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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"師匠と弟子"


 暖かさが心地良くなって来た四月(よんつき)に入る頃、ギルドの地下訓練場にある円形の模擬戦場にて、イリスは少々緊張した面持ちでルイーゼと対峙していた。


 これより始まる訓練の総仕上げとして師匠と弟子が向かい合っており、それを見守る女王と沢山の冒険者達が模擬戦用の小さな囲いを取り囲むように集まっていた。

 その中にはロットやヴァン、そしてレナード、オーランド、ハリスがイリスを見守っていた。更にはラウルやマリウス、ブレンドンやアルフレートの姿もそこにはあった。噂に聞く"戦友の妹君"を見に来ていたようだ。イリスは全く気がついていないが、このフィルベルグ冒険者ギルドの長であるロナルドも見に来ているようだ。尤も、あの厳つい顔ではイリスが見ても、現役の冒険者にしか見えないだろうが。


 イリスは胸部を金属の鎧で身を守り、右手には細めの剣を装備し、左手には何も持たないスタイルのようだ。対するルイーゼは、重厚な白銀のミスリル製防具で胸部、腕部、脚部をしっかりと守り、訓練用の剣と盾を装備している。彼女は冒険者で言う所の盾戦士(フェンダー)にあたり、見た目は同じ構えをしているロットと違うのは、利き手に剣を持っている正統派盾戦士(フェンダー)のスタイルとなる。その実力も相応のものであり、形だけの騎士団長では決して無い。冒険者登録はしていないが、もし登録していれば確実にプラチナランクはあるだろうと言われるほどの強さを誇る。攻守共にバランスの取れた強者だ。

 現在騎士団で彼女に勝てる者など存在せず、もし負ければその者を騎士団長に上げてもいいとさえ彼女は思っていた。だが所謂強化型ブーストを使えるルイーゼやエリザに勝てる者などおらず、その座は当分の間動くことはないと思っている彼女達であった。


 訓練場全体にピリピリと張り詰めたような緊迫した空気が包み込み、彼女達を見つめる冒険者達は思わず息を飲みながら、その戦いが始まる瞬間を待っていた。


 イリスはルイーゼに向かい右手で剣を構える。右手を軽く前に出し右足を前に、左足を少々後ろにした構えだ。これは剣士(フェンサー)の基本的な型ではなく、彼女独自のものになるのであろう。身体を鍛え、作り込んでいった彼女のその姿は未だ線の細いものと言わざるを得ないが、以前の華奢なものではなくなっており、その構えには力強さと優雅さを兼ね備えた美しさを見せていた。思わず冒険者達も見蕩れてしまうほど型にはまったイリスの姿に、驚きを隠せなかった。

 これがまだ冒険者登録を正式に済ませていない子供だとは、それもたったの一年半程度でここまで成長出来るとは、この場にいる誰もが想像だに出来ないことだった。

 彼女と向かい合っているルイーゼとエリーザベトの二人を除いては。


 来なさいと静かに発したルイーゼの言葉に、行きますと落ち着いた様子で答えたイリスは、一気にルイーゼとの距離を詰めていく。その脚力は誰もが見張るほどの強さを見せているが、剣を一合しただけでその考など吹き飛んでしまった。訓練場に響き渡るその大きな音は、並みの冒険者の力を優に超えている音が鳴っていた。

 その音は、まだ仮登録をしている見習い冒険者に出せる音では既になくなっている。これはシルバーランク冒険者クラスの、それも剣士(フェンサー)の一撃に相当するものと思われた。訓練場が一気に静まり返ってしまうその一撃で満足する事などなく、イリスは続けて剣を振るっていく。それは以前この場所で、レナードに向けてオーランドが放ったような単純なものではなく、紛れもない剣術の型をした攻撃だった。唖然とするオーランドだったが、この技術に関してはずっと前からイリスは至っていた。


 ルイーゼがイリスの攻撃の隙を見つけ反撃へと移っていく。器用に剣と体裁きで華麗に交わしていくイリスへ、ルイーゼが放つ攻撃の鋭さが徐々に増していった。だが、イリスには当たらない。その姿に剣士(フェンサー)をやっているゴールドランク冒険者達は、イリスの足腰がしっかりしている事に気が付く。これは毎日走り込んでいる証拠だ。しかもあれだけの猛攻の中でも、体勢を崩す事無く次の行動に移している。

 その流れるようなイリスの動きは、芸術と思えるような美しさを見せていた。理由は明白だ。動きに無駄が殆ど無い。その若さで手に入れられる技量を遥かに超えているイリスに、本当に子供なのかと疑いたくなるほどの動きをしていた。


 これだけの技術があれば、確かに盾など必要ないだろう。寧ろ盾の重さが彼女の速度を邪魔してしまう。故に盾無しの細めの剣なのかと、冷静にイリスを分析していった。そして同時に、その年齢に比例しない技術力の高さに驚きを隠せない。この領域は既にシルバーランク程度ではない。確実にゴールドランクの強さへと至ってしまっている。

 一体どんな訓練をし続ければこれほどまでに急成長するのかと、(かつ)ての"討伐組"は思っていた。妹が"規格外"だと常日頃から戦友は言っていたと、ロットから聞いている。それでもここまで規格外だとは流石に彼らも思ってなどいなかった。

 その速度や体捌き、攻撃の鋭さに、彼女の姉である戦友の姿が重なる。


 そんな彼らの気持ちを蹴っ飛ばすように、ルイーゼは愛弟子に向かって言葉を発していった。そしてその言葉に、当人達と一名を除いたこの場にいる誰もが驚愕し、続くイリスの言動に凍り付く事になる。それはロットやヴァンであっても例外ではなかった。


「そろそろ身体も温まった頃でしょう? もう少し力を入れて来なさい」

「はい! 行きます!」

 

 イリスは目に力を込めて鋭くしながら、身体能力強化魔法(フィジカルブースト)を発動していく。

 行きますとイリスは目で合図をし、それに目で応えるルイーゼ。


 足に力を込め、瞬時にルイーゼの目前にまで迫るイリス。

 先程距離を詰めた速度を遥かに超えるものとなり観戦している者達を驚愕させるが、その間にイリスは攻撃へと移していた。凄まじい速度から繰り出される振り下ろし攻撃に、ルイーゼは涼しい顔をしながら剣で受け止めていく。剣戟が重なると凄まじい音が辺りへ響き渡っていった。思わず見ていた冒険者達は目を見開いてしまうが、イリスは攻撃を受けられた瞬間にルイーゼの背後へと回っていた。

 イリスは持っていた剣を両手に持ち替え、強烈な振り下ろしを繰り出していく。身体を少し捩りながら盾で受け止めたルイーゼ。まるで大槌を叩き付けたかのような重い音が周囲にビリビリと衝撃と共に響き渡る。ルイーゼは素早く体勢を立て直し、盾でイリスを跳ね返していく。全体重を乗せた攻撃を跳ね返され、イリスは後方へ飛ばされていく。だが空中で一回転して、着地と同時にルイーゼへと追撃していった。


 あまりの速度で繰り出される攻撃の応酬に、唖然とする冒険者達。

 既に彼らの強さを軽々と超えてしまっているイリスに言葉すら出なかった。

 そしてここにいる者達の中で、今のイリス達の動きを冷静に分析出来たのは、エリーザベトと嘗ての"討伐組"、そしてギルドマスターのロナルドだけだった。


 体重を乗せた剣撃を返されたイリスちゃんは、ルイーゼさんが盾で繰り出した凄まじい力の流れを読み取り、それを受け流した。直撃すれば一撃で勝負が着いていた程の攻撃を。それも後方へと流れる力を自身ごと(わざ)と後ろに飛んで途轍もない威力を消した。

 こんなこと俺には絶対に出来ない。身体の軽いイリスちゃんだからこそ出来る技術だ。もし俺が同じ事をしようとすれば確実に失敗してしまう。力の流れを読み取る感覚が抜群に優れているんだ。あれは考えて行動出来るようなものじゃない。

 ……見てるかい? 俺達の妹は、俺達よりもずっと高みに登ろうとしているよ。

 ロットは(そら)にいる、今はもう逢えなくなってしまった大切な戦友で友人へ、誇らしげに語りかけていた。


 そしてロナルドは思う。

 あの一瞬の間に反応し、行動に移した。これは考えて出来る事ではない。考えている間に吹き飛ばされていただろう。その強大な力の流れを逆らわずに身体ごと受け流し、盾によるダメージを無効化するだけではなく、更には攻撃にまで転ずるとは。

 ……何と恐ろしい才能なのだろうか。とても十五歳手前の少女が手にする力量を遥かに凌駕してている。


 それはルイーゼやエリーザベトが推察した通りとなった。

 持つ者と持たざる者の差。それが明確に現れていた。

 恐らくここにいる冒険者の中でも、これ程の強さを手に入れる事はとても難しいと言えるだろう。それほどの技術を、僅か十五歳にも満たない少女が手に入れてしまった。


 一旦距離を取るルイーゼ。()しくもその位置は、イリスが最初に立っていた位置であり、またイリスがいる場所はルイーゼがいた場所となった。

 二人から目を離せなくなった一同は固唾を呑むも、その緊張感をぶち壊す言葉をルイーゼが放ってしまった。


「それでは"卒業試験"を始めましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」


 その言葉にロットとヴァンを含む一同が耳を疑ってしまった。

 騎士団長殿は何を言っているのかと。そしてイリスは何を了承したのかと。


 彼らは知らない。最初の遣り取りが、ただの挨拶であった事を。

 彼らは知らない。今まで戦っていたのが、ただの準備運動であった事を。


 そして彼らはそれを刮目する事となる。彼女達がこれから行う卒業試験という名の凄まじい世界を。イリスが至ってしまった力を目撃することになる。


「風よ、纏え――」


 小さく呟くイリスの身体に優しい白緑の風に包まれていき、美しく短い髪がふわりと静かに動いていった。



 *  *   



 卒業試験も無事に終わり、鎧と剣をあった場所に戻し、本当にありがとうございましたとお礼を言いながら深々とお辞儀をするイリスに、ルイーゼとエリザはとても満足そうな表情をして返していった。イリスの成長は既にルイーゼはおろかエリーザベトを(もっ)てしても、想像だに出来ないほどの高みにまで登り詰めていった。

 これで何処に行っても恥じない活躍が期待出来そうですねとのエリーザベトの言葉に、満面の笑みでありがとうございますと答えていくイリス。目を細めながらもその頬はほんのりと赤みを帯びており、前へ前へとひたすらに進み続けてきたイリスでさえも満足がいく形にまで成長出来たと実感したようだ。


 試験合格のお祝いに、レスティさんを交えてお食事をご一緒しましょうとのエリーザベトの言葉に甘え、うきうきと訓練場を後にするイリスと、愛弟子の成長に思わず涙ぐむルイーゼと誇らしげな表情で見つめるエリーザベトの三人は、楽しく会話を弾ませながら訓練場を後にしていった。

 後に残された冒険者達が氷漬けから解放されたのは、もう暫く後の事である。



 そして卒業試験から数日が経った麗らかな春の日、イリスは十五歳となった。



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