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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"失われし王国"


 尚もぽかんとし続けるイリスに、優しく言葉をかけていくレティシア。


「ふふっ。言いたい気持ちは分かりますが、言葉通りという意味ではありませんよ。もうイリスさんにはご理解して頂けると思います。あの『おさる本』の意味も」


 そうレティシアに言われ、はっと気が付くイリス。

 そのままの意味で捉えてはいけないと、様々な魔法書を読みながら理解して来た事だった。あの『おさる本』は魔法の入門書として書かれたもので、魔法を学ぶ人はまずあの本から読み出すのが一般的だろう。イリスもそのつもりで呼んでみたが、あの時の衝撃は凄まじいものがあった。それこそ意識が遠退くような強烈なものだった。それはつまり――。


「――あの本で、まず(ふるい)にかけていた、という事ですか?」


 イリスの答えにニッコリと微笑みながらレティシアは答えていく。


「はい。そうです。あの本はそういった役割を持ちます。イリスさんの周りにも、あの本を読んで魔法を諦めた方がいらしたのではないでしょうか?」


 レティシアの言葉に気が付くイリス。確かに姉も兄も、あの『おさる本』を読んで挫折したと言っていた。魔法に才能がないのかもしれないとまで思うほどに。

 そもそもあの本を読んだだけで、魔法の才能の良し悪しなんて分かる訳がない。

それをあの本一冊を読んだだけでそう察した。いや、それはつまり察したのではなく、魔法の入門編であるはずの本から既に、魔法に深く触れないようにと誘導していた、という意味になる。

 ならば先程レティシアの言った意味も理解出来たイリスは、言葉にしていった。


「……つまりあの本は『会心の出来』という事になる訳ですね」

「はい。その通りです。本当に聡明な方ですね、イリスさんは」


 ちなみにですが、とレティシアは言葉を続けていった。


「アティリータはアナグラムです」

「アナグラム、ですか?」


 聞き覚えのないイリスに説明していくレティシア。

 八百年も経った世界なのだから、知らない言葉は沢山あるだろうと思っていた。


「アナグラムとは、意味のある文字のつづりを組み変えて、別の意味に変えていく暗号のようなものです。これを使って私の著者としての名前を決めました。

 Laetitia(レティシア)のつづりを組み変えて、atieLita(こうすると)……」


 ティーテーブルと同じ様に紙とペンを取り出したレティシアは、文字に書いてイリスに見せていった。書かれた文字を小さく言葉にしていくイリスに、彼女は答えていく。


atieLita(アティリータ)……」

「はい。良い名前だと思います。この名であれば私だと気付かれないと思いましたし」

「確かに、私には気が付きませんでした……」


 正直なところ、名前という意味ではなく、あの誰もが慕い憧れるフィルベルグ建国の母が、あの『おさる』を書いたという事実の方が、イリスに与えた衝撃が大きいようだったが。


 流石にこれを口にする事は出来なかったイリスに、レティシアはもう一つ彼女が作り上げた作品について尋ねていく。


「『Alice(アリス)』という本も書き上げて図書館に寄贈したのですが、そちらはどうなりましたか?」

「あの本もレティシア様がお書きになったものだったのですか!?」


 思わず大きな声で聞き返してしまったイリスに、『おさるとは違う反応ですね』と思いながら苦笑いをしてしまうレティシアは、言葉を返していった。


「あの本もアティリータから名を取った著名となっています。アティリータ・アリーセを文字で書くとこうなります」


 そう言いながら紙に書いてくれた文字は『Atielita.Alice』と書かれていた。

 驚きで一杯になるイリスであったが、『Alice(アリス)』がどれ程の影響を与えているかをレティシアに伝えていった。


「世界中の人々に愛された、最も有名な恋物語となっていますよ。特に若い女性には絶大な人気を誇っています。女性なら誰もが憧れ、恋焦がれ、いつかは私も素敵な王子様と。そう思えるような、とても素敵なお話です。私も大好きなんですよ」


 そう言いながら胸部の鎧に手を当てて、頬をほんのりと赤く染めながら答えるイリスに、レティシアはとても優しく、そして寂しそうな瞳で見つめていた。


 そんな表情を見せたレティシアに、ぽつりと名前を呼んでしまうイリス。その言葉に気が付いたように微笑み返すレティシアは、会った頃の姿を見せていた。


「そうですね。次はこの国と私のお話に戻りましょうか」


 息を付きながらお茶を一口飲んで喉を潤わせたレティシアは、とても真剣な表情でイリスに告げていった。その顔に笑顔は見られず、イリスも身を引き締めるように彼女と向き合っていく。


「私は先程『レティシア・フェア・フェルディナン』と名乗りましたが、本来はただのレティシアです。元々私にはミドルネームも、ラストネームもありませんでした。

 眷属との戦いによって、私を愛してくれた彼は帰らぬ人となり、彼との間に残された子が、私の興したフィルベルグを守り続けていけるようにと教育をしていきました。

 そして私は、その生涯を彼以外の男性と連れ添う事無く、晩年まで生きました」


 そしてレティシアは、続けていく。


「私が永遠の愛を誓った彼は、この国最後の王。

今はもう失われてしまったと言われているこの王国の名は『エデルベルグ王国』。

私はフェルディナン・フェア・エデルベルグの妻、レティシア・フェア・エデルベルグになります」


 レティシアは寂しそうに、そしてとても悲しそうに言葉を続けていく。


「眷属が討伐され、この世界に平和が訪れたら、私達は結婚をする予定でした。堅物とまで言われた王にも相手が見つかったことを、国民達は心からの祝福を送って下さり、眷属など出なければ、婚儀まで何ひとつ滞りなくいく筈でした」


 ですが、そうはなりませんでしたと、彼女は悲痛な面持ちで言葉を震わせながら口にしていく。それがどれほど辛いことか、同じような気持ちを味わったイリスには分かる気がした。全てを理解することなど出来ないけれど、それでもあれ程の悲しみを味わった事は伝わってきた。それが最愛の人だったという事の違いはあるが、恐らくイリスが感じたもの以上の絶望を受けてしまったのだと、イリスは思っていた。

 でも、悲しむ暇など無かったのだとレティシアは言う。彼女には残された者達と、託された想いがあった。あの場にいた誰もがそれを感じ、悲しみを堪えて、それでも前に進もうとしていた。自分ひとりが悲しみに暮れる訳にはいかない。


 レティシアにはやるべき事があった。大切な人から託された生命(いのち)もそうだが、エデルベルグの戦えない民達も残されているからだ。

 帰るべき王がいない残された王国に新しく居を構えてはどうかと、レティシアは国民達に言われたが、それはとても出来ない状況だった。

 生き残った彼女の仲間と共に一帯を調査をしたが、エデルベルグ周辺は眷属に攻撃された際、高濃度のマナによる大地の汚染があったという。そして彼女達が予測した通り、その先十数年は草すら生えない不毛の大地と化していたそうだ。


 調査を終えたレティシア達は、このままでは住む事など出来ない場所を離れる決意し、新たな場所を探す事にした。残された亡国の民達はレティシアが女王となり、エデルベルグを再建すべきだと反対をしたが、現実的に何も育たない大地では生きる事が出来ないと民達を説得していった。

『それにエデルベルグ王国は、あの人の国だから』。とても悲しそうに言ったレティシアに反論する者はおらず、そうして人々は国を去って行き、大草原となっている場所に新しく国を作っていったのだそうだ。


「はじめは一つの大きな家だったのです。そこから少しずつ造り始め、集落が街となり、いつしか国と呼ばれるほど大きくなっていき、町並みもしっかりとした物へ造り替えていきました。そうして出来たのがフィルベルグ王国。

 あの国を愛し、あの国を忘れないという願いを込めて、Philberg(フィルベルグ)と名付けたのです。

 私は代理の女王のつもりで務めていました。いずれはフェルディナンの血を受け継ぐ娘が、フィルベルグを継ぐものだと思っていたからです。

 私は、私に出来る事をしていきました。可能な限り現存している書物を保管し、後世に残そうとしたのも、そのひとつになります」


 ミドルネームである『フェア』は、エデルベルグの王族が使っているものをそのままフィルベルグでも使っているのだが、男性のみに使われている『フェル』は、エデルベルグでは使われていなかったものだ。『フェア』で統一していたあの国と違うミドルネームとして使っているのは、どうしてもあの人の名前を遺したかったのだと彼女は言った。それを自身の我侭だと理解した上で、それでも遺しておきたかったのだと。




 正直な所、アルファベット表記に思う所はあります。

 ですが、これを異世界語と言われる様なものにすると、アナグラム自体成り立たなくなってしまいます。それをしてしまうと、この伏線だけではなく、世界全体を揺るがしかねなくなってしまうので、ここだけは流石に曲げられませんでした。

 本当に難しいです異世界(イセカイ)って……。

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