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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"魔法と呼ばれるもの"


「次は魔法のお話をしましょうか」


 レティシアは優しくイリスに微笑みかけながら、まずは復習からですねと告げて質問をしていき、それをイリスは即答で返していった。


「ではお答え下さい。『魔力』とは何ですか?」

「魔力とは、体内に巡るマナと呼ばれる力の源を集め、それを外に具現化し、放出する為に必要になるものです」

「では『マナ』とは?」

「マナとは身体を巡る力の流れの事。体力や活力という表現を、身体を動かす為の力とするのならば、魔法を発現させる為に必要になるマナとは、精神力と言い換えられます。これは誰もが持ち、誰もが扱えるものとして、それぞれの体内に存在しています」


 レティシアを真っ直ぐと見据えながら、イリスは言葉を途切れさせることもなく、続く彼女の質問にもはっきりと答えていった。


「『魔力減衰』とは?」

「体内を巡るマナが急激に失われた状態の事。マナを精神力と呼ぶのであれば、それは精神が衰弱した状態を指します。魔力減衰によって引き起こされる眩暈とは、その影響を受けて現れた現象の事です」

「では『言の葉(ワード)』とは?」

言の葉(ワード)とは、魔法を発動させる際に威力を込める事が出来る言葉の事。魔法を使うのなら必須とされ、言の葉(ワード)の数を増やす事で威力を上げる事が出来ます。

 ただし、使おうとする言の葉(ワード)の"質"によって、効果や消費するマナが変わっていき、言の葉(ワード)の数が増えたり、強力な言葉を選んだりすると消費マナも激変します。

 これが魔法書に記され、"一般的な常識"として広まっている知識です」


 レティシアは首を傾げたような仕草をしてイリスに問い返す。何故そう思うのかと。そもそも魔法書を読んで学んだのならば、それが全てと思うのが普通である。恐らくイリスのいる時代では、魔法を教える場所などない筈だとレティシアは確信している。


 魔法を使うには魔法書が絶対的に必要になるはず。

 ならばイリスは何を言っているのかと、レティシアは聞き返してしまった。


「……一般的に広まった知識とは、どのような意味でしょうか?」

言の葉(ワード)を使わずとも、魔法の発現が出来るからです。それもより高威力で、より効率的な魔法が」

「つまり言の葉(ワード)とは、どのようなものだとお考えですか?」


 笑顔に戻したレティシアはイリスに尋ねていく。

 既に彼女がその考えに至っている事を理解した上で。


「つまり言の葉(ワード)とは、魔法を発動させる為には必要のないものです」


 はっきりと告げていくイリスは、そこで言葉を終わらせる事無く話を続けていった。


言の葉(ワード)を使わなければ、魔法を効率良く高威力、それもマナの消費をとても抑えた魔法が使える様になります。当然ここに至るまでには相応の修練が必要になりますが、恐らくは誰でもこの仕組みを理解すれば、努力次第で到達出来るものだと私は思います。

 では何故、言の葉(ワード)などと呼ばれるものが存在し、それが一般的な知識として認識されるようになったのか」


 イリスは言葉を続けていく。


 本来魔法とは、誰もが使えるものであり、言の葉(ワード)を使わない魔法も誰でも修練次第で扱えるようになるものだとイリスは考えている。充填法(チャージ)と呼ばれたフィルベルグ王家が秘匿し続けている魔力の使い方も、恐らくはその一つだと思われた。


 魔力を何かに纏わせて使う技術。

 言葉にすれば単純なものではあるし、努力をすれば誰でも扱う事が出来る。


 ならば何故、この方法を王族が秘匿とし、その存在が世に出回っていないのか。

 理由は明白だろう。威力が強過ぎるからだ。絶大と言えるほどの強大な魔力の使い方。こんなものが世に出回れば、大変な事になってしまう可能性が出てくる。使い方次第で、世界を滅ぼしかねない事態にもなるかもしれない。そう思えるほどの強さを出している。

 それはイリスが使った強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブーストや、強化型魔法盾チャージ・マナシールド、ギルドの訓練場の時には見せていないが、剣に魔法を纏わせる強化型魔法剣チャージ・マナブレードもその一つだ。

 こんなものを使う時など、とても限定される使い方だとイリスは思っている。


 だが、先程のレティシアの話を聞いて、イリスはその大凡を理解出来た。

 その力は使い方次第で、途轍もない悲しみを生み出す事も、この力を魔物に向けない存在がいるという事も、理解する事が出来た。


 イリスの覚悟にも似たその表情を見つめていたレティシアは、イリスに魔法と呼ばれるものについて尋ねていく。


「お聞きします。『魔法』とは、何ですか?」

「魔法とは四大属性と呼ばれる、火・水・風・土の力を操る事が出来る技術です。人それぞれに適した属性があり、また使えない人もいます。使い方も様々な方法があり、人によって向き不向きがあるとされていますが、これも一般論として広まっている魔法書からの知識です」


 そしてイリスは続けていく。

 魔法と呼ばれるものの存在について。


「魔法とはつまり、想像する力。想像とはイメージです。その強さ次第で威力も形も変えていくもの。それが魔法だと私は思います。言うなれば、先程レティシア様が仰った"想いの力"に似ているものなのかもしれません」


 火属性魔法は火力は凄まじく、人が攻撃出来る範疇を軽く越えてしまうほど強いと言われる事も、イリスが魔法盾の練習をしていた時に、ロットから借りた盾をこんこんと叩いたり撫でたりするだけで魔法が強くなったのも、レスティや恐らくクレアが使っている無詠唱の鑑定魔法の存在も。全てがそのイメージで強く具現化したものだからだ。


 レスティは以前イリスにこう言っていた。『薬やハーブの鑑定しか上手に出来ない』と。一口に鑑定魔法と言っても、言の葉(ワード)の詠唱をしていないのに発動したという事は、つまり充填法(チャージ)に近い能力を自然と使っていたという事なのだろう。それ故に、鑑定魔法使用時の消費マナ量が少なくなっている。効率の良い魔法の使い方だからだ。

 だがそれに至るまでには、恐らく相当の知識が必要となると推測出来る。レスティには薬学と調合学が、クレアには素材鑑定を一任される信頼をギルドから得るほどの素材に対する知識があるのだろう。イリスの推察が正しければ、それは充填法(チャージ)に近い魔法を無意識に使っている可能性があると以前から思っていた。

 思えばその頃くらいからだろうか。魔法書を読んでも辛くならなくなったのは。


 そして言の葉(ワード)という曖昧なものについての持論を、イリスはレティシアに述べていった。


「そもそも言の葉(ワード)とは何なのでしょうか。威力や質もその言葉次第で変えていく。ここに人は疑問を持つ筈です。『一体それをどうやって認識しているのか』と。

 そんな事、普通の人には出来ないでしょう。もし神様がお決めになっているのであれば、書籍に記述があってもいい筈。『魔法とは神様に与えられた恩寵(おんちょう)である』と。

 何故そんな事になっているのか私にはまだ分かりませんが、一つ確かな事は、魔法書によって、そう仕向けられている感じを私は受けました」


 レティシアはその言葉に驚き、目を丸くしながらイリスに聞き返していく。何故、そう思ったのかと。イリスは言葉を途切れさせる事なく話していった。


「フィルベルグ図書館にある魔法書を全て読みました。その内容は、ほぼ無いと言って良いほどのものでしたが、去年の夏に入った頃、魔法書を読んでも頭痛や不快な気持ちがしなくなったんです。それも面白いように一切無くなりました。そこで私は、ある一つの考えが生まれました。そしてある疑問を持つようになりました。

 それは本来、魔法を教える為にある筈の魔法書の存在についてです。そして先程のレティシア様のお話を伺って確信を得ました。魔法書が持つ、本当の意味を。本を捲るだけで疲れるあの本は、わざと頭痛や身体の不調を与えていたという事も」


 瞳を閉じ続けながらイリスの言葉を聞いていたレティシアに、話を続けていく。


「魔法書とは、魔法を学ばせる為に存在しているのではなく、ある一定以上の力を持たせず、その力を制限させる為に存在している書物だと」


 静まり返る世界に、ぽつりとレティシアが言葉にしていく。

 その声はとても嬉しそうなものに聞こえたような気がしたイリスだった。


「本当に良く魔法というものを学びましたね」

「あくまでも私が学んで来たものですし、これは推察に過ぎません。確信は得ていますが、それでも確たる証拠は見付かりませんでした。それこそ、魔法書の著者とお会いしなければ、その真意を確かめる事は出来ないでしょうね」

「あら、その方とならお会い出来ますよ?」

「……え?」


 思わぬレティシアの言葉に聞き返してしまうイリス。


「レティシア様は、魔法書の著者をご存知なのですか?」

「ええ、もちろんです。私の時代に生きた者達ですし、良く存じています。今からでも会う事が出来ますが、お会いになられてイリスさんの疑問を尋ねてみますか?」


 一瞬、何を言っているのか理解出来なかったイリスは、固まってしまっていた。

 そもそもレティシアが生きていた時代は、八百年以上前と思われる。ならばこの石碑にその著者がいるのだろうかとイリスは考えを巡らせていくが、イリスが言葉を出す前にレティシアはイリスに一つ尋ねていった。


「ひとつ、お尋ねしたいのですが、著者のお名前はまだ残っていましたか?」

「え? はい。残っています。エルヴィーラ・バルシュミーデさん、クレスツェンツ・ケルヒェンシュタイナーさんと、アティリータ・アリーセさんの三名です」


 イリスの答えに笑みが声にまで出てしまうレティシアは、続けてイリスに話を続けていく。


「ふふっ。まさか名前が八百年も後まで残っているだなんて、彼女達には思いも寄らなかったでしょうね。この事を伝えたら、さぞかし驚くでしょうに」

「レティシア様、この方達をご存知なのですか?」

「ええ。良く存じております。顔も名前も声もしっかりと。特に最後のアティリータは良く知っておりますし、会う事も可能です。お会いになられますか?」

「ほ、本当に可能であれば、お会いして魔法書の真実をお聞かせ頂きたいです」


 そうですか、わかりましたと笑顔で答えたレティシアは、イリスに向かって話し始めていった。


「それではイリスさんの疑問にお答え致しましょう。と言いますよりも、イリスさんが導き出した答えは全て真実になります。魔法書の役目も含めてです。魔法書を読んだ時に起こる身体の不調も、私の"想いの力"によるものです。イリスさんが推察している通り、あの本は魔法を発達させ過ぎない為に作り上げたものになります。

 その理由もご理解頂けていると思いますが、眷族と呼ばれるものの対応策の為です。先程申しましたように、眷属は"元人間"である以上、魔法を高めていった世界では滅びかけました。その為に私は魔法書を使い、魔法と呼ばれるものを制限する事で、眷属が発生してしまった場合に備えようとしたのです。

 これが魔法書とその本来の役割であり、私が成した事のひとつとなります」


 とても素敵な笑顔で答えるレティシアに戸惑いを隠せなかったイリスは、半分思考が止まってしまっている頭で聞き返してしまった。


「……え? ……あの、レティシア様? えっと……。これはどういった事でしょうか?」


 必死に理解しようとするイリスだったが、疑問符が頭から全く取れずに思考がぐるぐると駆け巡っていた。

 そんな彼女にレティシアは、笑顔ではっきりと答えていった。


「私がアティリータ・アリーセです。尤も、これは著者名(ペンネーム)ですが。残念ながら、エルとクレスは既に他界している筈ですので、私だけで我慢して下さいね?」


 レティシアの告白に、口から魂っぽいものが抜けかけそうになるイリスだった。

 まさかあんな回りくどく面倒臭く、おまけに最後は日記のような書き方をしていた著者が、目の前にいる美しいレティシア様だとは、どう考えても思えないイリスだった。


 それにこのお方はフィルベルグの祖とされる建国の母だ。図書館を一般無料開放し、その教えはとても尊いものであり、今も尚語り継がれるほど立派な言葉として残っている。あのエリーザベトも、彼女の言葉や理念に心動かされ、育児についても彼女の残したもので娘達を育て上げた。その想いは憧れを通り越して崇拝に近いと、彼女自身が語るほどの影響を受けたのだと本人から直接イリスは聞いている。


 それがまさか、あの――。


「…………お、おさる本の……原作者?」


 思わず言葉が漏れてしまうイリス。それはとてもとても小さなものであったが、レティシアにはしっかりと聞こえていたらしく、言葉をイリスに返していった。


「あら。『おさる』も読んで下さったのですね。あれは私の会心の出来でした。構成に二年はかかりましたね」


 どこか遠くを見つめながら、楽しかったですねと呟くレティシアと、ぽかんと口を明けながら笑顔で口からもちもちしたものが出て来てしまうイリスだった。



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