"飲食街"で昼食を
飲食街まで戻って来たイリス達は、入り口となっている大きな扉に入っていく。
二重に作られた扉の先は、まるで別の街並みが広がっているような印象を受けた。
様々な屋台が左右に並び、中央に食事が出来るスペースになっている独特の空間がそこにはあるようだ。
美味しそうな香りが辺りに広がり、食欲をそそらされるイリス達。
エルマの街自体にこういった食べ物の香りがしないせいだろうか。より美味しそうに思える香りを感じ、急にお腹が空いてきたイリスだった。
随分と昼が過ぎてしまっているので、食事をしている人は少ないようだ。それでも座席の三分の一は埋まっていて、賑やかさは感じられる活気に包まれていた。
何を食べようかと迷う三人は、ヴァンとロットがお薦めと言うものを頂く事にしたイリス達。正直な所、どれもが美味しそうで選びきれなかったようだ。
ここは注文方法も少々特殊になっている。
まずは食べたい料理の屋台まで行き、注文をした後料理が出るまで待つ。その場で代金を支払い、料理を受け取って席へと移動。食事をして、食べ終えたらお皿を注文したお店に返しにいくそうだ。
こういった場所はエルマ以外では見た事がないそうだ。つまりエルマ独自の食文化のひとつ、とも言えるだろう。目を輝かせながらお皿をテーブルに運ぶシルヴィアの表情が、とても楽しそうに見えた仲間達だった。
今回の食事はエルマ名物となっている、ウォルフのお肉を使った料理を注文したヴァンとロット。イリス達も彼らのお薦めとの事なので、同じものを注文する。
戦った相手を直ぐに食べるのは気が引けるのではとも思っていた彼らだったが、どうやら杞憂だったようで安心した。
イリスも含めて彼女達は、魔物は魔物であり、それを美味しく食せるのならそれに越した事は無いと思っているらしい。それはホーンラビットも、ボアも、ディアも。
そして今回のウォルフも大きな差はないと思っている。ただ、たまたま先程戦っただけだという考えを持っていた。
流石にアルリオン周辺に居るリザルドが料理として出た場合はどうしようかと彼女達が話しているのを、エステルを歩かせている時に聞いたことがある彼らだったが、まずは食べた上で判断をしましょうという意見に纏ったようだ。何事も偏った考えは良くないと結論付けた彼女達だった。
香辛料の香り高いお肉を食べながら味に酔いしれるイリスに、少々含み笑いをしながらシルヴィアが料理について尋ね、隠してある香辛料まで言い当ててしまう彼女に、お店の人は目を丸くして驚いていた。
物凄く楽しそうな表情を見せるシルヴィアに、思わず苦笑いが出てしまいながら食事をするネヴィア、ロット、ヴァンの三人と、美味しそうに料理を堪能するイリス。
何でもかんでも言い当ててしまう彼女の言葉を聞いたお店の人の驚く姿に、シルヴィアはますます食べているものが美味しく感じているようだ。
食後のお茶を頂きながら、イリス達は今日の予定を話していく。
「すみません。随分と予定がずれてしまいましたね」
「何を仰るのですか。私はとても楽しかったですわよ」
「そうですね、姉様。私もとても楽しめましたよ、イリスちゃん」
「そうだね。俺も全く構わないよ」
「うむ。俺としては中々に斬新ではあったな……」
彼にとっては、未だ嘗て体験したことの無い出来事だったようで、終始おろおろと戸惑っていた様子を仲間達は見ていた。その姿に可愛らしく思えてしまうイリス達だったが、子供達に好かれるのはいい事ですよと各々言葉にしていった。
「そういえばヴァンさんは、よく人から怖がられてしまうと聞いた事がありますが、そういった事は思った事がありませんわよ?」
「そうですね。私も最初にお会いした時から、とても優しい方だと印象を受けています。何故そのように思われているのかが分かりません」
「私も初めてヴァンさんに会った時に、怖いという印象は全く持ちませんでしたね」
「む、むぅ」
複雑な表情でお茶を飲むヴァンは、話を変えるように今後について言葉にしていった。どうやら相当に照れているらしいと、ロットは冷静に彼を見ていた。
「それで、これからどうする?」
「まだ泊まる宿も決めてませんでしたね」
ロットがヴァンへ言葉にすると、イリス達も話し始めていく。
「まずは泊まる場所を決めないと、ですね」
「ですわね。エステルにも会いたいですわ」
「そういえば、ディアとボアの素材もありましたね」
ネヴィアの言葉に一同は思い出したかのように、そうだったと答えていった。
エルマに来るまでの街道で、数匹の魔物を倒している。ディア二匹、ボア一匹だ。大きさも然程大きくも無い小振りの魔物で、街道を邪魔するように立ち塞がっていた魔物だった。
平原が続くエルマへの道は見通しも良く、魔物も発見しやすいが、わざわざこちらから出向いて倒すような事もしないため、基本的には襲って来た魔物に限って倒すようにしていたイリス達だった。
旅の途中でお肉は多少使ったが、それでも魔物一匹分を食べるには五人では無理がある。食べきれないお肉も含め、毛皮、牙など、そういった素材は売ることが出来るので捌き、使わない素材は地面に埋める。これは冒険者の常識となっている。
今回のウォルフは少々特殊で、埋めるには数が多過ぎるのと、巨体であるという意味も含み、街道から魔物を除けたままエルマへと来ていた。
本来であれば、倒した場所に魔物が寄って来てしまうため、早期に片付けなければいけないのだが、ギルアムの件もある。正直なところ、エステルだけではとても運搬しきれない量だし、何よりもあの場へ彼女を連れて行くのは躊躇われた。ノルン方面には当分向かわない方がいいとイリス達は思っている。後はギルドにお任せといったところだろう。
重いものを軽くする魔法もあるので、馬車の最大積載量以上の素材を持ち込む事も出来なくはないが、それは色んな意味で良くない事になるのは誰の目にも明らかだろう。
使い道としては荷台全体を軽くして、エステルの負担を軽減しようと使ってみた事があるが、そうすると彼女がちらちらと後ろを振り向く素振りをしてしまうようだった。
どうやらエステルには、ある程度の重さがないと不安に感じてしまうらしい。それはまるで、一人で旅をしているような気持ちになってしまうのかもしれない。イリス達からすれば、軽い方がいいのではないだろうかと思ってしまうが、エステルがお気に召さなかったようで、使わなくなった魔法でもあった。
食事を終えたイリス達は食器を購入した屋台に返し、とても美味しかったですと作ってくれた方にお礼を言った後、宿を探すために街の入り口近くまで戻っていった。
その後姿を見つめる屋台の女性に話しかける一人の男性。穏やかな声はしていたが、その表情はとても穏やかとは言えない程驚いていたようだ。
「……まさか隠しスパイスまで当てられるなんて、誰かに話した所で、誰も信じて貰えないでしょうね」
「面白い子だねぇ。こいつはウチの秘伝なんだけど、ここまでずばっと言い当てられると却って気持ちがいいもんだね」
そう言葉にした屋台の女性は豪快に笑っていた。
宿を取ったイリス達は、そのまま部屋には行かず、エステルの元へと戻っていた。
この時間は厩舎ではなく、厩舎裏にある広いスペースに放牧されているようで、柵に囲われた場所にぽつんとエステルがいるようだった。
厩舎の方曰く、ここはエルマを訪れた方の為の放牧場なのだそうだ。旅の疲れを癒して貰うために、なるべくこの街で使われている子達とは別の場所に入れる事になっていると教えて貰えた。
柵越しにエステルを呼ぼうか迷っていると、イリス達の存在に気が付いた彼女は速足で駆けつけてくれた。
顔を柵から伸ばしてくる彼女を抱きしめ、優しく撫でるイリス。その左右からはシルヴィアとネヴィアも愛おしそうに撫で、エステルはまるでうっとりとしているようにも見えた。
一頻り撫でた後、イリスはまた来るねと彼女に伝え、馬車が置いてある場所に向かっていく。エステルは暫くイリス達の後姿を見つめていたが、どうやら満足した様子で、生えている草をもしゃもしゃと食べ始めていった。
馬車へと戻り、それぞれ素材を持ってギルドへと向かうイリス達。
ヴァンは重たい斧から剣へと変えたようだ。ギルドに寄った後、また子供たちの所へ行く予定なので、武器に魔法をかけましょうかと言葉にするイリス。
物自体に何かしらの制限をかける"施錠"であれば、本人達にしか武器を抜けないようにしたり、仲間達にしか扱えないような状態にする事が出来るそうだ。
試しにセレスティアを取り外して魔法をかけるイリス。そのままシルヴィアに抜かせてみるも、全く動く気配も無く、鞘から抜き放つことは出来なくなっていた。
これを使えば、例え見えないところで遊ばれることも無い。宿屋に大切なものを置いていくのは抵抗があったイリス達は、悪戯されないようにと魔法をかける事にする。
「"施錠"。……はい。これで私達以外に武器が使えない状態になりました」
「ふむ。本当に便利なものだな」
「流石に鎧やダガー、セレスティアから離れるのには抵抗がありますから」
「大切なものですからね。当然と言えば当然ですわね」
「俺の盾もそうだけどこれはミスリルだし、持っていかれても嫌だからね」
「そんな方はいないと信じたいですが、持っていかれてからでは遅いですものね」
「ヴァンさんの斧に関しては、施錠では守れませんので、一時的な保護をかける事によって、鞘を纏っている状態にする事も出来ますよ」
解除する時は"解除"という魔法を使うのだとイリスは説明した。
この魔法は様々な魔法効果を打ち消すことの出来るものだそうだ。これによって、保護効果を消し、通常の状態へと戻せるのだが、この魔法の真意はそこではない。それに仲間達は気がついてしまった。その様子を察したかのように、イリスが言葉にしていく。
「ご想像の通りです。この魔法も遥か昔では、使い方が全く異なります」
要するにこの魔法は、魔法効果全てに適応されるとんでもない魔法のひとつとなっている。あのギルアムにも貫くことが出来ないと思われた、全体保護ですら一瞬で消してしまう魔法。これがどれほど強大なものであるかは、想像するのも恐ろしいことだ。
そしてこの魔法ですらごく一部のものに過ぎない。だからこそ世界最大の魔法国家と呼ばれたエデルベルグが、世界の均衡を保つことが出来ていた。
正直な所、今の時代に生まれて、本当に良かったと思うシルヴィア達だった。




