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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"新たな仲間"

 

 フィルベルグを旅立つ前日、イリスは図書館でマールとエメリーヌに挨拶をした後教会へと向かい、ローレン司祭にも旅に出ることを伝えていった。


 小鳥がさえずる静かな世界に、沢山の花が備えてある場所。

 その一角に持っていた花束を添えて、イリスは姉に報告していく。


 暫く旅に出る為に、会いに来る事が出来ないことも謝ったイリス。

 唯一心残りがあるとすれば、姉に花を添えられなくなる事だろうか。

 それでも自身の目的の為に歩いて行くねと、小さく言葉にしていく。


「時間はかかると思うけど、また来るね、お姉ちゃん」


 イリスは教会入り口へと戻る際、一度だけ姉に振り返りながら放った言葉は、静かな教会裏に響いていった。



 *  *   



 ふわふわと、まるで空を飛んでいる様な感覚で、イリスは辺りを見回していた。

 光に溢れたその場所の中央には、王城にあったガゼボのような建物があったが、どこか違うとても不思議と思えるような場所だった。その場所にはどうやら先客が二人いるようで、お茶を飲みながら楽しそうに話をしているのを、イリスは眺めるように少し離れた場所から見つめていた。


 銀色の髪の長い少女が、対面に座っている白髪で可愛らしい長い耳を頭に乗せた女性と、とても楽しそうに話をしていた。内容はなんて事は無い話だ。本当に他愛無い話。でも、それさえも今のイリスには憧れてしまう、とても特別な話に聞こえてしまった。



 あの頃の私は、まだ子供で。

 何も知らなくて。何も出来なくて。

 これから訪れる事なんて、知る由も無くて。


 ……ううん、違う。


 今でもそうだ。

 私はまだ何も知らない。

 何が出来るのかも、正直な所わからない。


 でも――。


「――それでも私は、前に進もうと思うんだ、お姉ちゃん」


 目の前に立っている耳の長い女性に話しかけたイリス。

 いつの間にか、ガゼボのような建物も、髪の長い少女もいなくなっていた。


 そして耳の長い女性は、イリスにとても優しく微笑みながら、光に包まれて消えていった。




「…………おねえちゃん……」


 ベッドで眠っているイリスの頬に、一滴(ひとしずく)の想いが伝っていく。

 辺りはそろそろ白み始め、小鳥のさえずりが聞こえて来た。



 *  *   



「よし!」


 荷物を持ったイリスは、気合を入れて下に降りていく。

 肩にかけた明るいショルダーバッグの中には、この世界に降り立ったあの日とは違うものが入っている。着替えや薬も入っているが、エリー様に頂いたお金や薬、ダガーは置いていく事にした。

 そうしておけば家にいるレスティの事を、まるでエリー様に見守って貰えるような気がしたからだ。


 一階へと降りると、レスティが挨拶をしてくれた。

 いつもと同じ挨拶をしてくれて、ホッとしてしまうイリスだった。


「あらおはよう、イリス。昨日はよく眠れた?」

「おはよう、おばあちゃん。うん。よく眠れたよ」


 楽しく朝食を取っていく二人は、普段通りの他愛無い話を続けていった。

 そして食事も終わりお茶を飲み終えた頃、レスティは違う話を始めていく。


「懐かしいわね。初めて会った時のイリスのままね」


 尤も、あの時よりもずっと綺麗になっているし、身長も伸びた。そして何より、美しい髪をずばっと切らされる羽目になるとは夢にも思わなかったが。

 思わずイリスとの楽しい思い出の数々が思い起こされ、急に寂しく思ってしまうレスティは目尻に涙を溜めてしまった。


「おばあちゃん……」


 切なそうに見つめるイリスに、こんな気持ちじゃ良くないわよねと自分を戒め、イリスに言葉をかけていった。


「イリスに渡したいものがあるの」


 そう言って席を立つレスティは、戸棚に仕舞っていた木箱を取り出し、イリスの前に静かに置いていく。

 きょとんとするイリスへ、開けてみてと言葉にするレスティ。言われるまま箱を開けてみると、そこには一本の小さなナイフが入っていた。


 柄十二センル、剣身二十センル。

 レスティがイリスの為に用意した"鋼鉄の蹄"の特注ナイフだ。

 鞘と柄が白木で出来た、とても美しい一品だった。


「とてもしっかりとした作りになっていて、軽くて丈夫で錆び難い物を作って貰ったのよ。以前にあげたナイフよりもずっと良い物だから、バッグに入れて持っていってね。採取用ナイフにしてもいいし、料理用のナイフにしてもいいと思うわ」

「わぁ、綺麗なナイフ。いいの? おばあちゃん」


 ええ、もちろんよと笑顔で答えるレスティに、嬉しそうに貰うイリスは言葉にしていった。


「ありがとう、おばあちゃん! 大切にするね!」


 目を細めて喜んでくれたイリスに、こちらまで嬉しく思えるレスティだった。


「気を付けてね、イリス」

「うん。ノルンに着いたら、お手紙を書こうと思うの」

「うふふ、ありがとう。でも無理しなくていいのよ?」

「ふふっ。私が書きたいと思ったの。それにお手紙書くの、好きなんだよ」


 それじゃあ楽しみにしてるわねとレスティは答え、イリスは出立の挨拶を大好きな祖母に伝えていく。気持ちは元気で明るく、前向きに。イリスは笑顔で伝え、レスティは笑顔で答えていった。


「いってきます、おばあちゃん」

「いってらっしゃい、イリス」


 イリスを"森の泉"の外まで送っていくレスティ。噴水広場まで出たところでイリスは一度振り返り、レスティに手を振って王城に向かっていった。

 見えなくなったイリスの場所をしばし見つめていたレスティは店に戻っていく。急に広く、静かになってしまった店内に佇んでいた彼女だったが、よしと気合を入れ直し、"森の泉"を開店していった。



 *  *   



 フィルベルグ城へと戻って来たイリスは、そのまま執務室へと案内されると、そこにはエリーザベトとルイーゼの二人が待っていたようだ。

 挨拶をし終えた三人は、イリスを着替えさせる為に隣の部屋へ連れて行った。


 (ドレス)へと着替え終えたイリスに、エリーザベトは(ドレス)の修正点を説明していった。

 見た目に大きく変わった点は見られない。だが、右腰にあるスカート部分に細工がされており、そこにポーション類を入れる事が出来るという。


「一度スカートを腰に押し込むように力を入れ、それを右に動かすと、このように若干開いてスペースが出来ます」


 実演をしながら教えていくエリーザベトだったが、その(ドレス)の機能に驚きを隠せないイリスだった。鎧は防具であり、重要視される点は防御力である。そこに見た目を考えたとしても、薬用バッグを持たずに鎧にポーションを入れるという発想そのものが、誰も想像しないことだ。


 エリーザベトが補足するには、この部分もミスリル製になっているため、生半可な攻撃で瓶が割れる心配もないとの事らしい。しかも薬を入れたとしても、スカートの大きさは変わる事が無いので、膨らんだ感じにもなっていなかった。

 これには相当苦労しましたと、とても楽しそうな表情で答えていった二人に、イリスは感服してしまっていた。


 どうでしょうかと満面の笑みを浮かべながら聞くルイーゼに、イリスは眼を丸くしたまま答えていった。


「……すごいです。こんな事が出来るなんて、考えても見ませんでした。てっきり腰に薬用箱を取り付ける感じを想像していたのですが」


 その言葉にエリーザベトは説明していった。


「それでは右腰に付けることとなり、折角のデザインが損なわれてしまいます。着けるのならば腰の後ろになるのですが、そうなってしまえばこの大切なダガーを着ける場所が無くなってしまいます。この仕組みであれば腰の後ろにはダガーを、左腰にはセレスティアを装備出来ますので最良と判断しました。そしてセレスティアの鞘にも、イリスの希望通り修正を施しました」


 そういって預けてあった短剣も腰に付けてくれるエリーザベト。

 大切な短剣には加工せず、(ドレス)の方に加工が施されているらしく、その心遣いにとても嬉しく思ってしまうイリスだった。


 姉の短剣を付けて貰ったイリスは、まるで大好きな姉に背中を守られているような、そんな温かい頼もしさを感じた。

 セレスティアの鞘にも少々修正加工をして貰い、鞘から剣を抜き難くなっている。それなりに力を込めなければ抜けなくなっているので、鞘のまま魔力を通して攻撃することを重視した剣に変えて貰っていた。


 ひとつ注意点がありますと、エリーザベトはイリスへと言葉にしていく。

 この(ドレス)の大きさを考えると、入れるポーションの数が三つまでとなってしまうそうだ。こればかりは変える事が出来きなかったとのだと、二人はとても悔しそうな気持ちなのだと告げていく。

 イリスとしては、見た目を変える事無く薬を持ち運べる事がそもそも凄い事ですと答えていくが、どうにも何か方法があったのではと、二人は今も考え続けていると言う。

 だが左腰にはセレスティアが、腰にはミスリルダガーがあり、他に入れる場所など存在しない。こればかりは流石の二人やクラウスも、他に良い方法が見付からなかったらしい。


「それでもとても嬉しいです。ありがとうございます。これであれば素敵な(ドレス)のまま移動出来ますね」


 疲れが吹き飛ぶようなイリスの笑顔を優しく微笑みながら見つめる二人は、一同が待つ厩舎へとイリスを連れて向かっていった。

 そこには武装した仲間達と、ロードグランツが既にいるようで、頂けると思われる馬車の荷台に荷物を積み込んでいた。


「わぁ。大きくて綺麗な馬車……」


 思わず簡単のため息が漏れてしまうイリス。

 五人は悠々と乗れるほどの白い大きな幌付きの馬車だった。


 暫くすると、厩舎から一頭の馬が連れて来られた。

 馬は足腰がしっかりとしているハクニーと呼ばれる品種らしい。

 肩高約百五十センルの馬で、馬車には最適とされている子なのだそうだ。

 身体はクリーム色よりも淡い黄白色の被毛をしている、所謂"月毛(つきげ)"と言われる毛色だと厩舎を管理している方に説明を受けた。性格はとても大人しい女の子だが、魔物にも恐れる事無く引いてくれる勇敢な子なのだそうだ。

 

 何とも頼もしい仲間に、イリスは首元を撫でながら馬の手綱を握っている方に聞いてみた。


「この子のお名前は何て言うんですか?」

「エステルと呼んでおります。とても優しい良い子です」

「綺麗な名前ですね。よろしくね、エステル」


 呼びかけたイリスに顔を擦り寄せて来るエステル。

 それはまるでイリスに挨拶をしているようにも見えた。


 *  *   


 持って来た荷物を荷台に積み込んでいき、いよいよ出発を待つだけとなった。

 まずはエルグス鉱山近くにある街ノルンを目指し、進むことにした一行。


 そしてエリーザベトとルイーゼに、挨拶をしていくイリス。


「本当に沢山の事を教えて頂き、ありがとうございました」

「いいのですよ。こちらも楽しみながらイリスのお手伝いが出来て、とても楽しかったです」

「イリスさんは本当に強くなられました。だからといって油断は禁物ですよ。何時如何なる時も、魔物には注意して下さい」


 元気よく返事をするイリスに、微笑む二人だった。

 そしてエリーザベトは、ロットとヴァンに言葉をかけていった。


「それでは、娘達を宜しくお願いします」

「はい。必ずお守りします」

「この身に変えても守り通します」


 最後に残された不安材料であったロードグランツは、娘達に話をしていく。


「シルヴィア、ネヴィア、そしてイリス。先輩達の言う事を良く聞いて、無茶は絶対にしてはいけないよ。世界をその目で見つめ、沢山の事を学んでいなさい。

 そして必ず無事に、フィルベルグへ帰って来なさい」


 とても優しい表情で語るロードグランツ。

 彼は必ず最後にも渋ると思っていた一同は、驚愕の色を露にしてしまっていたが、唯一エリーザベトだけは、表情を変えずイリス達を見つめていた。


 何ともいえない微妙な空気の中、娘達が言葉にしていった。


「と、父様……。何か悪い物でも食べられたのですか?」

「父様、ありがとうございます。必ず無事に帰ります」

「お父さん、ありがとう」


 半目になりながら言葉にするシルヴィアと、感激のあまり表情を明るくして話すネヴィアに、嬉しさでほんのりと頬を赤くしながら眼を細めて笑顔を見せながら伝えるイリスだった。



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