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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"不思議な力"

 

「ありがとうございます、イリスさん。そう言って貰えるだけで、本当に嬉しく思います」


 目を細めながら笑顔で答えるレティシアは、想いの力と言の葉(ワード)について話を始めていく。


「想いの力はとても強大なものとなります。肉体的にも、精神的にも、未熟なまま使えば取り返しの付かない事になるほどに強力なものです」


 そう言ってレティシアは具体的な例をあげてイリスに伝えていった。

 あくまでも仮説ではありますがと前もって伝えた上で、レティシアは説明していったが、その内容はとても凄惨と言えるようなものだった。

 所謂"想いの力"とは、想像次第で激変する力でもあるらしい。そして精神的に未熟な状態でそれを使った場合、限度を知らずに己の持つ限界能力以上を引き出して使ってしまう可能性が高いのだという。


 その影響を受けた多くの者は、身体的に何か影響が出ると思われている。例えば右手や右足が動かなくなるという症状だったり、片目、もしくは両目の視力が失われるといった恐ろしい症状が出たらしい。最悪の場合はたった一度、力を行使するだけで命を失ったと思われる症例も見付かったという。

 現場に居合わせた者から話を聞いた限りでは、止むを得ない状況下で無意識のうちに力を使い、その影響を受けてしまったとレティシア達は推測したそうだ。

 レティシアの生きた時代で確認されたのは数件ではあるが、そういった言葉にするのも(はばか)られる症状が見られたと、彼女はとても悲しそうな表情で語った。

 様々検証するほどの実例がない為、あくまで推察の域を出ないらしいが、それでも身体的な影響が目立っていたと彼女は語る。


 そのまま使い続ければ命に関わることがとても多く、少ない状況から考えると、恐らくは精神が未熟という事が一番の理由だと思われたと彼女は説明していった。年齢もある程度は違っているが、その全てが十五歳以下という年齢だった。

 レティシアの推察によると、十五歳以上であっても精神が未熟なままだと、そうなる危険性が非常に高いと予想していた。


 まさかそこまで酷い事になるとは思っていなかったイリスは、一気に血の気が引いていった。恐らくエリーザベトも、その事を知っていたに違いないだろう。

 それを承知で、初めて会ったあの時に『どうかその力を無理なく育てていって下さい』と伝えていた。その前から大凡察した上で、それでもイリスを信じて見守ってくれていたことを、イリスは初めて理解出来た。

 そして国王であるロードグランツも、それを知った上でイリスを信じ、見守ってくれていた。ロードグランツのイリスを見る眼差しはとても優しく、とても温かく思えるほどのものだった。国王もまた、エリーザベトと同じようにイリスの事を見守ってくれていた。


「……私は、本当に沢山の人に守られているのですね」


 思わず零れてしまった言葉にレティシアは微笑みながら、それは確かに貴女の為ではあるが、少し違うと思いますよと話し始めていった。


「イリスさんを守りたいという想いも本当だと思います。ですが、恐らくはそれとは違う何かをイリスさんに感じているのでしょう」

「それとは違う何か、ですか?」


 イリスは考えもしないような事であったが、レティシアはイリスを会って、同じようにそれを感じていた。イリスが持つ不思議な魅力の事を。


「イリスさんはとても不思議な魅力をお持ちなのです。言葉で表現する事はとても難しいのですが、貴女の傍に居たくなる様な感覚でしょうか」

「傍に居たくなる様な感覚、ですか?」


 更に良く分からない表現に疑問が湧いてしまうイリスだったが、そんな彼女に言葉を続けるレティシアは、自身の考えをイリスに伝えていった。


「そうですね。言うなればそれは、波長のようなものでしょうか。不思議と引き付ける、天性の何かを感じます。それは具体的に言う事は難しいのですが、ただ傍に居られるだけで幸せに感じる、人徳のようなものでしょうか。例えるのなら、イリスさんの為にもなる事が、自分の為にもなる事と思えるような感じでしょうかね」


 とても不思議な魅力をお持ちですねと笑顔で言われたイリスだった。

 そしてレティシアは、話を"想いの力"に戻していった。


「イリスさんは既に、その力を十全に扱えるようになっています。自身の限界以上の力を出さなければ問題ないでしょう」


 そして言の葉(ワード)の説明に入っていくレティシア。

 それは先程説明していった制限のある言の葉(ワード)の事ではなかった。

 言の葉(ワード)の制約とも思える制限は、レティシアと同じ"想いの力"を持つ仲間達が行ったそうだ。これに関して彼女は実行していないらしく、別のやるべき事の為に奮闘しようとしていた。

 これは本来の言の葉(ワード)であり、制限なく扱える力になると言う。所謂レティシアが生きた時代に一般的に、普及していたものだと彼女は言った。


 イリスがこの世界に来てすぐ、魔法について自身が得て来たものをレティシアに話した内容の中のひとつに、それが含まれている。その事に気が付いたイリスは言葉を返していった。


「魔力が例え枯渇したと思われても意識障害で済む理由、ですね」

「そうです。それも言の葉(ワード)の制限のひとつです」


 そう言って手を胸の高さまで持ってきたレティシアは、包み込むようにしていた手のひらの中に黄蘗(きはだ)色の光を作り出した。

 直径十五センルほどの大きな光を、両手で(すく)うようにして見つめていたレティシアはイリスに説明をしていった。


「これは"想いの力"と、私がいた時代の言の葉(ワード)について記したものです。そして、私自身が長年の研究から導き出した魔法の全てもここに含ませてあります。この光は、例えるのなら知識の集合体、といった所でしょうか。知識の内容は光に触れた時点で身体へと吸収され、力の使い方やその応用、どんな事が出来るかなど、多数の情報が含まれています。そして、先程の魔力が枯渇した状態についての説明も入っています」


 大きな光を優しく見つめるレティシアは、静かにイリスへと話し始める。


「この知識をどう使うかは貴女次第です。使わずにいるのもひとつの選択肢でしょう。石碑の事は忘れて暮らすのも貴女の自由です。この知識を受け取らないというのもありだと思います。

 ですが、もし世界にある石碑を探すつもりでしたら、どうかこの力を受け取って欲しいと思います。本当に勝手な事を言いますが、それについての詳細もここで言う事は出来ません」


 そしてイリスを見つめ直し、しっかりとした口調でイリスに告げていった。


「それでも、これを受け取って下さるのなら、きっと貴女のお役に立つ事が出来ると思います」


 真剣な面持ちで語るレティシアを見据えて、イリスはその知識について考える。

 その知識を得る事は、きっとイリスにとって必要なものだと思えた。


 恐らくこの力は、使い方を誤れば自身だけでなく、大切な人をも巻き込ませてしまうほどの大きなものだろう。ならば、その力を自身で学んでいくのではなく、しっかりとした知識としてレティシアに授けて貰う事がイリスには最善に思えた。


 これだけの強大な力を確実に学ばなければならないと考えたイリスは、レティシアを見据えてしっかりと言葉にしていった。


「ありがとうございます。きっとその知識は私にとって、とても重要なものだと思えました」


 そう言ったイリスは言葉を続けていく。


「レティシア様。どうかその知識を、私に授けて頂けませんか?」

「勿論です。どうぞお受け取り下さい。この知識が貴女の助けのひとつとなりますように……」


 イリスの答えにとても嬉しそうに微笑んだレティシアは、穏やかな口調で返していった。


 レティシアは掌に抱きしめていた光を、イリスに向けて静かに動かしていく。

 イリスがテーブルの上で光を両手で掬い取るように手を添えると、光はゆっくりとイリスの身体に吸い込まれていき、彼女の身体から黄蘗色の光が包んでいった。


 温かくて優しい光に包まれ、イリスは思わず瞳を閉じて、その陽だまりのような知識を感じていく。レティシアの言ったように、これには様々な使い方や応用を含む、彼女が生きた時代に使われていた言の葉(ワード)の知識が含まれていた。イリスの時代に使われているような制限がかけられたものではない、本当の言の葉(ワード)。これは――。


「――真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース


 瞳をゆっくりと開けたイリスから出た言葉は、呟くような小さな声だったが、はっきりとした言葉として口から発せられた。


「それが、二十年という歳月の中で私が編み出した言の葉(ことのは)。持ち得る知識と技術を注ぎ込んだ、最高の言の葉(ワード)です。

 私が生きた時代で言の葉(ワード)と言われたその技術は、魔法書が浸透した世界では違った意味を含んでいるはず。イリスさんがいる時代で本来の言の葉(ワード)を手にした今、その言葉が最も正しい表現かと思われます。当時、この技術を手にした者は、私が全幅の信頼を置ける親友達だけです」


 優しい笑顔で語っていたレティシアは真剣な表情になりながら、イリスに説明していった。


「この力は、正確には私の時代に使われていた言の葉(ワード)とは、全く別のものだと理解して頂けたと思います。使い方も、この力も、そしてその応用力も。本来の言の葉(ワード)に"想いの力"を合わせ、更に強大にしたものになっています。

 その使い方や言葉を、例え同じ"想いの力"を持つ者に知られて使おうとしても、その者がこの力を使う事は出来ません。悪用される事は絶対にありませんので、必要に応じて力をお使い下さい。

 この力は私の時代にいる魔術師や、兵士達が使っていた言の葉(ワード)ではなく、そして"想いの力"でもありません。"想いの力"と言の葉(ワード)を私自身が独自に高めて更なる力に昇華したもの、その知識の全てになります。

 イリスさんが言葉にした通り、この力は別の能力となります。本当の言の葉(ワード)が失われた今、『真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース』という表現が合っているのではないでしょうか」


 それだけ強大な力をイリスに授けてくれたレティシア。

 だがイリスは、これをレティシアが授けたとは思っていなかった。


「私を信じ、"託して"下さったのですね」

「はい。真に勝手ではありますが、この石碑に来ただけでは、この力をお渡しする事は出来ませんでした。それには正しい心をしっかりと持った方だと確認出来なければ、この力は世界を滅ぼす事にも繋がりますので」


 瞳を閉じながら呟くように言葉にするイリス。


「……温かい力。優しくて、穏やかな気持ちになれて、まるで陽だまりで寝転がっているよう……。とても落ち着く事が出来る、不思議な力ですね」

「そう思えるのは、イリスさんがとても優しい心を持っているからなのですよ」


 そうレティシアは微笑みながら答えていった。



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