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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"旅の目的"


「旅立つ前に、まずは準備ですね」


 その言葉に続けて、ルイーゼは話をしていった。


「旅に出る前に、旅の目的をしっかりと決めた方がいいかもしれませんよ。旅の途中で目的に迷うと、危ない状況になる事もありますから」


 なるほどとイリスは納得し、仲間達に自身の目的を伝えていった。

 あくまでも私の意見ですがと挿むと、微笑ましそうに仲間達はイリスを見つめた。


「まずは石碑を目指したいと思います。次にお姉ちゃんがああなってしまった原因と、その解決法を探したいです。そしてもう一度、女神様に逢う事ですね」

「……その優先順位でいいのか? この世界に訪れた時からの目的である"大切な女神と会う事"が一番ではないのか?」


 ヴァンがイリスに問い返すが、それはここにいる誰もが考えていた事のようだった。本来の目的である『再会』が一番優先すべき事であり、イリス自身がそれを望んでいるものだと考えていた。言葉にはしなかったヴァンであったが、本当にそれでいいのかと、内心ではそう思っていたようだ。


 その様子を察したイリスは、自分がするべき事を見出したかのような、決意にも似た意思を示しながら言葉にしていった。


「とても表現し辛いのですが、石碑を回る事が全てを繋げるような気がしたんです。どれも私にとっては大切なもので、全て叶えたいと思えてしまっています。欲張りだと思いますが、それでも望んで前に進んでいれば、きっと叶うと信じています」


 その言葉に仲間達は答えていった。


「ならばそうしよう。俺もイリスに賛成だ」

「俺もです」

「私もですわ」

「私もです」

「……えっと、いいのですか? 皆さんのしたい事も聞きたいのですが」


 思わず言葉を返してしまったイリスだったが、仲間達は揺らがなかったようだ。


「特に無いな」

「俺もないよ」

「私達にはどこに行っても真新しく思えるものばかりですから、イリスさんが気にする事はありませんわ」

「そうですね、姉様。イリスちゃんのしたい事があるのだから、そちらを優先しましょう」


 若干戸惑い、本当にいいんだろうかと思いながらもイリスは言葉を続けていく。


「……じゃ、じゃあ、したい事が出来たら、必ず言って下さいね?」


 そうイリスに言われた一同だったが、どうにも考えはイリスと同じ気持ちでいるようだった。


 世界にある石碑を巡る事。これが何かとても重要な事に思えてならなかった。

 そもそも真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを伝える為だけに、レティシアが石碑に存在するとはとても思えなかった。何か他に理由があるという事は、想像に難くない。それを優先するべきだと仲間達は思っていた。


 話が終わった頃、エリーザベトはイリスに話をしていく。


「さて、イリスさんの(ドレス)に付ける薬用バッグの考案が整っております。修正作業に凡そ三日を頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「もう考慮して頂けたのですか?」


 あまりの早さに驚くイリス。まだあれから一晩しか経っていない。その早過ぎるとも思える手際の良さに驚きを露にするが、どうもエリーザベトから話を聞くと、クラウス氏を城に呼んで徹夜で図案を引いたらしい。

 自分の為にわざわざ鍛冶師さんまで呼び付けて一晩中考えてくれていた事に、申し訳なさを感じていたイリスだったが、どうもそうではないらしい。


「イリスの思う様な事にはなっていませんよ。クラウス氏も話を聞き付けると、飛んで来る様に王城へといらしてくれました。イリスのエレガントドレスアーマーは彼の最高傑作の一つですし、何よりも新しい仕掛け(・・・)には、嬉々として私達と作り上げていきました。今朝方には試作品を早速作ってみると、とても嬉しそうに帰っていきましたよ」


 年齢が近いだけではなく、彼もまたエリーザベトやルイーゼと同じような思考を持つのかもしれない。正直な所、イリスには良く分からない事ではあるが、何かに熱中している時を楽しめる人なのだとしたら、今回の件も迷惑などではなく、寧ろ楽しみながら作り上げられる人なのだろう。

 あまり深く考えない方がいいのかもしれない。そう思えて来たイリスだった。


 (ドレス)をエリーザベトに預ける事となったイリスは、預けてあった服に着替え直すことにした。折角なので、湯浴みをしてゆっくりと疲れを取るといいと言われ、一旦休憩にしましょうとのエリーザベトの言葉に従い、姫様達と一緒に席を外すイリス。


 そのままメイドに連れられて、イリスはお風呂を頂くことにした。


 流石王城と言えるようなとても広いお風呂で、三人は仲良く背中を流しっこしたり、同じ表情で並びながらお湯に浸かったりと、まるで三姉妹のようにとても楽しそうに湯浴みをしていった。


 だが問題は湯を出てからの事だった。


 身体を拭いていたイリスの元に、一人のメイドが声をかけた。

 何でもドレスルームは隣の部屋になるらしく、そのままタオル一枚で連れられたイリスは、その部屋に居たエリーザベトとルイーゼの異変に気が付く。

 二人とも同じような満面の笑みで、イリスを待っていたようだ。


 何か不穏な空気を感じるも、イリスは二人に話しかけていった。


「……えっと、あの……。私の服はどこでしょうか」

「イリスの服はただいま洗濯中でして、まだ乾いておりません。ですので、代わりの服を用意しました」


 エリーザベトの言葉で更に不安になるイリスと、エリーザベトの横で嬉しそうな、とても楽しそうなルイーゼがにこにことしていた。

 どうやら不安は的中しそうな予感がして来たイリスだった。


 *  *   


 女性達が支度をしている間、ロットとヴァンもお風呂を頂いていたようだ。

 尤もこちらはゆっくりしたとは言っても、さすがに女性陣よりも早く出られたようで、執務室に先に戻った彼らはロードグランツと話をしながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。


 そこへ小さく室内に響いていくノック音にメイドが反応し、扉を開けていった。


 シルヴィアとネヴィアがドレスに着替えて入って来たようだ。

 思えば彼女達も私服と言えばドレスとなってしまう。これについても用意しなければならないかもしれないとロットとヴァンは思っていると、続いてエリーザベトとルイーゼが入って来た。

 扉の先には誰もいないようで、イリスはまだ時間がかかっているのだろうか。

 そんな事を彼らは考えていると、エリーザベトが扉の先に声をかけていった。


「貴女もいらっしゃい、イリス」


 その言葉におずおずと入ってくるイリス。壁側に隠れて見えなかったようだ。

 こつこつと静かに音を響かせながら入ってきたイリスを見た三人は、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


 ほんのりと青が入った白のドレスに身を包み、頬もほんのりと赤みを帯びた美しい淑女がそこにはいた。元から綺麗だったイリスが美しいドレスを身に纏うと、どこからどう見てもお姫様にしか見えなくなってくるようだった。


 一同の注目を浴びて顔を真っ赤にするイリス。とても言い難そうに言葉にしていくイリスへ、エリーザベトは満面の笑みで答えていった。


「あの……。とても、その……。恥ずかしいんですが……」

「あら、とても良く似合っていますよ」


 うんうんと頷きながら綺麗ですよと続けていくルイーゼ。

 その表情はとても満足そうなものだった。


「ドレスアーマーの件をクラウス氏に試作して頂いている間に、我々はこちらのドレスに着手しました」

「中々時間が迫っていましたのでぎりぎりではありましたが、無事に作り上げる事が出来てホッとしています」


 満面の笑みで答える二人だったが、イリスだけではなく姫様達にも腑に落ちない点がある。


 そもそもドレスとは全てが一点ものだ。

 着るべき者に合わせて作り上げていくものなのに、何故イリスにぴったりと合うドレスがあるのかと疑問に思ってしまう。

 シルヴィアは勿論、ネヴィアともサイズが違う。なのに何故こうもしっかりとサイズが合ってしまうのか、不思議で仕方の無いイリス達だった。


 そんなイリス達の疑問に、エリーザベトとルイーゼは答えてくれるが、その内容はイリスだけではなく、姫様達をも引かせる内容だったようだ。


「イリスさんが昨日着替えた際の服から採寸しました。後はルイーゼの見立てによるものです。本当にこちらの才能がありそうですね」

「ドレスアーマーの件がありますから、ドレスの採寸もばっちりです。それよりもエリザのドレス選びが素晴らしいですね。流石です」

「あら、私でもイリスさんの採寸までは分からないですよ。ルイーゼの目利きあってのドレスです」

「いえいえ、エリザが」

「いえいえ、ルイーゼが」


 ほほほと笑い合う二人に、ロードグランツ以外がどん引きしていた。

 ここに来てロットとヴァンもようやくこの二人が関わると、イリスで遊んでしまう事に気が付いたようだ。訓練の話をイリスがしていた時にも過ぎった事ではあるが、よもや本当に遊んでいるとは思いたくなかった。


 思えば必要になるとは思えない技術の習得もさせられていたのだろう。恐らくイリスはきっと自分の為になると信じ、疑わずに吸収していったに違いない。


 何ともいえない空気に包まれる執務室に小さく響く二つの声と、それを微妙な表情で見つめる者達だった。



 *  *   



「では、冗談はこれまでにしまして」


 ひとしきり楽しみ合った二人は、真面目な表情に戻しながら話をしていく。


「ドレスアーマーをお預かりして、薬用バッグの取り付けをクラウス氏にお願いしようと思います。恐らく三日はかかると思いますので、それまでに旅の準備をしておいて下さい。王城に来て頂ければ馬車もお渡し出来ます」

「姫様方も必要な品を街で用意して下さいね」


 ルイーゼの言葉に、ぱぁっと明るくなる二人。

 どうやら街での買い物をする事は憧れだったようだ。



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