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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第九章 未来を創る為に
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"どちらも大切"

 

 南口へと入って直ぐにイリス達は気が付いていたが、入口から二階へと向かえる階段が造られているようだ。これは北口にも設けられているものなので、北口ではなく東口へと歩いていくイリス達だった。


 東口の天井は青となっており、多くの穀物や馬車に乗った商人が描かれていた。

 青は情報を司り、交易など商売も意味しているらしく、多くの商人が東側から入ってお祈りをするのが一般的だ。

 経路の安全や、魔物に襲われても無事に撃退出来るようにと、商人は出立前に必ずと言っていいほどお祈りをしていくようだ。


 特に東には貴重な塩や魚を手に入れる事が出来るエーベがある。

 恐らくは二百五十年以上前にも存在しており、とても貴重な海街との交易が盛んであった事が伺えた。

 塩の取り過ぎは良くないと言われているが、逆に取らなくてもいけないと言われるものだ。人が生きていく上で必要不可欠と言われる塩の交易は、文字通りの命がけでの作業と運搬によって賄われている。


 鮮やかな空の色のような、美しい青の天井を見上げながら感慨に浸るイリス達へ、ロットが説明をしていった。


「交易が盛んな西と南ではなく、重要視されている塩の確保が出来る東側に、女神様の加護が得られるようにと造られたんじゃないかな」


 そう推察したロットの言葉を、興味深げに聞いていたヴァンが言葉にする。


「これは、何というか、子供の勉強にもなるな」

「そうですわね。歴史的な文化遺産としても貴重なものではありますが、単純にアルリオンを学ぶという意味では、かなり大きいのではないかしら。

 尤も、教えて下さるロットさんのような方が必要にはなりますが」

「教会がお勉強にもなるのって、何だか不思議な感じですね」

「そうですね。本を読むよりも、もしかしたら目で見て学べるものの方がお勉強になるのかもしれませんね」

「あらネヴィア。本から学ぶものも大きいですわよ。きっとどちらも大切なものなのではないかしら」


 なるほどと言葉にするロット。

 こういった環境は、アルリオンくらいにしか適応されないかもしれないが、それでもこれだけのものを見て学べる事はとても大きいと思えた。


「どちらも大切、か。……そうだな。

 こういった文化に触れた子供達が歴史に興味を持ち、歴史家や学者といった存在を目指すかもしれない。

 新たな可能性を生み出す事は、どんな些細な事であったとしても起こり得ると思えるが、これほどまでに素晴らしい歴史的な文化遺産に触れられる事は、それだけでも幸せな事なのかもしれないな」


 そんなヴァンの言葉に、ネヴィアがふと思い付いた事を口にしていった。


「……歴史的文化遺産に触れる事と、本による子供達の教育。いずれはフィルベルグでも貴族や商人の子達だけではなく、普通の子供達も自由に学べる施設を造り、そういった教育をすすめてみてもいいのかもしれませんね」

「凄いです! ネヴィアさん! もしそれが実現すれば、一気に子供達の将来が広がるのではないでしょうか!」


 ぱぁっと表情を明るくしたイリスは、きらきらとした瞳でネヴィアを見つめ、彼女も笑顔でそれに応えていく。


「歴史書は王室図書館に多数保管されているそうですから、それも不可能ではないかもしれませんわね。相当に難しいとは思えますが。

 エデルベルグの歴史と、フィルベルグの歴史を学ばせるのもいいと思いますわ。あの国は少々離れていますが、いっその事浅い森を切り開いて、草原のようにする事を考えてもいいかもしれませんわね」

「浅い森を草原のようにするのには相当時間がかかると思うけど、あの国を自分の目で見る事はとても良い事なんじゃないかな。フィルベルグにも通ずるものがあるから、いずれはあの国の歴史もしっかりと学べるくらいの情報も得られると思うし」


 正直俺も、エデルベルグの歴史を翻訳された本を読んでみたいよと、ロットは楽しそうに言葉を続けた。



 そして北口へと足を運んだイリス達は、天井が緑となっている場所を見上げる。

 ロットによるとこの緑は、小麦や穀物とは違う植物を司っているそうだ。


 アルリオン北部には大きな牧場やハーブ園、そしてあの献花用の花も植えられているらしい。

 無病息災や成長も司るとされ、農園や牧場関係、薬師だけではなく、生まれたての子供を抱えた母親もこの北口から入り、女神の後姿に我が子の健康をお祈りするのだそうだ。


 薬師でもあるイリスとしては、北口側から女神様にお祈りをしたくなってしまうが、まずは一般開放されているという二階へと上ってみる事にした。


 大聖堂二階へと向かう階段は、この北口と南口から入って直ぐにある横へと続く道を進むとあるそうだ。正確には北ではなく北西と、南東にあるらしく、そこには螺旋階段が上へと続いていた。

 それはとても緩やかな階段で、その大きさもまたかなりのものだった。


 本来は二階と思われる高さの場所を更に上がり続けると、美しい廊下が続いており、そのまま三階へと進める階段も伸びているようだ。

 ここまで来ると流石に声が聞こえるのではないかと思えたイリスだったが、どうやらまだ声が届かないようだった。


 一体どれだけ上に置かれているのだろうかとも思えてしまうイリスは、首を傾げてしまう。その事を仲間達に話すと、本当に上へと運んだのかもしれないねとロットが答えた。


「急いでいる訳でもありませんし、まだお昼過ぎでもありますから、のんびりと見学をさせて貰いましょう」

「ふふっ。そうですね、姉様。折角の素敵な大聖堂なのですから、いっぱい見させて頂きましょう」

「うむ。流石にこれ程のものは世界にもまず無いだろう。とても興味深いな」

「そういえば、二階には何があるんでしょうか」

「大聖堂の二階は一般の人が利用する事が出来る礼拝堂になっているよ」


 話しながら礼拝堂へと入るイリス達は、その大きな空間に驚愕してしまう。

 よくよく考えれば一階にある中央だけではなく、それぞれの入口の真上に当たるので、その分のスペースが使えるのは想像出来る事だった。


 それにしてもあまりの広さに、言葉に出来ない不思議な気持ちになるイリス達へ答えていくロット。


「思っていた以上の広さを感じるのは、見通しがいいからだと思うよ。それぞれの入口と中央を結ぶ部屋の壁がないから、とても大きいと錯覚してしまうんだ。

 このアルリオン大聖堂は、中央の女神像を囲うように東西南北にある入口の先の部屋が同じ大きさで造られ、北西と、南東には階段が、北東と南西には教会側が使用している施設があるそうだよ。その中には救護施設が大きく造られていて、何かあった時にはそこで治療をして貰えるんだよ。

 この大聖堂は、八角形のような形を思わせるような形に建造されているとは思うんだけど、あまりに大きくて全貌が掴み辛いんだ。もし真上から見ることが出来ればそれが良く分かるかもしれないね」


 流石に空でも飛ばない限りは難しそうだけどねと、彼は笑いながら答えた。


 これほどまでの大きさを誇りながら、二階へと上がる為の階段が二箇所しかないのも理由があるらしい。

 元々北西に階段が置かれているのは、女神アルウェナが顕現した場所と言われており、それを証明するかのように聖域がアルリオン北西部に存在する。

 そこから南東へ向かって女神が移動したと、教会には伝えられているそうだ。

 そして女神の軌跡には、様々な恩寵を受けた豊かな土地となるらしく、不作はあっても大きな問題もなく今まで過ごして来れたという。


「この礼拝堂はアルリオンの民だけではなく、希望者であればここで結婚式を挙げる事が出来るそうで、世界中からここで式を挙げたいと願う人が数多く訪れて、誓いを立てているそうだよ」


 礼拝堂に入ってすぐイリス達が気になったのは、北西の階段から来ると、まるで裏口から入ったように辿り着くことだった。大きな女神像が置かれた祭壇も、参列者が座ることが出来る長椅子も、窓の造りや柱の位置も全て北を向いていた。


 これにも女神が顕現した場所というものが関わっているらしく、そちらの方向に向けて式典を執り行うそうだ。

 北西ではなく北を向いているのは、そうしないと全体的に教会を斜めに置く事になるので、アルリオンの住民の方向感覚が分かり辛くなる為なのだとか。


 アルリオンにとって北とは、とても神聖な場所として想われているらしい。

 偶然だと思いたいが、あの魔獣も南部から襲撃した為、あの事件以降から更に神聖化されてしまった方角なのだそうだ。



 イリス達は礼拝堂を見学し、今度は南東側の階段を上がって三階を目指す。

 途中、一瞬だけ声が響いた気がしたが、そのまま聞こえなくなってしまった。


 何か違和感を感じるイリスは、周りに誰も人がいないのを確認しながら、小さめに言葉にしていった。


「何かちょっと違和感を感じます。レティシア様の時にははっきり聞こえたはずの声が、まるで弱々しく、本当にごく一部しか聞こえません。それも声らしきものとしか言えないような曖昧なもので、男性か女性かですら判断出来ませんでした。

 随分と上に来ましたが、それでも聞こえないというのは、更に上層部という事なんでしょうか……」

「ふむ。何とも言えないな。外観から察すると、相当高い建造物だった。

 可能性という意味では、最上階である事も考えられなくはない」

「安置されているのがもし最上階ならば、声が届かないのも納得ですわね」

「何かしらの理由があるのではないでしょうか。例えば石碑に何か問題が起こり、それの対処や対応をしているとか」

「レティシア様は石碑を『各々好きな場所に置いている筈』と仰っていましたが、それは声の届く範囲でという意味ですし、こんなにも高い位置に置くとも思えないんですよ」

「予期せぬ事態が起きたのか、教会側が保管しているのかもしれないね」


 その予期せぬ事が何かはあまり考えたくもない事だが、元々石碑は歴史的文化遺産のひとつとも言えるとても貴重なものだ。

 それを人目に触れさせず、誰かが管理しているという事は、正直な所あまり良い傾向とは言えない事なのかもしれない。


 本当に何かあったのだろうかと内心は心配しながらも、イリス達は大聖堂三階へと向けて歩みを進めていった。



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