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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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人は万能ではない、"だからこそ"

 

 無事にルイーゼへお願いを聞き入れて貰う事が出来たイリスは、早足で"森の泉"へと戻っていった。快く了承して貰えたのが嬉しくて、ついのんびりと庭を歩いて来てしまったため、途中で昼の鐘が鳴ってしまい、焦りながら下の庭を早足で駆けていった。

 流石に直ぐお客さんが来る事はないし、それをレスティは咎める事はしないが、それでも真面目なイリスにとっては急いで戻るだけの理由となっていた。


 特に問題もなく店へと戻る事が出来たイリスは、そのままレスティと交代して店番へと戻っていき、仕事が終わると薬の調合の手伝いを始める。いつもの日常が戻って来ていたが、イリスはこの後レスティに大切な話があった。まずは目の前の調合に集中しながらも、話す内容をイリスはしっかりと考えていった。


 晩御飯を食べ終え、まったりとしたお茶の時間となった所で、イリスはレスティに話を切り出していった。


 まず話したのはイリスの今後のことだ。

 仕事はそのままだが、早朝に訓練をすることと、客足が遠退いた昼の時間にお暇を貰い、図書館で勉強する事をお願いする。笑顔で快く了承してくれたレスティだったが、内心は少々不安を感じていた。頑張り過ぎではないかと。

 だがその訓練には、ルイーゼの指導の下に行われると聞いて安心出来たようだ。彼女であれば問題なく、そして無理なくイリスを鍛えてくれると信じられる。寧ろ彼女以上に適任者はいないと断言出来るほどの信頼性のある方で、ほっとすることが出来たレスティだった。


 続いてイリスは、図書館から戻って来た後の話をしていった。


 レスティとしてはお店番は午前だけにして、後はイリスの自由にして貰うつもりだったのだが、どうやら彼女の考えではそれは選択肢に無かったようだ。基本的に店番を続けつつ身体を鍛えたいという事なので、お店に関してはしっかりと続けていきたいのだそうだ。

 そして今後の調合も続けていきたいのだと言う。これには流石にレスティも驚きを隠せない。冒険者になるのであれば、必要になってくるものの準備(・・)を始めて行かねばならない。イリスは十五歳になったら正式な冒険者として登録をすると言っている。ならば、正直なところ時間はあまり無いのではないだろうかとレスティは思っていた。

 調合する時間を修練に使っていいのよとレスティはイリスに告げるが、調合することもイリスにとっては大切なのだとはっきりと伝えていった。


 そしてここからが本題となる。

 レスティに薬学と調剤学の勉強を教わりたいのだと。


 イリスは以前、レスティから教わった言葉を思い出していた。

 そしてその時の事も。レスティはあの時イリスにこう伝えていた。

『イリスは知識があればすぐに行動を起こせる子』だと。

 続けて『自分を万能と思ってはだめ』だと。

 そして『人には出来る事と出来ない事がある』と伝えていた。


 イリスはその事を考えながら、あの時はただありがとうと言葉にするだけで、他には何も返す事は出来なかったが、今のイリスならその先に続ける言葉を出す事が出来る。


 この世界には恐ろしい病気があることを、イリスはあの時はじめて知ることが出来た。目が見えなくなるほどの重い病気など早々ないと思いたいが、それはわからない。イリスには知識がないからだ。


 でも、もし……。もしも、大切な人がそういった病気にかかったら?

 治療法も、どんな病気かも分からず、ただただ弱っていく人を見守るの?

 そんなこと嫌に決まってる。


 おばあちゃんは言った。『人は万能ではない』と。

 でも、逆に言うのなら――。


 イリスはレスティをしっかりと見据えて言葉を話していく。その様子に思わず言葉が漏れてしまうレスティに、イリスは言葉を被せてしまった。


「イリス?」

「おばあちゃん」


 真剣なイリスに、レスティはしっかり目を見てくれている。その真剣さが直接届くような気持ちになっていくレスティは、イリスの言葉を待っていた。


「人は万能じゃないんだよね」

「……そうよ」

「でも、逆に言えば、人は誰かを救う事も出来るって事になるよね?」

「……そう、ね?」


 逆の、発想……? その考えにレスティの思考は止まってしまう。


 イリスは言葉を続けていく。

 その意味するところに至らなかったレスティは驚いてしまった。


「私は出来る限りの人が救いたいの。救えなかった命よりも、救える命の方がずっと多いと思うから」


 人は無力だ。それは変わらない。

 救う事が出来ない命も多いかもしれない。


 人は万能ではない。それも変わらない。

 レスティは何人もの命を救う事が出来ずにこの歳まで生きている。


 でも、イリスは『逆に言えば』と言った。

 人は万能ではないと言うのは簡単だけれど、そうではなく『だからこそ救いたい』とこの子は言っている。


「だから」


 イリスは目を逸らさずしっかりレスティを見据えて言葉を続ける。

 とても真っ直ぐで、光のような輝きに満ちたその答えを。


「私に、おばあちゃんの知識を与えて下さい」


 そうだ。この子は光だ。

 私が絶望し、嘆き、悲しみ、諦めてしまったものを、違った答えで導き出そうとしている。この子なら、この子になら、見付けることが出来るかもしれない。

 私が絶望したその先を。私が諦め、手放してしまったその先を……。


「わかったわ」


 貴女がそう望むのならば、私はいくらでもこの知識を貴女に捧げましょう。

 貴女が少しでも悲しむ事のないように。失う命よりも、救える命の方が多いということに気付かせてくれた、心優しき貴女のために。




 昼の鐘は15時です。

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