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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"報告"

 

「……ルイーゼ、大丈夫ですか?」

「……だい、じょうぶ、じゃないです」


 声を震わせながら、尚も滝のように涙を流すルイーゼに、思わずロードグランツ、シルヴィアの二人が半目で見つめ、ネヴィアとロット、ヴァン、イリスの四名は苦笑いをしながらルイーゼを見ていた。エリーザベトは慣れた様子のようで、表情を変える事無くルイーゼを見ているようだ。


 あまりにも涙が止まらないようで、いつものルイーゼに戻るにはしばらく時間がかかると判断したエリーザベトはそのまま放って置く事にして、イリスへと話を戻していった。


「それで、大切なお話とは何ですか、イリス」

「はい。お話しなければならない事が沢山あります」


 それでは座りながらゆっくりと聞きましょうと、エリーザベトは執務室にあるソファーに座らせていき、外に出ていたメイドにお茶とお茶請けを持ってくるようにお願いをしていった。

 快く聞き入れたメイドだったが、ルイーゼの様子にちらりと一瞥し、複雑な顔をしながら退出していった。暫くするとメイドが戻り、お茶を淹れ、お菓子を用意すると、また退室していった。


 一口お茶を飲んで喉を潤したイリスは、ティーカップをソーサーに置き、改めてエリーザベトに向き直りながら言葉にしていく。

 イリスが石碑で何を知ったのか、その全てを初めから丁寧に説明していった。


 その内容は、ルイーゼの涙を止まらせるには十分なものであり、ロードグランツだけではなく、あのエリーザベトですらをも驚愕の表情にさせてしまっていた。

 フィルベルグ建国の母が今も尚、古城や古代遺跡と呼ばれた場所に存在し、適格者と呼ばれる者を待ち続けているという事実。失われた王国であるエデルベルグ王国の存在と、レティシアが本当であれば王妃になっていたであろう事も。


 そしてある日突然現れた眷族の存在と、現在ではそう言われているものが彼女の時代では"魔獣"と呼ばれた存在であり、嘗てのアルリオンや一年半前にフィルベルグを襲った存在と同じと思われるものを、三匹も同時にレティシアが退治していたという衝撃的な事も。

 眷族と呼ばれた存在が放った一撃でエデルベルグ王国の街が一瞬で更地に変わったという話も。その際に眷属による攻撃に影響されたと思われる、高濃度のマナが齎した大地の汚染についての報告もしていく。尤もこれはまだ確かな事が分かっていないので、知り得た情報のみではありますがとイリスは付け足しながら話した。


 更にはアルリオン建国に立ち会った数年後に、フィルベルグが国として認知されるようになった事も話をしていく。石碑に存在しているレティシアは、彼女曰く半身のような存在であり、レティシア本人はそのままフィルベルグに戻り、暮らしていったと思われる事もイリスは伝えていった。

そのひとつひとつが驚愕するには十分な意味を含んでいた。


 イリスは続けて自身が適格者と呼ばれた存在であると話し、レティシアに託して貰った知識についてと、現在世界に広まっている言の葉(ワード)や魔法書の役割についての話も、しっかりと説明していった。


 あまりの内容に、ロードグランツは口を開きながら呆けてしまっていた。

 一息付くようにお茶を口に運んだイリスは、続けてイリスが持つ力についての説明も受けた事を話していく。その内容は、先程エリーザベトが話したものとほぼ変わらないものであり、その事についても彼女は驚きを隠せない。

 アルリオン建国から推察すると、フィルベルグの歴史は凡そ八百年にも渡る。

その中で、建国の母が広めようとしていた言葉がほぼそのまま生きていた事に、信じられない気持ちで一杯になってしまっていたエリーザベトだった。


 続いてイリスはレティシアの事についてと、フィルベルグ王族が名乗っているミドルネームの事も伝えていった。男性のみに使われるフェルに纏わる話をするとエリーザベトは、とても切なそうな表情を見せた。


 想いを遂げる事無く、まるで世界から拒絶されるように引き離されてしまった二人は、それぞれ別々の道を歩んでいく。一人は未来を信じ、成すべき事を成す為に歩き続け、一人は決して会えない場所で立ち止まってしまった。

 大切な人を失ったレティシアは、それでも歩き続けなければならなかった。成すべき事を成す為に。そのひとつが適格者と呼ばれた存在を導く事だとイリスは思っていた。


「とても大切な事が、この先にあるんだと私は思います。世界にある石碑を探す為に、私達は旅に出ます。レティシア様はアルリオンを目指すといいかもしれませんと仰って下さいました」

「確かにアルリオンの教会に石碑が安置されている筈です。一般公開もされているので、探し出すこともなく見つける事が出来るでしょう」


 エリーザベトはあくまで人から聞いただけの情報だが、確かなものだとイリスに伝えていく。その言葉にイリス達は表情を明るくしていった。もしアルリオンに存在しないとなると、どこかに移動されたという事になる。そうなれば最悪の場合、ひたすら聞き込みをしなければならなかった所だ。

 石碑の所在が分かり、ホッとするイリスだった。


 そしてイリスはエデルベルグ王国が遺した書籍の話をしていく。

 その話をすると、ロードグランツが呟くように言葉にしていった。


「……どうりで読めない筈だ。暗号では解読出来るかも分からない。歴代の王族が読み解けなかったのも頷ける」


 そういえばとイリスは思い出すように言葉にしていく。何故エデルベルグ城に本を遺したまま、放置される様になっていたのかという事と、十五年ほど前に調査隊を派遣し、書籍をフィルベルグ王室図書館へと持ち運んだのかを母に聞いてみた。

 その問いにエリーザベトが答えてくれた。


「今まで幾度となく書籍の状態による調査や、内容の解読が行われてきましたが、誰にも読む事が出来ず、また状態もしっかりと保たれていました。

 歴代のフィルベルグ王族はその場から動かす事で、書籍の状態が悪くなる可能性を考慮した上での対応をしていたようですが、私の代で本の劣化が若干ですが見られたとの報告が上がったです。

 このまま放置するなど出来なかった為、急遽調査隊を派遣し、王室図書館へと持ち運びました。即時保存魔法をかけ直して状態を保つ事は出来ましたが、あまりにも蔵書数が多かった為、複製専門の魔術師(キャスター)が悲鳴を上げていました」


 当然その件が片付いた後にたっぷりと恩賞を与えたそうで、書籍を複製していた魔術師(キャスター)達から違う悲鳴が上がったのだそうだ。あの時の様子は今でも鮮明に覚えてますねと、どこか楽しそうにイリスへと話していったエリーザベトだった。


 そしてイリスは、その暗号を解読出来るかもしれない本があると話していった。その言葉に再び驚くエリーザベトだった。彼女もまた解読を試みて断念した一人でもある。尤も、解読に時間をかける事が出来なかった、という理由の方が大きいのだが。読むのに数年を費やしても読めないかもしれないものに時間を割ける事が出来るほど、女王という立場は自由ではないとエリーザベトは言葉にしていく。


「まだ可能性の話ではありますが、解読本だと思われます」


 イリスは白紙の本とレティシアが施した力、そしてイリス自身が解読出来る事を告げていく。以前イリス達が報告した際に提出した白紙本は、何かしらの意図があると思っていたが、まさか暗号解読用の翻訳本だとは思ってもみなかったようだ。


 エリーザベトはルイーゼに視線を移すと、それを察した彼女は部屋の外に待機しているメイドに、白紙の本を持って来て欲しいと伝えていった。目的の本が届くまでの間に、イリスはレティシアが魔法書を書いた時の偽名についても話していく。


「…………まさか、あの……」

「はい。レティシア様は、『おさる』の原作者でもあります」


 流石に衝撃が大きかったようで、お茶を飲んでいくエリーザベトだったが、直ぐに冷静さを取り戻し、魔法書の持つ意味を理解した。


「……なるほど。あの本にはそういった意味合いがあったのですね」


 自ら答えを導き出したエリーザベトに、イリスは続けてAlice(アリス)の話もしていった。

 これには流石に眼を丸くして驚いてしまうエリーザベトだった。彼女も小さな頃からこの話を聞いて育っている。いつかは私も、そう思っていた時期もあったそうだ。そして運命的な出会いをロードグランツとする事になった。尤も、助けられた者は本と逆だったが。

 それがまさかレティシア自身の話であり実話だったとは、流石のエリーザベトにも想いも寄らない事だったようだ。


 思えばこの話は、レティシアとフェルディナンの話だ。

 この物語が世界中に溢れていること自体が、エデルベルグ王国の存在がとても近くにあった、と言えるのかもしれない。

 ひとつ残念なことは、彼女達の望んだ未来は来る事がなく、二人は幸せに暮らしたという希望にも似た終わり方をしてしまっているが。

 もしかしたらAlice(アリス)という物語は、来世では幸せな人生をとレティシアが望みながら書き記していったものなのかもしれない。


 レティシアの著者名(ペンネーム)について、そのアナグラムを興味深げにエリーザベトが聞いていた頃、白紙の本を持って来る様にお願いしていたメイドが戻って来たようだ。

 ご苦労様とエリーザベトは笑顔でメイドに告げ、メイドはお辞儀をした後、再び執務室から退室していった。


 イリスの前に置かれた一冊の本。

 この本は嘗てイリス達が、エデルベルグ城のフェルディナンの寝室にある隠し部屋の宝箱から見つけた書物だ。しっかりと宝箱にも施錠がされていて、とても大切そうに仕舞われたように思えた本だった。


 その本を見つめていたエリーザベトはイリスへと向き直り、言葉にしていった。


「それではイリス、試してみて下さい」

「はい」


 エリーザベトを見ながらしっかりと頷いたイリスは、本に視線を持っていきながら力を込めていく。彼女の周りに黄蘗(きはだ)色のとても温かな光が、辺りを包み込んでいった。



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