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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"薬師で冒険者"

 

「あら、こんにちは。お薬をお求めですか?」


 扉を開けた女性は、白に近い金髪のショートヘアに、少々赤い瞳で優しい目元の方だった。


 年齢は三十代半ばくらいだろうか。

 その穏やかな口調に心地良さを感じるイリスは、自己紹介から入っていく。


「こんにちは。私は薬師のイリスと申します。冒険者もしております。

 街でエッカルトさんの風邪の噂を聞いたのですが、少々気になった事がありまして、もしよろしければ診察させて頂ければと思い、こちらに伺わせて頂きました」

「まぁまぁ、それはわざわざありがとうございます。生憎主人は眠っておりますが、それでもよろしければどうぞ。私はエッカルトの妻、ヘルタと申します」


 快く受け入れてくれたヘルタに、シルヴィア達も自己紹介をしていった。

 流石に名前だけで、フィルベルグを名乗ったりはしなかったが。


 一人ひとり丁寧に言葉を返していくヘルタの仕草や話し方に、祖母レスティを思い起こすイリスだった。

 それはとても懐かしく、そしてとても心地良く聞こえるその声に、心が穏やかな気持ちになっていくのを感じた。


 扉の先は当然ではあるが、魔法薬店となっているようだ。

 元パン屋であった"森の泉"とは少々異なる造りをしているようで、入ってすぐにガラス張りのカウンターが設けられており、中にはポーションが値札付きで綺麗に置かれていた。

 値段だけではなく、効能や効果を丁寧に書いているので、これを読むだけで何に使う薬かがはっきりと分かるようになっている。

 風邪薬や胃痛、腹痛などの薬には、こういった説明書きがあると便利なのだとイリスは改めて思いながら、ヘルタの後ろをついていく。


 カウンターの奥に行くと、そこは調合部屋となっているようだった。

 少々個性的な香りがしているのも、魔法薬とは違うところだろう。


「ごめんなさいね。この部屋はちょっと匂うでしょう?」

「いいえ、薬屋ならではの調合の香りですよ。オルーウェリーフやスールオイルなど、いい香りもしっかりとしてますから、然程強くは感じませんよ」

「イリスさんは薬師でしたね。でもこれだけ混ぜこぜの香りの中から香りを感じるなんて、イリスさんはとっても良いお鼻をお持ちなんですね」


 経験が全くないシルヴィア達にはその差がまるで分からなかったが、薬師でもこの匂いを嗅ぎ分ける事はかなり難しいはずだとヘルタは言葉にする。

 イリスが名称を出したオルーウェリーフとスールオイルは、確かに香り高い素材ではあるが、そもそも二、三十という種類の香りが入り乱れている空間でそれを嗅ぎ分けるなど、並の薬師には難しいだろう。

 しかもオルーウェリーフとスールオイルは強い香りを出す訳ではなく、ただいい香りがするというだけであり、それをこれだけの香りの中で拾い上げる事そのものが、ヘルタには全く分からないと答えていった。


 彼女は薬師ではないが、夫であるエッカルトの助手として、調合の手伝いをしているのだと話した。

 所謂調合見習いである。ここから薬学知識を覚えていき、調合も出来るようになれば、晴れて薬師を名乗る事が出来るのだと、ヘルタはシルヴィア達に言葉にした。

 一応彼女も薬師を目指してはいるが、中々に難しいようで、薬師を名乗れるのは何時になるのやらと、楽しそうに話していた。


「いつかは夫の力になれる薬師になりたいわ」


 そう言葉にしたヘルタの瞳は、愛する人を想っている、とても澄んだ美しい色をしていた。


 いつの間にか調合部屋で立ち止まっていた事に気が付いたヘルタは、ごめんなさいねと言葉にして調合部屋の奥にある扉の先へとイリス達を案内していく。

 その先はダイニングとなっているようで、更にその先が寝室なのだそうだ。


 かちゃりと静かに扉を開けると、そこには大きなベッドがあり、一人の男性が横になっていた。

 年齢は三十代後半くらいだろうか。

 栗毛の髪に穏やかな瞳の男性で、ヘルタと相性が良さそうな印象を受ける、とても優しそうな方だった。


「ヘルタ? そちらの方達は?」

「起きていたのねエッカルト。こちらの方はイリスさん。旅の冒険者さんで薬師なの」

「薬師で冒険者なのかい? それは凄い」


 目を少々大きくしながら妻に言葉を返す男性。

 本来薬師と呼ばれる存在は、素材集めでもない限りは街の外へと行ったりはしない。魔物の対処法を持たない者が多いのではなく、持つ者などいないとさえ言われているからだ。

 薬師と名乗れるだけの知識があれば街の外に行かなくとも、十分に生計を立てる事が出来る。態々(わざわざ)危険な()へと行く者など、薬師となった者であれば滅多にいないだろう。

 更にはイリスのように冒険者にまでなった薬師など、長い歴史の中でも殆どいないのではないだろうか。

 レスティでさえ冒険者として活動した事はない。自衛の為にホーンラビットと戦える程度の強さはあるが、護衛を雇わなければ旅になど出られるはずもない。


「はじめまして、私はイリスと申します。こちらの仲間達と共に旅をしています」

「私はヘルタの夫で、エッカルト・アスマンと申します。ニノンで薬師を勤めている者です。生憎病床に伏せっておりまして、このような姿で申し訳ございません」

「いえいえ、無理に上がらせて頂き、こちらこそ申し訳ございません」


 お互いにお辞儀をする姿に、口に手を当てながらクスリと笑ってしまうヘルタ。

 そんな姿を見たイリスとエッカルトは再び目を合わせると、互いに苦笑いをしてしまった。


 改めてここに来た経緯を詳しく話していくイリス。

 どうしてもあの三人組の会話が気になってしまったので、確認に来たのだと言葉にすると、エッカルトは納得した様子を見せた。


「なるほど。経緯は分かりました。幾分申し訳無さがありますが、よろしくお願いいたします」

「はい。私に出来る事をさせて頂きます。それでは幾つか質問をさせて下さい。

 いつ頃から風邪が続いていますか?」

「そうですね。恐らく今日で八日目でしょうか」

「現在、咳や喉の痛み、鼻詰まり、熱や身体の節々に痛みはありますか?」

「いえ、もう随分と良くなりました。多少微熱がある程度ですね」

「食欲不振や身体のだるさ、吐き気等はございますか?」

「いいえ、全くありません」

「朝までよく眠れますか? 睡眠の途中で目覚める事はありますか?」

「よく眠れるようで、特に目が覚める事もないですね」

「よろしければ手を見せて頂いても構いませんか?」

「ええ、どうぞ」


 そう言葉にして手を差し出すエッカルト。

 イリスは彼の手をじっくりと見つめていく。


 暫くの間エッカルトの手を調べていたイリスは、視線を妻であるヘルタへと向けて尋ねていった。


「もしかして最近、リーキとアルガ芋を頻繁に食されていませんか?」

「え? ええ。栄養価が高いので、よく煮付けにして食べていましたが」


 なるほどと小さく言葉にして、エッカルトの方を向き直ったイリスは尋ねていく。


「エッカルトさん。徐々に睡眠時間が増えているのではありませんか?」

「どうでしょうか。正確な時間までは分かりませんが」


 そう言葉にするエッカルトだったが、ヘルタはイリスの問いに驚いていた。

 すぐさま言葉を返すヘルタは、驚いた様子のまま答えていた。


「いえ、増えていると思います。主人は休んでいるので気付き難いと思いますが、私には眠っている時間が長くなっているように感じます。……もしかして、とても危険な病なんでしょうか?」


 とても不安そうに話すヘルタだったが、すぐに首を横に振りながら、彼女を安心させるようにやさしくイリスは説明をしていった。


「いいえ、危険な病気ではありませんのでご安心下さい。

 この病気は"ヤロスラフ病"と呼ばれるもので、"睡眠過度病"とも言われている、所謂睡眠障害の一つです。徐々に睡眠時間が増えていき、日中であっても眠気が強く感じられるようになる病気なんです。

 エッカルトさんの爪の根元には、ヤロスラフ病特有の黄色がかった血色になっています。症状や風邪の発症時期、食したものまで全てに一致しているので、間違いないでしょう。

 発症から三日は過ぎていると思われますので、このまま放っておいても後二週間ほどで自然に回復するでしょう。

 治りかけとなる来週末から身体のだるさと、強めの眠気は襲って来ますが、そこまで日常生活に害はないと思います。

 ですがニノンでは、エッカルトさんしか薬師さんがいらっしゃらないとの事ですから、お薬を必要としている方達の為に治療をするのがいいと思います」


 イリスの診察になるほどと言葉にするエッカルトと、その説明に心から安堵するヘルタだった。



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