"鉄の箱"
ギルドに入るとタニヤの部屋に案内をされるイリス達。
随分とギルアム討伐から落ち着きを取り戻しているようで、ギルドはもう通常通りに運営をしているらしい。
流石に現在は昼過ぎなので、冒険者達の姿は見られなかったが。
ギルドマスターの部屋に入ると、いつものソファーの前に置かれているテーブルの上に、小さめの鉄の箱が置かれているようだ。縦二十センル横三十センル、奥行き二十センルほどの大きさのもので、鍵付きの宝箱のようなものだった。
丁度半分から開けられるようになっているらしいが、大金が入っているようにも思えないほど小さく思えた。
それもそのはずだ。今回の件のようにとんでもない大金を受け取る際は、じゃらじゃらとさせない事や、あまり金貨類を入れないようにすることが一般的らしい。
重さや音での誘惑が持ち手の意識を変えさせてしまうことが考えられる為、なるべく大きめの硬貨と小さな箱で送られて来るそうだ。
大きな国の領土にある冒険者ギルドであったのなら、小切手という形で送り、それぞれのギルドが一時的に立て替えることが出来る仕組みもあるそうなのだが、ここはフィルベルグにもアルリオンにも属さないエルマである事や大金だという事から、今回は適応されないらしい。
小切手は当然、本人確認が取れることが前提とされており、その風体や名前、冒険者登録証などの確認が取れないと、本人でもお金に変えることが出来ない。
もし確認が取れなかった場合は当然そのままギルドの監視下に置かれ、確認が取れ次第金額を受け取り、開放される事となるのだが、これはイリス達女性陣には想像もつかないような事だった。
このお金が入った鉄の箱は、世界中のギルドにいるマスターのみが開けられる箱になっているそうだ。
以前は普通の木箱で送っていたらしいが、持って行ってしまった者がいたらしく、以降はそれなりに厳重な箱に鍵を付けて保管する事にしたのだそうだ。
イリスや姫様達には何とも信じられない出来事に聞こえてしまっていたが、世の中にはそういった人達がいるのよと、タニヤは悲しそうに言葉にした。
「さて、イリスさんはこういった事は初めての様だから、説明をさせて貰うわね。まずこの箱の中に入っているのは、フィルベルグの冒険者ギルドから送られて来たイリスさんのお金と、その証明書になります。そして、フィルベルグ冒険者ギルドマスターであるロナルド氏の署名がされた封筒が二通入っているわ。
ひとつはイリスさん宛のもので、中にはお金を引き出した事と、残金を知らせる旨の手紙が日付入りで封入されています。もうひとつはこちらのギルド側への報告書を含む手紙になります。
普段はここまで仰々しい事はしないで、受付での受け取りが可能なのだけれど、今回のように大金での手続きとなると、これが一般的なものになります。イリスさんがお金を受け取る所を立ち会う事になるのだけれど、それは許して下さいね」
「大金ですものね。それも当然だと思えますよ」
そう答えたイリスに笑顔で見つめるタニヤは、鉄の箱に鍵を挿し込み、ゆっくりと回していく。がちゃりと重々しい音が鳴り、箱を開けていくと、大きめの袋がひとつと小さめの袋がひとつ、それに手紙が四通入っているようだ。
「あら? 四通は初めてね。何かしら。イリスさん、ご確認下さいな」
鉄の箱をイリス側に向け直し、タニヤはイリスに確認をするように言葉にした。
箱の中身は全てイリスのものである以上、それ以外の者は触れられない事になっている。この場で確認をした上で、ロナルドからタニヤ宛の手紙を渡す事になるそうで、彼女は一切触れる事は無かった。
まずは手紙を四通手に取って宛名を確認するイリスは、その名を見て表情を一気に明るくしながら言葉にした。
「おばあちゃんとお母さんからだ!」
「あら? 母様ですの? 一体何かしら」
「興味はありますけど、イリスちゃん宛ではないでしょうか」
「"娘達へ"って書いてますよ!」
満面の笑みで答えるイリスの言葉を素直に喜ぶネヴィアだったが、シルヴィアだけは半目になりながら呆れたように話していった。
「……母様、もしかして、私用でギルドを使ったのかしら……」
「俺達は何時旅立つか分からなかったからね。場所を特定して手紙を送るのは難しいだろうから、こういった方法を使ったんじゃないかな」
「うむ。まぁ、悪い事ではない。滅多にこういった事は無いが、出来ない事もないからな」
「とても気になりますけど、まずはロナルドさんの手紙を開けましょう。あ、こっちがタニヤさん宛みたいですね」
そう言って手紙を一通手渡すイリス。
「確かに受け取りました。まずは確認させて貰いますね」
タニヤはペーパーナイフで丁寧に封を開け、手紙に目を通していくが、すぐさま言葉にしていった。
「はい。こちらは確認が取れました」
「そんなに早く取れてしまうものなんですか?」
目を通して早々に答えたように思えたイリスだったが、タニヤ宛はあくまでも確認する為の形式化されたものなので、特に書かれている事は少ないようだ。
必要なのは、フィルベルグ冒険者ギルドの印と、ギルドマスターであるロナルドのサインだけになるらしい。ここにタニヤの受け取り証明書と共に、送られて来た書類にも署名をしてロナルドへと送り返す事で、手続きは終了となるそうだ。
本当に仰々しく思えてしまうイリスだったが、それも仕方が無いと言えるほどの大金である為、逆に申し訳なくも思ってしまった。
イリスも続けてロナルドからの手紙を確認をすると、三枚の紙が入っていた。
一枚はお金を引き落とした事による確認の為のもので、引き落とした金額とイリスの口座にある残金が記されていた。もう二枚はまだ見ていないが、はてと首を傾げてしまうイリスは、ぽつりと言葉にした。
「残金が変わらないようなんですけど、ロナルドさん間違えたんでしょうか?」
どういう事ですのとシルヴィアがその手紙を覗き込むと、目を丸くしてしまう。続いてネヴィアも確認してみると、同じように驚いてしまっていた。
ギルドマスターの、しかもフィルベルグ王国の冒険者ギルドを預かっている者が間違えるとはとても思えないタニヤだったが、言葉に出す事無く成り行きを見守っていた。
「こちらの紙を見せて頂いてもよろしいかしら?」
「どうぞ」
二枚あったものをシルヴィアに手渡すイリス。
その紙を見ると、ぽかんと呆けてしまったようだ。
「何か問題でもあったのかしら?」
思わず言葉にしてしまったタニヤにイリスが説明をするが、途中でシルヴィアに遮られてしまった。
「えっとですね。どうやら私の口座にある残金の表示が間違って――」
「――間違ってる訳では無さそうですわよ」
シルヴィアの言葉に、全員の視線が彼女に集まっていく。
そのままイリスにその紙を見せながら、シルヴィアは言葉にしていった。
「どうやらイリスさんが成した事である、エデルベルグの本ですが、かなりの解明が出来ているようです。その内容はイリスさんが伝えたように、歴史の物がとても多いそうですわ。
詳しくは母様の方の手紙に書かれているそうですが、こちらの紙にはその報酬の一部として新たにお金が振り込まれたと書かれています。それでもまだ調査を開始して時間が浅いので、毎日が発見の連続だそうですわよ」
「……一部なのに残金が変わらないほど貰っている、という事ですか?」
どん引き中のイリスはシルヴィアに尋ねるも、そうらしいですわねと一言で返されてしまい、思わず頭を抱えるように、額を両手で押さえてしまうイリス。
正直完全にお金を貰い過ぎていると思っているが、どうやら仲間達は違った意見を持っているようで、各々言葉にしていった。
「ふむ。恐らくイリスが思っているような事では無いと思うぞ」
「そうですね、俺もイリスが成した事としては、正当なものだと思うよ」
「私もそう思います。イリスちゃんは誰にも出来ない事を成したのですから、相応の報酬は貰えるのですよ、きっと」
「ですわね。もっと自身を持って下さいな」
「い、いやいやいや! それでもお金貰い過ぎですから!」
「何を言う。誰にも読めない本を解読したのだぞ?」
「そうだよイリス。というよりも、これからもっと増えていくんじゃないかな?」
「うむ。そうだろうな。まぁいいではないか。金はある分には困らない。今回のように大金が必要になる事もあるだろう。そういった時の為に取っておくといい」
「…………あたしは聞かなかった事にしておくわ……」
居心地が悪そうに言葉にするタニヤだった。
イリスの成したものが何かは彼女には分からないが、大凡とんでもない言葉が飛び交っているのは理解出来た。残金が変わらない報酬を受けたというだけで意識を失いそうになってしまう彼女だったが、正直あまり心臓に良くない話にしか聞こえなかった。
それはつまり、最低でも白金貨二枚を更に得てしまっているという事になる。
だがタニヤはこの後、フィルベルグギルドから送られて来た金額の確認をしなければならない。大金となれば、しっかりと金額を受け取ったという事を確認するのは規則である以上避けられないのだが、それによって更なる衝撃に包まれる事を、今の彼女には知る由も無い事だった。
今回はギルドの銀行システムの説明を兼ねたお話ではありますが、大金が大金だけにこういった形になりました。恐らくこれを利用する冒険者は相当限られては来ますが、遠征地でこれだけ大きな金額を引き出す例は正直少ないです。まずないと言えるほどに。
こういった遣り取りは、一流冒険者が拠点を移す時に限定されると思われます。
例えるなら、ヴァンさんがリシルアに預けているお金を全額フィルベルグへ移す時のような使い方ですね。




