"統括本部"
聖王国アルリオン所属冒険者ギルド統括本部。
ここはアルリオン全体の依頼受注から、魔物素材の買い取りの全てを請け負う、アルリオンの城門に点在する四つのギルドを統括している本部である。
フィルベルグと比べてもかなりの大きさで造られた建造物となっているようで、本部内に入る前から利用者がとても多い事が伺えるほどの建物だった。
両開きとなっている扉を開けて中に入るイリス達。
外観だけではなく、室内もとても大きな構造となっているようだ。
大体の造りはフィルベルグと同じで、右手に依頼書を張る掲示板が、正面にカウンター、そして左のスペースには飲食出来る場所となっており、昼過ぎである今現在であっても、かなりの数の利用者が食事を楽しんでいるようだった。
そんな中でも注目すべき所はその規模だろう。
明らかに自国と違う大きな造りに、目を丸くして呆けてしまっているイリス達。
依頼受注カウンターは七つ、素材買い取りカウンターは三つも設けられていた。
時間帯が落ち着いている事もあり、依頼カウンターの左側五つ分はカーテンが閉められているが、恐らく朝になると、これほどの数のカウンターが無ければ、捌き切れないほどの冒険者で溢れてしまうのが目に浮かぶようだった。
掲示板一つとってもそれが言えてしまうその大きさは、フィルベルグ冒険者ギルドに置かれているものの、二倍近くも横に広がる巨大なものが四つ並んでいた。
今現在も沢山の依頼書が貼られている事を考えると、早朝には一体どれだけの数の依頼書と、冒険者で溢れているのか、最早想像すら出来ないイリス達だった。
イリス達女性陣は、フィルベルグで冒険者として活動はしていない為にそれを知る事は無かったが、フィルベルグであっても朝のギルドは、そういった賑わいと見せるのが当たり前と言えるほど普通の事だった。
報酬の良い依頼は直ぐになくなり、昼にもなればギルドを利用する者は殆どが飲食スペースと、依頼報告くらいとなっている。これはエークリオやリシルアであったとしても同じ事ではあるのだが。
右側にある大きな掲示板の前には、十五人ほどの冒険者が内容を確認しているようで、明日以降の依頼を探しているのかもしれないと、イリスは何とはなしに思っていた。
ギルドに入って来た異質な風貌の彼女達へ、食事しながら横目にする冒険者達。
それはとても興味深げというか、物珍しそうというか、そういった類のもののようで、悪意無く向ける瞳に胸を撫で下ろすヴァンとロットだった。
流石にアルリオンでは挑発して来る者も少ないらしく、落ち着いて過ごせそうだなとヴァンは感じていたようだ。
だがこれだけ目立つ格好をしている為、注目を浴びてしまうのも仕方の無いことだろう。こればかりは必ず起きるだろうと予想していたので、あまり考えずにギルドを歩く先輩達だった。
そんな視線にも特に気になっていない女性達に、安心していいのやら、心配するべき事なのやら、何とも微妙な気持ちになってしまう彼らは、イリス達の後を追うように素材買い取りカウンターへと向かって行った。
買取カウンターは受付と違い、大きなテーブルが用意されていた。
これはどこのギルドでも大凡変わらない。大きくスペースを開けておかねば、素材が載り切らない事もあるのだから、大体同じ作りになる。
一番近い買取カウンターまで来ると、イリスは受付のお姉さんに話しかけていった。
「すみません。魔物素材の買い取りをお願いしたいのですが」
「はい。ありがとうございます。それではこちらのテーブルに置いて下さい」
大きなテーブルに、ヴァンは持っていた袋をなるべく静かに載せていく。
それでは暫くお待ち下さいと言い残し、女性は奥へと荷物を持っていった。
中々に重たい素材のようで少々ぷるぷるとしていた。だがこれも仕事のうちなので、口を出さないようにしていたイリス達だったが、内心では手伝いたい気持ちに駆られてしまった。
今回手に入れた魔物素材は、ラクン三匹とフォクス一匹となる。
エルマから安全な経路でアルリオンを目指した為、ウォルフとも遭遇せずにここまでやって来る事が出来た。
尤も、もしウォルフと遭遇してしまったら、距離によっては再びエルマへ踵を返す事となり、素材回収をギルドに依頼しなければならなくなっていただろう。
そのまま放置すれば、他の魔物を呼び寄せる事にもなりかねない。
そうすれば、その場所を訪れた者に災いとして降りかかる事になってしまう。
ウォルフとなれば、例え大きさが最小の三匹だったとしても、埋める事の意味をなさないと思われる。
集団で襲う、しかも元から大きめの魔物であるウォルフは、色んな意味で厄介者であった。
無事にアルリオン領まで安全に進む事が出来たイリス達は、魔物と二回遭遇するだけでこの国へと到着する。
途中、街道を挟むように、三匹のラクンと纏めて遭遇したイレギュラーはあったものの、それ以外は特に問題もなく、ここまで辿り着く事が出来た。
暫くすると戻って来た女性は、鑑定が済むまでの時間を使い、今回手にした魔物素材内訳を説明していった。
ラクン素材で買取をしているのは、肉、牙、爪、骨、毛皮だ。
牙と爪、骨は全て加工品として扱われるが、ホーンラビットと同じように質もあまり良い物とは言えないため、そこまでの需要は無い。
こちらも加工職人育成の為に使われる練習用素材としての価値くらいしかないなので、高い値段で買い取りをしていない。
だが、ラクンの魅力は肉と毛皮にある。
肉は大変美味とされており、中々の高額で買取がされている。
体長が小さい為に、それほど枝肉は大きくないのが残念ではあるが、かき集めるだけでも相当の金額になる。
そして毛皮。
その手触りはまるでシルクのように滑らかで、多くの女性から好まれている。
残念ながら個体の質にも影響して買い取り額が増減するが、今回のものは中々に上質だったようだ。
続いてフォクスだ。
買い取れる部位は牙、爪、骨、毛皮になる。
毛皮以外は全てラクンと同じように扱われる素材の為、同様に安くなってしまうが、問題はその毛皮だ。
ラクンの比ではないほどに、高値で取引されるのがフォクスだ。
上質な肌触りだけではなく、何よりもその色合いが多くの女性に好まれている。
これもまた品質の差が大きく出る素材ではあるのだが、フォクスの種類によって、その価値が激増していく。
その中でも特に一色の毛色の物が、高値で取引されるそうだ。
今回のフォクスは薄い茶褐色で、顎から下腹部にかけて白い毛色の毛皮となっている一般的な固体で、毛並みは上質ではあるものの、そこまで高額にはならないそうだ。
北西の奥地で稀に見かける、白一色の毛皮を持つスノウフォクスや、極々稀に見かける銀色の毛並みのシルバーフォクスなどは、相当の金額に跳ね上がる。
スノウフォクスでも一匹の毛皮で十万リルを超えるらしいが、中でもシルバーフォクスを手に入れたとなると、この国でもかなりの騒動となってしまうようだ。
「もし運良くシルバーフォクスと出会えたら、こちらまでお持ち下さい。その場合は買い取りではなく、オークションによる落札形式での金銭授受となるでしょう。
お値段の方は、毛皮の状態やオークションの参加者次第となりますが、質次第で数十万リルを出す方も過去にはいましたので、普通に販売する事はお薦め出来ません。トラブルの元にもなりますので、どうぞお気を付け下さい。
今回の報酬はどうなさいますか?」
「大きい方でお願いします」
ロットが受付の女性に言葉にした"大きい方"とは、現金払い且つ硬貨を大きいもので受け取ります、という意味になる。これも冒険者用語のひとつとなっていた。
基本的には大きい硬貨となると使いどころが限られては来るのだが、あまりお金をじゃらじゃらと持つのも良くないので、今回は大きい硬貨での受け取りとしたロットだった。
受付の女性にロットはそう答えると、少々お待ち下さいと笑顔で伝えながら再び奥へと向かい、暫くの時間の後、手にトレイを持ちながら戻って来た。
「それではこちらが報酬となります」
フォクスの肉はとある事情で買取をしていないので、以上の素材を合わせたものが今回の報酬となるのだが、素材買い取り専門のお姉さんが持って来たトレイには、小金貨一枚と大銀貨七枚、銀貨七枚に銅貨六枚が見易くなるようにそれぞれの硬貨別に重ねられて置かれ、横には小さな袋が綺麗に畳まれて添えられていた。
今回の報酬は、十七万七千六百リルとなる。
ありがとうございますと笑顔で伝えながら受け取るイリスは、袋に入れたお金をそのままロットに手渡し、それではと一礼してその場を立ち去るイリス達。
思っていた以上の大金となった事に驚きながら、シルヴィアは言葉にした。
「小さくても結構な金額になるんですわね」
「うむ。基本的に魔物である以上、脅威という点から高額買い取りになる。加えてここはアルリオンだからな。小さな街とは違い、討伐報酬に色を付けて貰えるのも大きいだろう」
「今回は全体的に小さい固体だったけど、それでもかなりの金額にはなったね」
折角なのでお食事もしましょうかと言葉にするイリスに、一同は賛成をしていった。
各々好きな物を注文し、食事をしながら今後の予定を話していく。
アルリオンは多くの人が住んではいるが、その施設の量も相応の数が建てられている。小さな街では先に宿を取る事が必要となるが、ここでは特に問題にはならないと先輩達は語る。
「モニュメントを見た後、大聖堂にも行ってみたいです」
「いいですわね。あの大聖堂には昔から興味がありましたわ」
「お話に聞いていただけですものね。私も是非行ってみたいです」
「思えば俺は、一度しか行った事の無い場所だったな」
「じっくりと大聖堂を見学するのも楽しめると俺は思いますよ」
「ふむ。果たして一日で見尽せるだろうか」
「本当に大きいですよね、あの大聖堂」
そんな事を話しながら食事を済ませたイリス達は、食後のお茶もしっかりと頂いた後、ギルドを後にしていった。




