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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"どんなものにも"


「少々お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


 素材の買取を終えたイリスは、素材を奥へと運ぼうとしている男性職員に話しかけるも、どうやら他にギルド職員はいないらしく、一人で素材を持ち上げようとしていたようだ。


「ええ、大丈夫ですよ。私でよければお伺いしますが」

「ありがとうございます。私達は世界にある読めない石碑の調査をしているんです。アルリオンにあるものと、フィルベルグ南東にある古代遺跡にあるものは見つけたのですが、風の噂でもうひとつアルリオンの西にあるのでは、という情報を得たのです。

 それを探しているのですが、そういった事に詳しい方をご存じありませんか?」

「読めない石碑、ですか……」


 ふむと考え込む職員は、イリスに言葉を返していく。


「……そうですね。そういった事に詳しい者を私は知りません。遺跡や魔物など、冒険に関係する情報であれば、ニノンギルドマスターに全ての情報が入って来るはずです。残念ながら私はアルリオン以外の石碑に関しては知りません。お恥ずかしい話ですが、フィルベルグ近くにも石碑がある事を初めて知ったくらいですから」

「そうですか。……ちなみにですが、ニノン冒険者ギルドマスターさんへ、この件についてお伺いして頂く事は可能でしょうか?」


 きょとんとする男性職員は暫く固まった後、笑いながらイリスに答えていった。


「いやあ、すみません。虚を突かれるとは、こういった事も言うのでしょうな。

 申し遅れました。私はニノン所属冒険者ギルド素材受付業兼任、当ギルドマスターのオイゲン・ヘルトと申します」

「ぎ、ギルドマスターさんが、素材買取業もなさっているんですか?」


 目を丸くしながら問い返してしまうイリスだったが、どうやら仲間達も同じ気持ちのようだ。

 そんなイリス達を見ながら、オイゲンは笑いながら言葉にしていった。


「いやあ、外からいらした皆さんはそう仰いますな。

 私はこのニノンの出身でして、一昨年から帰郷し、ギルドマスターに就任したのですよ。それまではカリサで素材買取業のギルド職員として勤めておりました」

「カリサですか。ここより南東にある、アルリオンとエークリオ間の街ですね」

「ええ、そうです。ニノンギルドマスターである前任者の退職と同時に、私が就任させて頂いた次第ですな。そんな事から、そういった情報は私に入るようにはなっているのですが、石碑は勿論、遺跡や遺物の発見などの報告は受けておりません。就任前の情報も既に引き継いでおりますから、間違いはないと言えるでしょう」

「そう、ですか……。申し遅れました、私はイリスと申します。

 彼らと共にチームを組み、リーダーを務めさせて頂いております」


 お役に立てず申し訳ありませんと言葉にするオイゲンに、イリスはとんでもございませんと返していった。

 情報が得られない事も想定していたイリスだったが、やはり言葉にされると残念という気持ちが強く出てしまっていた。


 だがこのニノンは、アルリオンからそう離れた場所でもない。

 荷馬車で七日という距離は離れているが、この辺りであればアルリオンでも情報は掴めるはずだ。

 予想通りとも言えるのだが、やはりもっと西に行かねばならないのだろう。


「お話して頂き、ありがとうございました」

「また何かあれば仰って下さい。お役に立てる事もあるかもしれませんからな。

 それではどうぞごゆっくりニノンでお過ごし下さい」


 そう言葉にして軽くお辞儀をするオイゲン。

 はい、ありがとうございますと笑顔で言葉にしたイリスは、仲間達と共にギルドを出て、宿に向かっていった。


 途中、言葉が漏れてしまうように、ヴァンが小さめに話していく。


「……何と言うか、とても気さくなマスターだったな」

「ええ。俺もびっくりしました。ギルドマスターというと、気難しい方というイメージが強いのですが」

「そうなんですの? 私はタニヤさんのような方が普通なのかと思いましたが、違うのかしら?」

「む、むぅ。タニヤ殿は、かなり特殊だと思われるが……」

「そうですね、俺もそう思います」


 エルマのギルドマスターであるタニヤは、世界でも類を見ないほどの存在ではないだろうかと、ヴァンとロットは考えていた。

 これは偏見ではあるし、全てがそうとは限らない事ではあるのだが、彼女のような存在はもう居ないのではないだろうかと思っていたが、それとはまた違った意味で気さくなオイゲンに驚きを隠せなかった。


 そもそもギルドマスターが魔物素材買取を並行して関わっている事など、彼らは全く聞いた事がなかった。

 確かに一昨年就任という事だったので、二人が知らないのも当たり前ではあるが、その話を聞いた今でも寝耳に水といった様子を見せた。


 ロットは言葉を選んで、ギルドマスターとは気難しい方というイメージが強いと言っていたが、実際には高圧的で、とても聞く耳など持たないような存在が多いと思っていた。


 どうにもイリスと旅に出てから、いや、イリスと出会ってから新しい事を知る機会が非常に増えた気がする二人は、毎日が本当に楽しく思えている。


 正確にはイリスのお陰という訳ではなく、イリスが旅に出る切欠をくれた事で、それを知る機会が増えたのがとても大きいと思えたが、これは二人がプラチナランク冒険者である事も、ひとつの理由としてあるのかもしれない。

 ギルド依頼を要請される彼らは固定したパーティーを組む事が難しく、基本的に遠出が出来難くなっている。

 当然、それを制限する事などギルドは規約で出来ないようになっているのだが、現実には体良く使われる存在というのが現状となっていた。


 そういった扱いをしないのは、フィルベルグ冒険者ギルドマスターであるロナルドくらいだろうと思っているが、それもどうやらタニヤだけではなく、ニノンのオイゲンもそういった方ではないらしい。

 オイゲンの前で、二人がプラチナランクである事を告げれば豹変してしまうかもしれないが、そういった人にも思えなかった。


「……やはり偏見なのだろうな」

「……俺も今、同じことを考えていました」

「なんですの?」


 ぽつりと呟いたヴァンの言葉に返すロット。

 それを首をかしげて問いかけるシルヴィアに、二人はその事を話ながら、そう遠くはない宿屋への道を仲間達と共に歩いて行った。


 

 *  *   



 銀の杯亭。


 ここはニノン入り口付近に造られた宿屋で、二つある内の一つとなる。

 小さな街とはいえ、大きめに造られた宿屋の外観はそれなりに立派だった。

 当然宿屋という場所は、旅人の為に建築されたものである為に、基本的にはどの街も良い造りとなっているそうだ。


 ぼろぼろの宿屋しかない場所にもう一度来たいとは思わないからな。

 そう言葉にしたヴァンに、思わず納得してしまうイリス達だった。


 二人部屋と三人部屋を用意して貰い、イリス達はそのまま宿屋の亭主に食事が出来るところを訪ねていく。

 宿屋のご主人に話を伺うと、こちらでも食事を出す事は出来るのだが、同じ値段を出すのなら街の中央付近にある店がいいですよとお薦めのお店を教えてくれた。

 少数に出す料理と、大人数を見据えた料理を出し続けているとでは、出てくる料理に差が出るのだろうとイリスは思っていた。


 食材をまとめて購入すれば、それだけ値段も抑えられるかもしれない。

 そういった料理を出しているお店には勝てないのだと、亭主は答えてくれた。


 こんなこと、普通の店では教えてなどくれないはずだ。

 商売なのだから、ぜひ自分の店でと答える者が多いのではないだろうか。

 それを教えてくれるという事そのものが、ニノンという街の本質なのかもしれないとイリスは感じていた。


 少々話し込んでしまったイリス達は、宿屋の名前の由来を教えて貰っていた。

 まるで酒場のような名前を疑問に思ったのが始まりだが、どうやら少々違っていたようだ。


 もう七十年ほども前となる昔、一人の旅人がこの宿に泊まったのだが、宿泊費を支払えずに持っていた銀の杯で支払おうとしたのだそうだ。

 流石に宿泊費以上の高価なものとなるので、受け取れませんと断ったそうなのだが、迷惑料にと置いて行ってしまったらしい。

 その事に由来し、家宝となった銀の杯を宿屋の名前に改名し、今現在に至るのだとか。それまでは『ニノンの宿』という、とても冴えない名前だったのだそうで、とてもいい名が付けられたと当時の主人は思っていたという。


 実際にその杯を見せて貰ったイリス達だったが、何の変哲もない銀の杯なのに、それは不思議な輝きを放っているように見えていた。

 形容しがたい輝きをイリスは『大切な想いが込められた物だから、輝いて見えるのですよ、きっと』と言葉にすると、とても優しい声で亭主にお礼を言われてしまった。


 人から見ればただの銀食器でも、込められた想いでそれ以上の物となる。

 これはどんなものにも、そしてどんな人にも感じられる、大切なものの一つなのだと思えたイリス。

 それがたとえ、何て事はない物であったと人が思っていても、人によってはそれが宝物となる。


 大切なものとは、そういうものなのだろう。



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