穴が開いているとは思わず、吸い込まれるように落ちちまったんだ」
「僕達はあくまでも洞穴の周辺調査と、簡易的な内部の構造調査をしていたんですが、岩陰に潜んでいたフロックに負傷した仲間がいて、現在も動けずに助けを求めているんです。どうかツィードまで急ぎ、送って下さいませんか?」
なるほどと言葉にしながら考え込むイリスは、洞穴の詳しい場所を尋ねていった。
「洞穴はここより近いのですか?」
「いや、ここからだと、千三百メートラ程北西に進んだ場所になる」
ホルストの話に頷きながらヴァンへと向き直ったイリスは、ツィードまでの距離を確認していく。ヴァンに続きロットも言葉にするも、あまり良い状況ではなさそうだ。
「ツィードまではあと一日半、といったところでしょうか?」
「うむ。エステルを走らせたとしても、一日はかかるだろう」
「魔物がいる洞穴に落ちただけでなく、二人だけでその場にいるのも危険だと思うよ」
「だが街に向かい、救助を呼ぶ方が確実だ。三人の命がかかっているんだ。どうか力を貸してくれ!」
懇願するホルストだったが、残してきた三人が危険である事には変わりがない。
たとえエステルを走らせても無事でいてくれる保証などないどころか、とても分が悪い状況だと思えたイリスは、一つの決断をする。
「ツィードまではまだ遠く、現状はあまり良いとは言えません。……やはり救助に向かいましょう」
「たった五人で救助なんて危険過ぎます! 応援を呼ぶべきでは!?」
声を荒げるマルコに向き直りながら、イリスは言葉にしていった。
「いいえ。救助に行くのは、私とシルヴィアさんの二人にしましょう。
ヴァンさん達はこの周囲にある安全な場所で警戒をしつつ、待機をお願いします」
「二人で大丈夫か?」
「はい。無茶をするつもりはありません。それと、六アワール過ぎても戻らなければ、ツィードを目指し、救助を要請して下さい」
真剣に言葉にしたイリスの瞳を見て、ヴァンとロットはそれ以上尋ねる事もなく、イリスの提案に乗っていった。
唖然としてしまうホルストとマルコだったが、イリス達は準備に取り掛かっていく。
食料五人分を二食ずつと魔物除けの薬に、薬を多めに用意したバッグをシルヴィアが担ぐ。ライフポーション二十、スタミナポーション十、マナポーション二十だ。
何が起こるか分からない以上、ポーションはかなり多めに用意した。
イリス達の鎧にも、各種ポーションが一種類ずつ入っている。
準備を終えたイリス達はエステルに挨拶をして、もう一度ホルストに確認を取っていった。
「北西に真っすぐ千三百メートラでしたね?」
「あ、ああ……。だが、本当に行くのか? なら俺達も……」
「いえ、ホルストさん達にはヴァンさん達と共に、馬車の護衛をお願いしたいのです。
大事な馬車と、とても大切な仲間なんです。どうかお願い出来ませんか?」
少々ずるい言い方をしてしまったが、彼ら二人が一緒だと真の言の葉が使えない。
申し訳ないが、遠慮させて貰う事にしたイリスだった。
「準備はどうですか?」
「ええ、問題ありませんわ」
「では行きましょう。後はお願いしますね」
「ああ。分かった」
「気を付けてね、イリス、シルヴィア」
「いってらっしゃい。イリスちゃん、姉様」
「はい! いってきます!」
「ええ! ではいってきますわ!」
小走りで森へと入って行くイリス達は、すぐに見えなくなってしまった。
そんな様子を未だに驚いた様子で見つめる二人に、ヴァンは声をかけていく。
「あちらは問題が無い。寧ろ馬車の護衛をする俺達の方が危険かもしれない。
この場で待機しての馬車護衛は少々難しい。もう少し開けた場所に向かおう。
そこで六アワール待機をし、それでもイリス達が戻らなければ、ツィードへと救助申請に向かう」
ヴァンは先ほどの事を復唱して、エステルを少々進めた先で待機をしていった。
* *
小走りになっていたイリス達は立ち止まり、魔法を発動していく。
「"広範囲索敵"! "保護結界"!」
温かな守りの光に包まれる中、イリスは言葉にしていった。
「見つけました。前方千二百五十メートラですね。魔物の姿も直線状にはいません」
「彼らの距離感が正確ですわね」
「恐らく、探索を主に活動をされている方達なのでしょうね」
「なるほど。であれば、なるべく急いで向かった方がいいですわね」
「はい! まずは近くまで向かいましょう!」
イリス達はフィジカルブーストを使いながら、急ぎ洞窟へと進んでいく。
走りながらシルヴィアは気になる事をイリスに尋ねていった。
「ところで、私で良かったのですか? こういった場合は、ヴァンさんが適任なのではないかしら」
「それも考えたのですが、色々考慮した上でシルヴィアさんが適任と判断したんです」
「私が、ですの? 頼られるのはとても嬉しいですが、あまり実感が湧きませんわね」
イリスにそう言われても尚、自分よりもヴァンの方がいいのではないだろうかと思っていたシルヴィアだったが、彼女の考えではシルヴィアが適任だと確信していた。
「確かにヴァンさんは経験も豊富ですし、獣人さんでもありますので、腕力だけでなく、嗅覚といった感覚も、人種の私達よりも遥かに優れています。
ですが、これから向かうのは洞穴ですから、ヴァンさんの戦斧では少々扱い辛い場所だと思います。
洞穴自体も狭い可能性を考慮し、小柄な私達でという意味も含みますが、シルヴィアさんは水属性ですから水を出す事が出来ます。流石に水を持って洞穴に向かうのは大変ですし、何よりもエステルの護衛に経験者である二人を残しておきたかったんです。
どんな事が起こるかも分からない状況下で物事を判断するには、ヴァンさんとロットさんのお二人をエステルのところに残すのが最善でしょうから。
ネヴィアさんは魔術師ですし、洞穴内で魔法を使うのは危ないと思えたんですよ」
淡々とイリスは話しているが、シルヴィアは驚きながら聞き返してしまった。
「……あれほどの短い時間の中で、それだけ多くの事を思い付いたんですの?」
「はい。後は私ですね。真の言の葉もありますし、救助に行くなら私は確定です。
そして危険種が出た最悪の事態を想定して、マナポーションを大量に用意しました。
危険種相手に二人では危ないとは思いますが、今度は躊躇わずに風の囁きを使うつもりですし、万全とは言えないまでも、出来る限りの対策は出来ていると思います。後は、匂いでしょうかね……」
そうイリスが言葉にした頃、洞穴と思われる外観が見えて来た。そしてあの匂いも。
「……やはり漂ってますね。ヴァンさんを待機して貰った理由の一つがこれです。
本人は大丈夫だと仰ってましたが、この匂いは人種であっても相当に辛いもので、獣人であるヴァンさんにとってこれは、最悪と言えるものだと思えました。
ほんの少しでも感じる事なく魔法で守る事も出来ますが、そういった空間にヴァンさんを連れて行く事自体に、私は強い抵抗感を感じてしまったんですよ」
「なるほど。確かにそうですわね」
苦笑いしながら洞穴の前まで辿り着いたイリス達。
外観は洞穴というよりも、大地の裂け目といった方が正しいだろうか。
まるで突如開かれたかのようなとても不気味な口が、この場に訪れた者を手招きして喰らおうとしているようにも思える場所で、入る前から危険だと、身体の内側から警告を発せられている感じがしてしまうイリスとシルヴィアだった。
今回は予め保護結界を強めに使い、強烈な匂いをかなり抑えておいた。
再び広範囲索敵を発動するイリスは続けて、洞穴の内部構造を調べていく。
「"構造解析"!」
二つの魔法により、三名の要救助者の安否を確認する事に成功はするも、同時にイリス達は眉を寄せていってしまった。




