"教えてやれそうだよ"
合流したアルフレートは、すぐさまポーションを仲間に分けていく。
質問する前に回復薬を飲む一同は、その体力とスタミナを回復していった。
この場にいる全員に薬が行き渡ったのを確認して、アルフが言葉にする。
「魔法薬・中ですが、それでもかなりの回復が出来たはずです」
「どうしたんだ、これ」
ラウルの質問に答えていくアルフレート。
少女をラーネ村近くまで移動していた時、近くに捜索隊の斥候に出会えたのだそうだ。そこで事情を説明し、少女を送り届けて貰う事と、彼らの持っていたポーションを分けて貰ったのだという。事情を聞いた彼らはお役に立てるのならと、快く持っていたポーション全てをアルフレートに託してくれた。
彼らは今回の大規模作戦に参加出来なかったため、魔法薬の品質はライフポーション・中とスタミナポーション・中、マナポーション・小しか持ち合わせていなく、アルフレートは謝られてしまったが、それでもとても貴重な物に変わりは無く、心からの感謝をアルフレートは述べて、彼らを逆に驚かせてしまったらしい。
その後少女を託し、アルフレートは真っ直ぐこちらへ馬を走らせたのだそうだ。馬が眷属に影響を受けないと思われるぎりぎりの場所まで移動し、そこからは走りながらここまで来たのだと言う。
ラーネ村まで戻ったとしても、待機していた冒険者は少ないだろうし、ここまで魔法薬が集まったかも分からない。時間も更にかかる以上、村までの途中で斥候に会えたのは、非常に運が良かったと言えた。
ヴィオラは手短にロットとブレンドンの状況を話していき、すぐさまアルフレートは行動に移していった。
アルフレートを護衛するように、未だ転がったままの眷属に向き合う四人の瞳に活力が戻り、彼らが戻るまでの時間を稼いでいく。
このまま追撃するよりも、アルフ達を待った方が遥かにいいと判断したためだ。
アルフレートは少し離れた場所でロット達を確認し、現状の説明をしながら薬を渡していく。マナポーション・小であっても、眩暈から回復させてロットを立ち上がらせるには十分な効果を出してくれたようだ。
その場に立ち上がり、ふぅっと息を整えていくロットとブレンドンは、アルフレートにお礼を述べていった。
「ありがとうございます、アルフレートさん」
「助かった。感謝する、アルフ。これでまだ戦える」
「良かったです。それで、リーサさん達は?」
周囲に人影は無い。
ミレイがいれば周囲にいる人を探すことも出来るが、彼女と行動を共にしているはずだから聞く事も出来ない。正直なところ、彼女の安否も確認出来ないのは不安ではあったが、リーサが傍にいるのだから問題はないのだろう。
そんな思考をアルフレートがする中、ロットはとても悔しそうな表情を浮かべていく。状況が状況なだけに少女を襲った眷族の攻撃に対処することなどは出来るわけも無く、護れない事は誰の目にも明らかだった。だからこそロットは思わずにはいられない。もっと上手く立ち回っていればと。
そもそも少女がいる事を最優先に考えるべきだった。先に少女を安全な場所に退避させた上で眷属と戦っていれば、安心して戦う事も出来たはずだ。そうなればもしかしたらここまで長引くことも無く、この戦いが終わっていたのかもしれない。
眷属と対峙した際のヴィオラの判断は正しかった。冷静にチームを再編成し、見たこともない存在と対するのに、ミレイを含めて四人を欠いた状況で戦力を分ける事など出来ない。戦いに仮定の話を言ってはいけない事ではあるが、それでも思わずにはいられないロットであった。何か他に最善な方法があったかもしれないと。
ロットの気持ちを察したブレンドンは、瞳を閉じながら話をしていった。
「お前の言いたい事もわかる。悔いが残らない戦いの方が少ない筈だ。だからこそ前を向け。俺達はまだ終わりじゃないし、終わってもいない」
「そうですね。俺に、いえ、皆さんに出来る事をしていけば、それでいいんですよね」
「当然だ。あんな奴に良い様にされっぱなしで終われない。そうだろ? アルフ」
「勿論です! 僕も微力ながらお手伝いします! 皆さんで勝ちましょう!」
「珍しく強気だな、アルフ」
少し茶化すように話すブレンドンだったが、その表情はとても嬉しそうに、そして頼もしそうにアルフレートを見ていた。そんな事を話しながら、三人はヴィオラ達の元へと走っていく。
後方から足音が聞こえると、ヴィオラは口角を上げながら冷静に戦況を見極めていく。戦える者は、ヴィオラ、ラウル、ヴァン、マリウス、ブレンドン、アルフレート、ロットの七名だ。
すぐさまお互いに距離を取りながら、チームを再編成していく。
今現在における最大戦力を再び集められた。
対して敵は眷属のみ。周囲に魔物の姿は見えない。
当の眷属はアルフ達が戻るまで立ち上がる事すら出来ずにいる。
魔法薬・中ではあったが、充分過ぎるほどの回復も出来た。
そしてアルフ達が合流するまで、回避に専念して自然回復する時間も貰えた。
相手は立ち上がるのもやっとな深手を負っている。
あれだけ攻撃しても平然と襲い掛かって来るバケモノだ。
だがそれでも負ける要素がもう見当たらない。
負ける姿が想像も出来ないほどこちらが有利だ。
ヴィオラは強引に立ち上がった眷族に向かって、言葉を静かに投げかけていく。
「お前は強いよ。今まで出会ったどんな存在よりも比較にならないくらいに強い。
だがな、独りじゃ絶対に勝てないって事を、お前に教えてやれそうだよ。
尤も、言葉なんて理解出来るとは思えないが、それでも見せてやれそうだよ。
アタシの自慢の戦友達を!」
一気に詰め寄るヴィオラに向けて、眷属は突進するも足に力が入らず、その場に前屈みに倒れ込む。
その隙を見逃す彼女らではない。一斉に飛び掛るように攻撃していった。
ヴィオラは自身が持ちうる最大の攻撃を繰り出していく。
大剣を薙ぎ払うように一度空振りさせた後、身体を回転させながら、その遠心力と全ての力を注ぎ込んだ渾身の一撃を振り下ろす。凄まじい衝撃音と共に眷属の背中へと抉り込んでいく。
続けてヴァンが左側面から全力で戦斧を叩きつけていき、右側で力を溜めていたラウルが大槌を振り下ろす。
堪らず顔を上げた所へブレンドンが額を貫く一撃をするも、厚い皮で滑らされてしまう。憎たらしげに舌打ちをするブレンドンに代わり、アルフレートとロットが同時に切りかかり、時間差でマリウスが身体を回転させ大斧を振り被るも、一度地面に足を踏ん張り、更に力を溜めた強烈な攻撃を鋭い形相で繰り出していく。
そのあまりの強さに、大斧が半分以上も眷属に飲み込まれてしまった。
その様子を見たヴィオラが、戻った獰猛な瞳で追撃をしながら答えていった。
「やっぱりお前は熊人種だよ!!」
大剣で頭蓋を叩き割るかのような一撃を当て、眷族を地面に跪かせていく。
マリウスは大斧を眷属から抜き、付いた血を振り払いながら構え直し言葉にしていき、それにアルフレートが続いていく。
「何か否定すんのも面倒になってきた」
「みなさん、飛ばし過ぎでは?」
「いや、問題ない。まるで力が漲るようだ」
そう言って戦斧を振り下ろすヴァン。
既に眷属は立ち上がれなくなっている。
一気にこのまま沈める勢いで攻撃を繰り出す一同だったが、瀕死の眷属は周囲へ凄まじい咆哮を上げていく。あまりの衝撃に一、二歩後退させられてしまった。
だが――。
「瀕死である事に変わりは無い! これで仕舞いだ!!」
ぼろぼろに傷ついた首を貫こうと、凄まじい勢いの閃光が一直線に進んでいく。
ガギン!!
鋭く高い、まるで金属音の様な音が周囲へと響いていき、ブレンドンは目を大きく見開いてしまった。そしてそれを理解したヴィオラとラウルがほぼ同時に叫んでいく。
「ここへ来て身体能力強化魔法だと!?」
「どんな底力持ってやがるんだよ!?」
だがそれでも眷属は既に瀕死である事に変わりは無い。
ならば彼らが取るべき行動も変る事はない。
すぐさま行動に移れたのはヴァンとマリウス、ロットとアルフレートだった。
左右から同時攻撃に移る。
しかし、その全てを弾かれてしまった。
あまりの事にヴァンが叫んでしまう。
「馬鹿な!? どこにそんな力が残っていた!?」
致命傷になる部分を強化するならまだしも、身体全体を身体能力強化魔法で覆うなど不可能だと言い切れることだ。そこまでマナが回復したとは到底思えない。
何故使える? 何故守れる? 何故このタイミングで?
疑問が次々と襲い掛かる一同は、手を止めて眷族を凝視してしまった。
足に力を溜める眷属。
最早そんな状態で何をする気かと警戒をする一同は驚愕してしまう。
地面を爆発させ、物凄い速度でラウルに迫る眷属。
「――な!?」
緊急回避に移るラウルは、身体を地面に投げ出しながら避けていった。
ぎりぎりのところで避けることは出来たが、直線上にあった木をへし折るだけの威力を見せつけた眷族は、ゆっくりとこちらへ向いていく。
回避で地面に膝をつけていたラウルが思わず零してしまった。
「……おい、なんの、冗談だよ……」
「突進力が、戻ってやがる……」
ラウルに続き、マリウスが呟いていく。
その表情は愕然としたものだった。
悪夢。
まるで悪夢の中で戦わされているような気分にされられた。
悪い夢なら覚める事が出来るが、これはそういった類の物ではないらしい。
一同が迷いを見せる中、ヴィオラ後方から一人の女性の声が響いていった。
「問題ありません」
その声は落ち着きを持っていながらも、頼もしさを感じられる声をしていた。
静かにヴィオラたちの後方から歩いてくる二人の女性。
戻ってきた二人の瞳は力強く、そして美しく輝いていた。
「リーサ……」
ヴィオラが呟くように一人の女性へと話しかけるが、その女性は笑顔になりながら、あとは私達に任せて下さいと彼女達に向けて言葉にしていった。
その言葉に戸惑いを隠す事が出来ないヴィオラは答えていく。
「ま、任せろって、どうすんだよ。全員でかかった方がいいんじゃないか?」
「いえ、あとは私達に任せて下さい。皆さんは戦い詰めだったのですから、暫く休憩していて下さい。恐らく今の眷属にダメージを与えられないかもしれませんし、私達が相手をしている間に可能な限り休んでいて下さい」
それは意志の強さを感じる、とても頼もしい言葉だった。
それでもヴィオラは質問をしてしまうが、リーサに即答で返されてしまった。
「いけるのか?」
「はい。大丈夫です」
「まさかミレイ、まだ戦うのか? 相当のダメージが残ってるはずだぞ?」
「あはは、ありがと。でも大丈夫。このまま負けっぱなしじゃ、お姉ちゃんとして情けないからね」
ミレイの思わぬ言葉に、きょとんと目を丸くしてしまうヴィオラ。
そんな彼女の間を通り抜け、眷属へと立ち向かっていく二人の女性達。
そこへロットが進言していった。自分が出来る事をするために。
「なら俺がリーサさんを護衛します」
「ふふっ、大丈夫ですよ?」
「護るくらいはさせて下さい」
そう言ってリーサの邪魔にならないように少し後ろで待機するロット。
ヴィオラ達は戦線から離れ過ぎない後方へと下がっていった。




