"優雅"な日々を
昼食時となると、何を食べようか仲間達と相談をし、また違った店で同じように食事をしていく。
アルリオンはフィルベルグ以上にお店も多く、どこで食べようかと目移りしてしまうほどだった。
楽しく料理を堪能し、食後には素敵なカフェテラスを見つけ、ゆっくりと優雅にお茶と会話を楽しむイリス達。
優しく緩やかに流れる時間の中、他愛無い話に花が咲いていき、彼女たちがいる一角だけ別の雰囲気に包まれているように周囲の者には感じられた。
これがフィルベルグを出てから、イリス達の街での過ごし方になりつつある事ではあるのだが、今までこういった暮らしをして来た事の無いヴァンが、全くの疑問を持たずに自然と過ごせている事に、本人が一番驚いているようだった。
ロットはネヴィアと優雅なお付き合いをフィルベルグでしていたので、旅に出た事と食事が増えたくらいで特に変わらないのだが、ヴァンは彼らと違う感覚を感じていた。
ヴァンはこのような生活を一度もした事がない。
一般的な冒険者の中でも群を抜くほどの戦闘技術を持っていた彼は、様々なパーティーからも歓迎されるような存在ではあったが、誘われるパーティー全てが瞳をぎらつかせた者達が集まるチームだけだった。
これが当たり前と割り切っていた彼だったが、ソロで活動してからも、その暮らしぶりは変わる事がなかった。
彼は生きる為に冒険者として生活をしていた。故郷では味わえない新鮮で貴重な体験が出来ると思ったから、飛び出すようにリシルアへ向かい、自然に冒険者としての道を進むようになるが、現実は理想とは程遠いのだと知る事となる。
だからといって故郷へ戻ったとしても、何ひとつ変わらない平凡な日常が待っているだけだと理解している彼は、そのままリシルアで冒険者として暮らしていく。
しかし彼が興味を持つような出来事も起こる事はなく、日々戦いに身を投じるような生活が何年も続く事となってしまう。
まさしく彼が以前イリス達に言葉にした、"理想と現実の差"であった。
ヴァンが想い描く冒険者という存在とは程遠いその暮らしは、自分には合わないのではないかと思い始めて来た頃、何かを楽しむ為の努力を彼は考え始めていくも、残念ながらそれを見つける事は出来なかった。
見た目の厳つさから誤解され易い彼は、リシルアでは良く絡まれる事もあった。
所謂喧嘩のようなものではなかったが、強者として腕試しを挑まれてしまう事が多く、何度断ってもやって来る連中に嫌気が差し、リシルアギルド地下にある訓練場にて相手をするも、持ち前の身体的な強さのみで勝ってしまう。
技術力がなくとも腕力のみで勝ってしまう事が多かった事に、そしてそういった勝ち方を自分自身がしている事にヴァンは嫌悪していた。
だがリシルアでは強さが全てと言われるような場所だ。それを咎めるどころか称えられてしまう。そんな事に彼はウンザリし、パーティーで冒険に出ない日は、黙々と訓練場で自己鍛錬を繰り返すようになる。
その姿は周囲をまるで寄せ付けないが如くの威圧感を纏っており、誰も話しかけられるような様子ではなかった。
彼の種族は白虎族という少数の者達で、森の中に集落を築き上げている。
獣人の中でも戦闘に特化した部族と言われ、訓練次第では他の種族よりも遥かに高い潜在能力が秘められていると言われていたが、その実彼らの暮らしぶりは、戦闘の日々に明け暮れるようなものとは程遠い、とても穏やかな種族だった。
森で魔物を必要な分だけ狩猟し、木の実を摘み、小さな畑で作物を育てる。
川で魚を採り、必要のない素材を時たまリシルアに出てはお金に買え、別の物を集落へと持ち帰っていく。
白虎族はそんな素朴で静かな暮らしをしていた。
集落の場所が森の奥深くにある事もあり、閉鎖的な存在と思われがちだが、彼らはとても社交的で、集落に訪れた冒険者を快く受け入れ、食べ物や飲み物、寝床などを無償で提供してくれる優しい種族だ。
当然その場所に訪れた冒険者も、お礼代わりにお金を置いていくのだが、直接渡しても彼らは受け取る事がないので、泊まった場所にそっと隠して出立する事が多かった。
彼ら白虎族は、温厚で心優しい性格ではあるものの、実際には集落の場所が奥深いという事もあり、訪れる冒険者の殆どは何かしらの理由があってやって来る。
それを追い返すような真似など出来ないと彼らが言うのも最もではあるのだが、それを好意として受け取られてしまう事に、些か疑問に彼らは思っていたようだ。
そんな穏やかな暮らしをしている彼らの中にも、時たま変わり者がいるようで、集落から街や国へとやって来ては、冒険者になったりする事があった。
ヴァンもまた、そういった変わり者のひとりと言われるような白虎族だった。
だが、日々戦闘を繰り返していたある日、ヴァンはふと感じた事があった。
リシルアの森を歩いている事が、彼の心を落ち着かせ、心地良く感じさせるようになっている事に気が付いた。
木々に囲われた場所にいると落ち着くが、別段故郷へ戻りたいとは思わないという、とても不思議な感覚を感じる彼は、自身の本質がやはり白虎の血を色濃く受け継いでいるのだと思うようになっていた。
ある程度名が売れるようになり、"ガルド"の一件以来、誰もが知るほどの有名人となったヴァンは、いつの間にかプラチナランク冒険者となっていた。
そんな彼を見て同業者の誰もが言う。白虎族とは戦闘に特化している種族だと。
そう言葉にされる事が、ヴァンにとっては堪らなく嫌な気分にさせられた。
それはまるで、『あいつは自分達とは違う』のだと、そう言われている気がしてならなかった。
プラチナランクに昇格して以降はソロとしてギルド依頼を中心に活動していくも、それ以外は魔物を狩る事が極端に減り、自己鍛錬に費やす時間がとても多くなった。
それはロットの存在によるものがとても大きいが、元々彼は戦闘が好きな訳ではない。必要に駆られてそうしていたに過ぎない。
彼との勝負を望んだ時もそうだ。
あくまでも"自分に足りないもの"を見つける為に、力を借りただけだった。
思えばあの時が初めてヴァンから勝負を挑んだ事ではあったが、得たものは非常に大きなもので、それは今の彼を形成するとても重要なものとなった。
だがイリス達と旅立ってから、その暮らしが激変した。
日々を優雅に過ごす事が極端に増えた彼がまず最初に驚いたのは、その暮らしをすんなりと受け入れている自分だった。
食後のお茶を自然に飲み、女性達の会話が心地良い響きに聞こえ、美味しい物を飲み食いし、時には人を助け、子供達と戯れ、歴史的文化に浸る。
そのどれもが今まで体験した事のないものばかりで、とても真新しく思いながらも日々を楽しく過ごしていた。
そして沢山の時をイリス達と過ごす事で、ヴァンは安らぎを感じるようになっていた。
その中心にいる人物がイリスだ。
初めて彼女と出会ってから、庇護欲という点では一切変わらない不思議な女性。
現実には遥かに自身よりも高みに上がってしまっている事は明確に理解しているも、やはりどこか放ってはおけないと思えてしまう女性だった。
最近ではもう二人の新しい仲間にも、同じような気持ちを彼は抱いていた。
それはヴァンだけではなくロットも同じ気持ちだと、以前二人で酒を飲んでいた時に話した事があったが、どうにも彼女達はイリスに似通った不思議な魅力を持っている女性達のように感じられた。
ロットがネヴィアに対する感情は、愛する女性という違いはあるものの、どこか三人はとても似ていると思えてしまう女性達だった。
"波長が合う"とは、こういった事を表しているのだろうか。
本当の三姉妹に思えてしまうような彼女達の遣り取りを見て、もしかしたらイリスも王族なのではないだろうかと考えてしまった事もあったくらいだ。
話に聞くと、裕福ではあったが普通の家の出身だと言っていたので、恐らくは彼女の性格がそうさせているのだろうと思えるが、確たるものとして彼が理解する事は出来なかった。
一つだけ理解出来た事は、ヴァンもまた、とても真新しい気持ちで冒険を楽しみながら日々を過ごしている、という事だろう。
それはシルヴィアが放った言葉通り、"世界がきらきらと輝いて見える"と、彼自身も感じるようになっていた。
本当に不思議な感覚だと、この日の宿の部屋にてロットに語るヴァンに、彼はこう答えていった。
「そう思えるのは、俺も含めてイリス達に似た性格をしているからではないでしょうか」
そのロットの言葉に、妙に納得してしまうヴァンだった。




