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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"猛攻"

 

 音がなくなったと同時に空間隔離スペイシャル・アイソレーションを解除するイリス。

 自身の叫びを直撃したギルアムは空を仰ぐようにしながら、ぐしゃりと地面に崩れるもすぐさま起き上がっていく。


 その様子に驚くシルヴィア達。

 だがダメージはしっかりとあるようで、立ち上がったギルアムは再び地面に伏しながらのた打ち回っていた。


 追撃を繰り出していくヴァンとシルヴィア。

 合間にネヴィアも魔法を飛ばして援護攻撃を加えていく。


 イリスは戸惑いながらも、その場で考えていた。


 ……おかしい。

 あれだけ強烈な攻撃を与えたにも拘らず、平然とこちらに向かってくる。

 明らかに異質な存在。ううん、今それはどうでもいい事だ。

 確実にダメージを与えていく事を優先しなければ。


 追撃にイリスも向かうが、同時にギルアムが凄まじい咆哮を上げてしまった。

 その衝撃でイリス達三人は弾き飛ばされてしまう。全体保護(プロテクト・オール)が効いているのでダメージは無いが、想定外の攻撃に飛ばされながら戸惑う三人は、がら空きになったネヴィアを襲うギルアムに鳥肌が立つ。空中にいる状態では流石に移動など出来ない。


 ネヴィアの眼前に迫るギルアムに、単身で距離を詰めていく一人の男性。目の前に現れた存在に牙を剥くギルアムは、男性に喰らい付こうとその鋭牙を繰り出していった。


 鋭牙を大きな盾で右に受け流しながら魔力を込めてギルアムを地面にひれ伏せさせ、身体を回転させたロットは、遠心力を加えた強化型魔法盾チャージ・マナシールドをギルアムに叩き付けた。

 地面を揺らし、巨体をめり込ませるほど凄まじいロットの一撃に、ギルアムでさえも瞳を瞑るほどの威力があったようだ。


「周囲を警戒しつつ、少し後ろに下がって下さい!」


 ドミニク達に指示をしていくロット。

 距離を空けた方がいいほど、ギルアムは彼らの近くに来てしまっていた。

 この距離であれば、一足飛びで捉えられる位置だと思われる。

 間隔を空けなければ命に関わる。


 既に勝負はついたのでは。

 そう彼らが思ってしまうのも仕方がないだろう。


 だがイリスはそんな彼らの心情を察してか、警告を発していった。


「まだです! 全員警戒を!」


 その言葉にヴァンが倒れているギルアムに向かって飛び上がりながら、戦斧に全体重を乗せて振り下ろしていく。深く突き刺さる攻撃にギルアムが声を上げるも、その眼光は鋭く、まだ倒せるようには感じられなかった。

 ゆっくりと怒りを露にして、鋭牙を見せ付け、威嚇するようにギリギリとしながら、重く低い声を出すギルアムに、ドミニク達は震えが来るほどの恐怖を心底感じていた。


 そのギルアムの姿にイリスの疑惑は確信へと変わり、本気で魔法を使わなければ危険だと判断した。


「"耐久性低下レデュースト・デュアラビラティ"!! "全体攻撃力増加インクリーセス・アタックパワー"!!」


 仲間達を温かい光が優しく包み込む。

 思わず言葉にしてしまうほど、力が湧き上がるのを感じる仲間達だった。


「む?」

「これは」

「力が漲りますわ!」

「凄いです!」


 ギルアムの身体能力低下と味方の攻撃力増加魔法を発動したイリスは、しっかりとした口調で仲間達に声をかけていった。


「一気に勝負をつけましょう!」

「了解した!」

「了解!」

「分かりましたわ!」

「はい!」


 気合を入れ向かい直るイリス達。

 攻撃の先陣を切ったのはネヴィアだった。


 頭に狙いを定め水槍を放っていくも、バックステップで回避されてしまう。

 更に左へステップし、シルヴィアに襲い掛かるギルアム。


 その動きに一同は驚愕する。

 動作が速過ぎる。明らかに異常な速度で動いていた。体捌きだけではなく、初動に移るまでの速さが尋常ではなくなっている。

 ここにきて急激に速度が増したギルアムの対処など、熟練冒険者であっても無理だと言える程の動きだと思えた。危険種の生態について学んだイリスや既に学んでいるヴァンとロットでさえも、これほどの速度を見せる存在について聞いた事などなかった。

 当然、書物などにもこんな動きを見せるなど、一切書かれていない。


 正直な所、信じたくないような事ではあるが、先程イリス達が吹き飛ばされた咆哮の説明もこれで出来てしまうイリスは、声を大にして言葉にした。


「やはりそうです! ブースト持ちです!」


 イリスの言葉に戸惑う姫様二人だったが、心を平静にしつつ警戒をしていく。

 ヴァンとロットも驚くが、それ(・・)と一度遭遇している彼らは冷静に心を落ち着かせていった。


 だがヴァンは魔獣戦の最後の最後で力になれず、歯痒い想いをしている。

 少なからず苛立ちを覚える彼は、鋭い瞳でギルアムを睨み、怒気を含んだ声で小さく呟くように言葉を発していった。


「……丁度いい。貴様で憂さを晴らさせて貰おうか……」


 瞳をぎらつかせる彼であったが、強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブースト持ちは非常に厄介だ。

 これだけの速さで動かれると、ドミニク達の方へ通してしまう可能性がある。

 非常に危険な状況だと判断したイリスは、ギルアムに向けて魔法を発動していった。


「"解除(レリース)"!! "封印(シール)"!! "状態維持(キープ・ステイト)"!!」


 イリスの魔法により、急激に勢いを無くすギルアム。

 その隙を見逃すはずもなく、一気に勝負を決めようとするイリス達は、猛攻を仕掛けていった。


 先陣を切ったのはネヴィアだ。魔法による攻撃を繰り出していく。

 鋭く放たれた水槍は、ギルアムの頭を当てる事は出来なかったが、首を抉るように進み身体を貫いた。


 激痛で怯むギルアムにシルヴィアが追撃に向かう。

 ネヴィアの攻撃で天を仰ぐように頭を上げている間に、喉元を切り付けるも、バックステップで避けられてしまった。


 それは本能の成せる業なのだろうか。

 彼女を一瞥もしないで後方に飛びのくなど、全く想定していなかったシルヴィアは、目を丸くして驚いていた。

 だがその刹那にヴァンは距離を詰め、ギルアムの顎下から掬い上げるように戦斧で切り上げ、振り被ったまま力を溜め、狙いを定めるように鋭く睨みつけた後、頭部をまるで粉砕するかのような一撃を振り下ろした。


 森の隅々まで轟かせるような鈍い打撃音が、周囲へ鳴り響く。

 地面にギルアムの顔を埋めてしまう程の強烈な攻撃だった。


「……ば、馬鹿な……。あり、えない……」


 ヴァンは驚愕、いや狼狽していた。

 今の一撃で完全に終わっていたはずだ。それ程の威力が十分にあった。

 狙った場所が例え強固な頭蓋であったとしてもだ。絶対に耐えられるはずがない。


 仲間達の士気が極端に下がっていくのが、手に取るように感じられたイリス。

 彼が今繰り出した攻撃の意味が分からない者など、イリスのチームにはいない。

 こんなこと誰も想定していなかった。いや、するはずもなかった。


 ギルアムは地面から顔を上げると、周囲のウォルフすら逃げ出すほどの途轍もない咆哮を上げた。全身が身震いする様な凄まじい殺気に、怯みながら下がらせられる一同。


 イリスは左手を胸部鎧に持っていき、ぐっと心臓を掴むように手の平を閉じていく。


 皆の士気が下がり過ぎてる……。だめ、このままじゃ……。このままじゃ、犠牲が出るかもしれない……。覚悟を……。覚悟を決めなさい!


 鋭い表情に変えたイリスは仲間達に伝えていった。


「シュート!!」


 思わず仲間達がイリスの方を見てしまうが、すぐさま行動に移していく。

 ヴァンはイリスの横に、シルヴィアはロットの隣へ戻った。


 セレスティアを鞘に戻したイリスは、右手をギルアムへ向けるように前に出し、左手を右手の甲に合わせながら、力を込めて言葉にしていった。


「"風の囁きウィスパー・オブ・ウィンド"!!」


 黄蘗色の美しい風がギルアムを包み込み、まるで嵐のような暴風に変わっていく。絶叫のような凄まじい咆哮を上げながら、全身を深く切り刻んでいった。


 ギルアムは固まるようにその場を動かなくなり、ゆっくりと大地に沈んだ。


 イリス強烈な眩暈に膝をつき、身体を支えるように地面に手を触れていく。


 彼女の名前を呼びながら駆け寄る仲間達に、イリスは小さく『大丈夫です。討伐しました』と告げるも、その表情はとても辛そうなものだった。

 急いでネヴィアが持っていたマナポーション・大をイリスに飲ませていくと、瞳を閉じながら一度深くため息を付いたイリスは、はっきりとした声でお礼を言いながら立ち上がっていった。


「ありがとうございます。……ちょっと魔法を使い過ぎました」


 ちらりとギルアムに目を遣るイリス。


 そこに残っているのはボロボロになったギルアムと、その周囲を鋭い剣で円状に切り刻んだかのような、なんとも形容しがたい無数の爪痕だけだった。



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