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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"ほんの少し"

 

「みんなー。遅くなってごめんなさいねー」


 タニヤが家に帰ると、そこはとても静けさに包まれていて驚いてしまった。

 まさかまだ外で遊んでいるのかと思っていると、部屋からイリスが現れ、立てた人差し指を唇に当てていく。


 言葉に出す事無くイリスの元へ向かうタニヤは、そこですやすやと眠る子供達を見つけ、愕然とした表情を浮かべる。あれだけ寝なさいと言っても言う事を聞かなかったやんちゃ達が、まるで天使のような顔をしながら眠っていた。

 思わず目を丸くしたまま自分の頬をつまむタニヤだったが、どうやら夢ではないようだ。


 子供達を起こさないように一旦孤児院を出ると、タニヤに今までの事を報告をしていくイリス。驚きのあまり大きな声を出しかけ、慌てて自身の手で口を押さえるタニヤは、呼吸を整えるようにした後、彼女はイリスに小さな声で問いかけていった。


「……本当なの?」

「はい。みんなとっても優しくて強い子達ですよ」

「……そう。ディルクも、そうだったのね……」

「やはり孤児院には、誰かが傍に居てあげた方がいいんだと思います。それについての考えも私達にはありますが、少々時間がかかるでしょう。

 何よりもまずは、ディルク君との約束を果たさなければなりません」


 そう言葉にするイリスだったが、タニヤは瞳を閉じながら額に両手を合わせ、ぽつりと心情を吐露する。


「……本当にあたし、何にも出来ていないのね……。あの子達のこと、なんにも、分かってないじゃない……」


 それはまるで、心の声が漏れてしまったようにも思える言葉で、何よりも辛そうな気持ちを含んだ声だった。

 そんな彼女にイリスは、それは違いますと、はっきりとした声で言葉にし、タニヤに話していく。


「皆、タニヤさんの為にって想ってくれているんですよ。年長組の子達は自分のこともしっかりと理解した上で、それでもあなたの為に出来ることはないかって、ずっと考え続けてくれているんです。それはタニヤさんだからそう想ってくれているんですよ。

 あなたが今までして来たことは、とても凄いことです。誰にでも出来る事ではないんです。だからどうか、そんな風に思わないで下さい。年少組の子達には、あなたはたった一人のお母さんで、年長組の子達には、あなたはもうひとりのお母さんなんです」


 年少組の子達はタニヤの事をお母さんと呼んでいた。

 年長組の子達はタニヤの事を母のように慕っていた。


 ただ普通の孤児院の管理者であるのなら、こんなに慕われるはずがない。絶対にと言えるほど、有り得ない事だ。紛れもなくタニヤはあの子達の母である事に違いはない。後はもう、ほんの少しだった。


「もう、ほんの少しだけ、あの子達の心に寄るだけで良かったんだと、私は思います。本当にもうほんの少しだったと。

 朝になったら、あの子達とお話をしてみて下さい。あなたなら絶対にそれが分かって貰えますから。あんなに優しくて強い子達を、タニヤさんは誇りに思えるはずです。

 あなたは決して何も出来ていないんじゃないです。本当に沢山の事を、とても大きくて大切な事を、あの子達にしてあげて下さっていたんですよ。

 ……だからもう少しだけ、あの子達の心に触れてみて下さい」


 そう言ってイリスは優しい笑顔をタニヤに見せた。


 孤児院の扉が開き、中からシルヴィア達が出て来たようだ。

 目で確認を取るイリスに、それぞれ頷いて答えていく仲間達。


 タニヤに向き直ったイリスは、優しい笑顔を変えずに言葉にしていった。


「では、私達も宿に戻りますね」

「……ありがとう、みなさん。本当にありがとう……」

「私達は、私達に出来る事をしているだけですから」


 イリスはおやすみなさいとタニヤに告げて、その場を後にしていった。

 タニヤは心優しき冒険者達の背中を見えなくなるまで見つめ、孤児院に入り扉を閉めると、ぽつりとお礼を言葉にした。



 飲食街手前まで戻って来たイリス達は各々話していく。


「それで。どうするんですの?」

「ふふっ。流石に私でも、イリスちゃんのしたい事が分かってしまいました」

「そうだね。俺も賛成だよ」

「うむ。俺もだ。だが、どうする?」

「お願いする前に伝わっちゃってましたね」

「私でもそうしたいと思いますからね。ですが、何か対応策はあるのかしら?」


 シルヴィアの問いかけに短く肯定するイリスは、魔法をひとつ発動していった。


「"暗視(ノクトヴィジョン)"」


 発動と同時に仲間達が驚いていく。

 一気に視野が広がり、暗闇の奥の方までしっかりと認識出来るようになった。

 夜なのに、まるで昼のような視界が広がっていく。いや、暗いことに違いはない。ただその視野が極端に広がったような印象を受ける。昼よりも却って鮮明に見えているようにも感じられたほどに。

 普段では認識する事は出来ない、木々の葉ひとつひとつまではっきりと見えるような、そんな世界が広がっていた。


 驚きの止まらない仲間達へ、イリスは言葉を続けていく。


「この魔法であれば、暗い森での探索が可能になります。今回は人命がかかっていますので、強力な索敵(サーチ)も合わせて使っていきたいと思います」

「ふむ。凄い魔法だな、これは。俺の目を超える夜目だ」

「本当に凄いですわね。でも、これならば森に行けますわね」


 暗視(ノクトヴィジョン)を使えば、夜の森や洞窟の内部でもしっかりと目視による確認が出来る。

 獣人の夜目と違うのは、たいまつなどの光源があっても、その効果が得られるという所にある。持続時間は三アワールほどなので、それ以上の探索となると魔法をかけ直す必要は出てくるが、それでも十分過ぎるほどの効果を持っている魔法だ。


 イリス達は一旦馬車へと戻り、ポーションを多めに持っていく。ヴァンは戦斧に変えた。流石に剣よりも遥かに使い慣れた斧の方が、戦い易いからだ。ライフポーションとスタミナポーションを十本ずつバッグに入れ、保存用の食料を別のバッグに入れる。

 この時間、エステルは厩舎へと戻っているようで挨拶は出来なかったが、これから向かうのは森なので連れて行くことは出来ない。


 食料品はヴァンが、ポーションはネヴィアが持ち、イリス達は街を出る為に入り口まで向かっていく。


 ネヴィアが薬を持つのには理由がある。戦いとなれば激しく動くイリス達に比べ、ネヴィアは魔術師(キャスター)なので、その場を大きく離れたりはしない。薬瓶なので、なるべく衝撃を与えないようにしなければならない為、ネヴィアが持つと言葉にしてくれた。

 そして保存用の食料はヴァンが持つ。ある程度持つとはいえ、その重さはかなりのものになる。これを力のある自分が持つのは当たり前と言わんばかりに、彼が真っ先に持ってしまった。

 重いので皆さんで持ちましょうとイリスがヴァンに話すも、彼からすれば重いという認識にはなっていないようだった。


「本当にヴァンさんは力強い方ですわね」


 目を輝かせながらヴァンを見つめるイリス達。

 その視線を浴びたヴァンは、小さく『むぅ』と言いながら瞳を閉じてしまった。



 街の入り口まで来ると、街の警備をしているベネデットが驚いた様子でこちらに駆けつけ、言葉にしていった。


「その装備、まさか夜に街の外へ向かわれるおつもりですか? いくら平原とは言っても視界が日中とは違います。危険ですので、お止めになられた方がいいのでは?」

「ご心配して頂きありがとうございます。でもこちらには頼もしい味方もいて下さってますし、必要以上に無茶な事はしませんので、通らせて頂いても宜しいでしょうか?」


 そこまで言われては、引き止めることなど出来ない。彼女達は冒険者なのだから。


「ギルアムが討伐されたとの一報はこちらにも届いておりますが、それでも夜間は危険です。どうか十分にお気を付けて」


 ありがとうございますと笑顔で答えるイリス達は扉を開けて貰い、街の外へと向かっていった。



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