特産の"葡萄酒"を
続けてお酒のセットと葡萄酒のボトル、お摘みのチーズが置かれていき、注文の品は揃ったところでお酒を頂く事にしたイリス達。
「では、乾杯をしましょうか」
「乾杯、ですか? シルヴィアさん」
そう言葉にしたシルヴィアは、飲み比べの小さなグラスを持ち上げながら『かんぱーい』と言葉にしていった。
あまりの事に固まるネヴィアは、たどたどしくも姉に尋ねていく。
「……ね、姉様、一体どこで憶えたのですか?」
「あら、お城にあった本の中に『冒険者の基本』という本があったのを知らないのかしら、ネヴィア。こうするのが冒険者のマナーなのだそうですわよ」
その言葉にイリスとネヴィアがヴァンとロットの方に視線をゆっくりと向けるも、何とも言えない微妙な表情で二人は答えていく。
「……えっと、何というか、マナーと言う訳では無いと思うよ」
「む、むぅ、まぁ、そういった者は多いとは思うが、マナーではないな」
「いいではないですか。楽しみましょう!」
そう言葉にするシルヴィアは、とても楽しそうな表情でグラスを渡していき、先陣を切った彼女の言葉に続くようにイリス達も所作をしていった。
良くは分からないが、楽しい事だったのは何となく分かったイリスは葡萄酒を口に入れていくと、その芳醇な香りと味わいに、目を大きく見開いてしまった。
果実酒が様々ある事や、知識として聞いたくらいしか知らないが、このお酒は葡萄をしっかりと感じられるような香りに、少しだけ強い酸味がアクセントとなりすっきりとした味わいを感じられた。
「わぁ! 美味しいですね! これがお酒なんだ!」
「ふむ。この葡萄酒はアルコールの度数が少なめのようだな」
「ええ。初めて飲むには、このくらいがいいかもですね」
「フィルベルグで飲む葡萄酒とは不思議と味が違いますわね」
「そうですね、姉様。アルリオンでないと飲めないお酒なのでしょうか」
そんな事を話しながら、お摘みへと視線を向けるシルヴィア。
ロース、ヒレ、モモ、ムネ肉のセットとなっているようで、分かりやすいように書かれた紙が添えられていた。
酒の力もあったお蔭かフォークも進み、様々な肉を食していくが、どの肉も臭みは全くなく、脂はボア肉よりもあっさりしており、噛めば噛むほど味が出てくる肉だった。
特にラクンは上質のようで、かなりの美味しさを持った魔物のようだ。
フロックはフィルベルグ周辺でも食せるが、今回食べるのが初めての三人は、恐る恐る手を伸ばしてみるも、臭みの全く無い、歯ごたえのあるスパロホゥク肉といった感じのようで、美味しい美味しいと言葉にしながらフォークを伸ばしていた。
流石に肉汁が溢れてくるようなものではなかったが、中々のおいしさを感じたイリス達。中でもフロックのから揚げはかなり美味しかったようで、見た目で判断してはいけないのだと改めて思った彼女たちだった。
そしてとうとうその時がやって来た。
目の前の皿に中々の異彩を放つ、リザルトの尾と思われるそれを目にした女性陣。
だが、フロックの事で理解した事を踏まえ、三人同時にフォークに刺したそれを、恐る恐る口へと運んでいく。
全く同じ動くを見せた三人の様子に、思わず笑みが零れてしまうヴァンとロットだった。
むぐむぐと食すイリス達は、ぴたっと動きが止まり、目を見開いて三人で顔を見合わせてしまった。
どうやら美味しかったようで、もう一切れ食べていく彼女達。
やはり偏見は良くないですわねとシルヴィアが言葉にしていった。
「美味しかったようで何よりだよ」
「うむ。合う合わないはあるだろうが、食べずに嫌うのはあまり良い事だとは言えないからな」
「不思議ですわね。この形状でこのお味とは、流石に予想外でしたわ」
「本当ですね。やはり試してみないと分からない事なのですね」
「葡萄酒ともとても合うように思えます。噛みごたえのある肉厚で、噛めば噛むほど肉汁が溢れてきます。
でも脂身は少なく、とてもさっぱりとしたお味なのに、食べごたえがしっかりとあるので、お腹一杯食べられるお肉のようですね」
イリス達がリザルドの肉を味わっている間に、注文したボトルの中身を五つのワイングラスへと注いでいくヴァン。
彼がお薦めする酒を飲んでみると、相当に美味しかったようだ。
飲み比べセットの酒はどうやら本当に葡萄酒の飲み比べられるだけで、それぞれの特色は分かるものの、どれもが年数を重ねているものではないのだとヴァンは言葉にする。
「この飲み比べセットは恐らく一、二年寝かせたものなのだろう。分かり易いように同じ年代のものを用意しているのだと思うぞ。
葡萄酒の中でも特に分かれている、白葡萄酒、赤葡萄酒、桃葡萄酒の三つだな。それぞれ製法も、使う葡萄の種類も違っているらしい」
「それで、皆はどの葡萄酒が好みなのかな?」
ロットの問いにイリス達は笑顔で答えていった。
「私はこの赤葡萄酒ですわね」
「私はこの桃葡萄酒です。色も鮮やかで美しいです」
「私はこっちの白葡萄酒ですね。まるで透き通るような色も好きです」
華やかに葡萄酒の話で盛り上がる女性達は、追加でウェイトレスのお姉さんお薦めのお酒を幾つか注文していった。
ものの見事に好みが分かれた事に面白さすら感じてしまう男性達は、肉を摘みながらその様子を楽しそうに眺めていた。
* *
楽しそうに話しながら酒を飲み続ける女性達の声を、微笑ましそうに聞きながら葡萄酒を味わっていた二人は、ふとボトルの中身がなくなっている事に気が付いた。
思わずボトルを傾けて中身を確認するも、本当に空になってしまっていた事にどきりとしたヴァン達は、驚きながら女性達へと視線を向けると、彼女達は顔を赤くしながらグラスの中身を楽しそうに飲み干している最中だった。
いつの間にかテーブルに転がる四本の葡萄酒ボトル。
新しく運ばれて来たボトルの中身全てが早々に無くなっている事に驚き、流石に飲み過ぎではないかと声をかけようとした時、二人はイリス達へと視線を向けてしまった。
真っ赤な顔をして酒を楽しそうに笑っているシルヴィアと、顔を赤くして頬に手を当てながら、ふわふわにこにことした気分でいるネヴィア。
だがもう一人に至っては表情にもまるで変化は無く、静かに、そして美味しそうに味わいながら飲み続けているようだった。
思わず苦笑いをしながらロットがイリスへ問いかけてしまう。
「……イリスはあまり飲まなかったのかな?」
「いえ、お二人と同じくらい飲んでるはずですよ?」
「そ、そうなのか?」
「はい。美味しかったので、ついついたくさん飲んでしまってますね」
「ふ、ふむ。イリスは酒が強そうだな」
「どうなんでしょうか。自覚はないんですけど、でも、段々分かってきましたね」
「な、何がかな?」
まさかと二人は思っているようだったが、相手がイリスだった事を思い知る言葉が彼女の口から齎されてしまう。
「葡萄酒がどういったものか、段々理解出来てきた気がします」
そう言葉にしたイリスは、テーブルに転がるボトルを一本一本立てながら、その葡萄酒の特色を説明していった。
とても初めて飲んだとは思えないほどの知識量を見せてしまうイリスに、彼女の後ろから声をかけた者がいた。
「凄いですね、お客さん。本当に初めてお酒を飲んだんですか?」
「はい。そうなんですよ。でもまだまだそんな感じがしますという曖昧なものなので、正しいかは分かりませんが」
イリスの言葉を聞いていたウェイトレスは、そうだと声をあげながら早足で厨房へと戻り、暫くすると試飲用のグラスに入ったお酒と思われるものを持って来た。
イリスの隣まで来るとその女性は説明をしていった。
「こちらはまだ販売されていないお酒でして、今後アルリオンの特産品として造られていくものなんです。少々ツテがありまして、手に入れる事が出来たのですが、もしよければ試飲してみませんか?」
そう伝えながらウェイトレスの女性は、それぞれの前にグラスを置いていく。
その酒はとても美しい黄金色をしたもので、とても葡萄酒とは思えないほどの輝きを放っているようにも思えた。
既にべろんべろんの二人はさておき、まだほんのりとしか酔っていない二人と、全く酔っていないと思われる一人は、それぞれ香りから楽しんでいくが、すぐさま今までの葡萄酒とはまるで違う事に気が付いた。
「こ、これは……」
「凄いな……」
「何て芳醇な香り」
一口だけそれを飲んでみると、今までに飲んだ事が無いと断言出きるほどの、とても味わい深い酒である事が分かったが、男性達は本当にこれが葡萄酒なのだろうかと思えてしまうほどのものに感じられた。
何よりも驚くべきは、その酒の糖度だ。
まるで他の果実酒の様な甘さを髣髴とさせるその酒に、思わず目を丸くしながら言葉をなくしてしまう二人をよそに、言葉を発していく者がいた。
「わぁ! なんて美味しいお酒! 甘さの中にとても芳醇な香りが広がっていて、とっても美味しいです! 何て素敵な香りなんでしょうか。上品で、えも言われぬ香り豊かな白葡萄酒ですね。まるで格式が高い女王様のようなお酒です」
「セミオンというアルリオン原産の白葡萄に特殊な菌を発生させる事で、より芳醇な香りを出す事に成功したと生産者から聞いております。
この特殊な白葡萄と、自然に干し葡萄状なったものを半分ずつ使用し、造り上げたのがこの新しい葡萄酒になります。まるで白桃のような風味があり、酸味が白葡萄酒をより上品に仕上げる事が可能となったそうです。
少々熟成期間が足りませんので、まだお店に出せない葡萄酒ではありますが、余計なものを一切加えずに造り上げたこのお酒は、食前酒としても食後酒としても楽しめるものであり、アルリオンが誇る"最高のお酒"と言い換えても差し支えないほどの名品となるでしょう」
話に聞くとこちらのウェイトレスの方は、正確にはソムリエールと呼ばれる、葡萄酒専門の給仕人だそうだ。
彼女の仕事は料理の注文と運搬だけではなく、料理に合った葡萄酒を選んでくれる事を専門としていると彼女はイリスに答えた。
「お客様のご要望に合わせ葡萄酒を選ぶ事から、その専門的な知識に至るまで、ありとあらゆる事にお答え出来るように、日々知識を深めております」
素敵な笑顔で言葉にした女性に納得するイリス。
「それで葡萄酒を選んで下さったり、専門的な説明までして下さっていたのですね」
「はい。私達のような存在はとても少なく、表に出られる者もあまりおりません。かく言う私も、まだまだ勉強中の身ではあるのですが」
流石のロットも聞いた事がある程度で、目にしたのは初めてらしい。
瞳を閉じながらその深い味わいを楽しむイリスは、至福の時を過ごしているようだったが、流石にヴァンとロットには少々甘く感じたようだった。
どちらかと言えばこの葡萄酒は、食前か食後に飲むものだろうかと感じていた二人。
これはもう好みの問題だろうが、香りや味わいに関してなら葡萄酒としては文句の付け所が無いほどに美味しいものだった。
「何て美味しいお酒」
「気に入って頂けたようで嬉しく思います。恐らくこの葡萄酒がアルリオンに並ぶのは来年以降になるでしょうね。現在は寝かせている最中なので、これからもっと美味しくなっていくと思われますよ」
「わぁ! 楽しみですね! どんなお味になるんでしょうか!」
来年も是非、アルリオンにいらして下さいね。そうイリス達に言葉にして、ソムリエールの女性はとても嬉しそうに厨房へと戻っていった。
どうやら彼女も、味の分かるイリスに会えて良かったと思っている様子だった。
「イリスのお気に入りが見付かったようだね」
「はい! こんなにも美味しいお酒が味わえるだなんて、思ってもみませんでした」
「俺としては辛口の酒が好みではあるが、やはりそこは人それぞれだな」
ちらりと両隣を見たイリスは、ヴァンに言葉にしていった。
「次はお二人のお好きなお酒をご一緒させて下さいね」
「……まさかイリスがここまで酒に強かったなんてね」
「人は見かけによらぬもの、とは良く言ったものだが」
真っ赤な顔でうふふと笑っているシルヴィアと、既にすぅすぅと眠りだしているネヴィアを見ながら、イリスの酒の強さに驚く二人だった。
どうやら彼女は、ヴァンやロットよりも遥かに酒が強いようだ。
ロットが支払いを済ませる頃には、シルヴィアも意識がなくなってしまったようで、ヴァンがシルヴィアを、ロットがネヴィアを抱え、イリスは二人に付いていくようにギルドを後にした。
彼女達もとても楽しめた様子で、どうやら羽目を外し過ぎてしまったらしい。
眠りながらも楽しそうに笑うシルヴィアと、可愛らしく眠っているネヴィアの様子にイリスは微笑みながら、満天に輝く星の下を三人で歩いていった。
飲み会話の後編です。
ここで書きました桃葡萄酒とは、所謂ロゼワインの事です。




