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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"間違った知識"


 その質問の意味をリーサが理解できない訳ではない。

 寧ろ彼女自身も思ってしまうような事だ。

 彼女が会得した技術は、ミレイのそれに遠く及ばないのは考えるまでもない。

 練度の違いではあるにしても、その完成度は全くの別物と言えるほど、威力の差として明確に現れてしまっている。

 そしてそれ程の威力を出してしまう魔力の使い方の事を、ミレイはリーサへ尋ねていた。


 リーサは冷静に考えるも、一つの答えにしか辿り着かなかった。

 それをぽつりと言葉に出してしまった。


「……強いから、でしょうね」

「強いから?」


 聞き返してしまうミレイへリーサは言葉を続けていく。


「全てはその強さ(・・)が関わってくるのでしょう。女王様が秘匿になさっていた事にも、あの眷属にダメージを与えていた事も全て。女王様が秘匿にするという事は、それはつまりフィルベルグの王族の方々が隠し続けているという事なのでしょう。

 そしてそれも今の私達には理解出来るほど、その力がもつ凄まじさを目の当たりにしてしまいました。それ程の技術が世に広まってしまえば、恐らく大変な事態になると思います」


 それは曖昧なものではあるが、雲を掴むような話にはもう聞こえない。

 ミレイもまた、充填法(チャージ)と呼ばれる技術に触れてしまったからだ。

 戦況をも簡単にひっくり返してしまう強大な力、詠唱も必要がない発現の速さ、そしてマナ消費量の少なさ(・・・)。全てにおいて充填法(チャージ)は現在扱われている魔法と比べると、魔力の効率が非常にいい。

 それはすなわち、無駄がない魔法と言えるだろう。


 そんなとんでもないものが世に出回ってしまえば、一体どうなってしまうのか。

 それが分からない者ではない二人だったが、それでも間違った考えだと否定したくなるような事へと繋がってしまう。


 リーサの推測にどこか納得してしまったミレイは、言葉を続けていく。


「……そっか、リーサさんはそれ(・・)が起きると予想してるんだね」

「遅かれ早かれそうなるでしょうね。これは世界のパワーバランスを大きく変える力です。魔物と呼ばれる存在から、人々の意識が"別の対象"へと移ることになるでしょう。そうなれば世界は崩壊しかねません。いえ、もしかしたら一度そうなってしまった世界なのかもしれませんね」

「一度崩壊した後の世界に、今あたしたちがいるって事?」

「可能性としてはかなり高いのではないでしょうか。尤も、歴史上の出来事を知る事が出来る文献の類は一切残っていないようなので、確かめようの無い事ではありますが。そんな文献が残っていない世界だからこそ、とも言える気がします」


 手が動くようになってきたミレイが、手の開閉を繰り返しながらリーサの話を聞いていく。ミレイは世界の歴史に興味はなく、図書館で調べたこともないので知りようのない事ではあったが、彼女の話にはとても興味が持てた。


 そして彼女は続ける。


「恐らく、これこそが魔法の本質なのではないでしょうか」

「魔法の、本質?」


 リーサへと聞き返してしまうミレイであったが、彼女自身にも頭の片隅では考えていた事だ。言葉にする事は出来ないが、女王に教えて貰った充填法(チャージ)と呼ばれたものは、恐らくそういった力なのではないだろうか。

 強大な力、詠唱いらず、マナの低消費。これだけでも効率が良いとしか言えないような技術だ。更にはその応用性。剣に纏い、盾に纏い、弓矢に纏うことが出来る。これが出来るのなら、その対象が鎧だったとしても可能なのだろう。鎧に充填法(チャージ)を使えば、その大きさから相応のマナが消費されるとは予想されるが、それでも現実的に出来ない事ではないと思えた。


 恐らくだが、この技術は肉体にも使えるのではないだろうか。

 魔力を纏う事が出来る技術なのだから、そんな事も出来ると思えてしまう。

 もしそれが可能であれば、まさに眷属のような事ですら可能かもしれない。

 強大な攻撃力も、強靭な防御力も、俊敏な瞬発力も、異常な生命力でさえも。

 人種(ひとしゅ)ですら、それほどの力を体現することが出来てしまうかもしれない。


 身体に寒気が走る中、リーサは話を続けていく。


「魔法、魔力、マナ、言の葉(ワード)、魔術書。どれも間違った知識として、伝わっているのではないでしょうか」

「間違った知識?」

「はい。ミレイさんやロット君、そして女王様が使われた技術を、多少なりとも扱えるようになった私ですら理解出来ます。この魔力の使い方はとても効率が良いという事に。威力の高さ、その応用性、詠唱が必要ないという点もそうですが、私はマナの消費量の少なさが気になりました」

「確かにあのやり方はマナ消費が少なく思えたけど、やっぱりそうなの? あたしは元々魔法がとても弱いものしか使えないから、そんな感じかなって曖昧には思っていたけど」


 ミレイは初級魔法とも言える、言の葉(ワード)一つの魔法ですら上手く扱うことが出来ない。イリスが教えてくれた全く違うマナの使い方を前に進むために練習したが、最初は全く出来なかった。

 そう簡単に魔法が使えるとも思っていなかったため努力を続ける事が出来たが、それでも力が発現するまでにそれなりに時間はかかった。尤も、属性強化の時の様に時間がかかり過ぎるという事はなかったが。

 恐らく初級魔法ですら使えなかった事が原因だと、今のミレイにはそう思えた。


 そんな魔法初心者のミレイですら、初めてそれが形になった時の威力に腰を抜かしたくらいだ。なにせ練習として当てていた木を貫いてしまったのだから、言の葉(ワード)一つの魔法すら使えない彼女にとって、その驚きは半端な物ではなかった。

 弓矢で木を貫くなんて事など出来るわけがない。それだけの威力を叩き出してしまった自分に、驚きと興奮を隠せなかったのは記憶に新しい。

 だが同時に、これは闇雲に使ってはいけないものだと容易に想像出来た。

 これだけの威力をもし人に当ててしまったらと思うと、身体が震えてしまう。


 しかしリーサは、その凄まじいと言える攻撃力の高さよりも、魔力消費量の少なさが気になるのだという。確かにミレイにもそれを感じたように思えるが、それでも他の魔法を使えない以上、その明確な違いまでは分からなかった。


 これはあくまで私の推察ですがと言葉を添えて、リーサは話し始めた。


「恐らく、これこそが本当の、いえ、本来の魔法なのではないでしょうか」

「本来の、魔法……」


 この話を別の冒険者にしても理解は出来ないだろう。

 魔術師(キャスター)に話せば大抵鼻で笑われるような内容だ。

 だが、彼女達にはそんな事は出来ない。

 それを推察し、その事を事実と認識してしまうほどに、魔力を纏わせたものの強さを知りすぎてしまっていたからだ。


 そんな事を考えていたミレイは見えていなかった。

 リーサの顔色が悪くなっている事に。

 彼女はある事に気が付いてしまった。


 しかし、その気付いた事を言葉に出来ずにいた。それを口に出してしまえば、今まで自分が築き上げてきたものが瓦解してしまう気がした。

 この方法こそが本来の魔法であるのならば、今まで積み上げてきた修練が無駄になってしまう。その事実に気がついている者は討伐組にもいないだろう。


「リーサさん?」

「……え?」


 意識をミレイへと戻したリーサは思わず言葉を返してしまった。

 大丈夫かと心配されてしまったが、体調が悪くなった訳ではないので大丈夫ですよと答えていく。


 どうやら深く考え過ぎてしまっていたようだ。

 そんなリーサへミレイがある提案をしていった。


「ねぇ、リーサさん。あたし達、もう少しこれを修練してみない? 急ごしらえじゃ大した事なんて出来ないと思うけど、それでも何か出来るかもしれないし。何よりこのまま戦線離脱するより、みんなの力になりたいよ」


 真っ直ぐと見据えるミレイに、思わず胸がずきんと痛むリーサ。

 自分が推察をし続けている間、ミレイはその事を考えていたのだろう。

 自分の事ばかり考えていたリーサは、自分自身の弱さに情けなく思ってしまう。

 あれだけのダメージを負いながらも、ミレイはずっと先を見つめていた。

 攻勢作戦から続く防衛線からの激戦を戦い続け、今も尚眷族と戦うミレイは、もう充分過ぎるほどの働きを見せている。ここで戦線を離脱しても誰も悪くなど言う訳がない。


 それでも彼女は、みんなの力になりたいと言ってくれている。


 なんて凄い女性(ひと)なのだろうかとリーサは思っていた。

 同時に自分の情けなさに自己嫌悪しながらも、そんな弱い自分を振り払うかのように言葉にしていった。


「……そうですね。このままじゃ、いられないですよね」


 まるで自分に言い聞かせるかのような言葉の中、ミレイは返していった。


「……出来る事をしようと思うんだ。あたしにもまだ何か出来るはずだから」

「そうですね。私も魔法の威力を高める努力をしてみます。立てますか?」

「ん。大分楽になったから歩けると思う」


 そう言ってゆっくりと立ち上がり、リーサはミレイに肩を貸しながら、二人は戦線を少し離れていった。


 前を向いて歩いて行くミレイの表情とは裏腹に、リーサは暗い顔をしていた。

 どうしても気になってしまう。いや、考えずにはいられないことだ。


 考えれば考えるほど、重く暗い気持ちに支配されていく。

 あくまでも可能性、だが、限りなく真実だと思えるほどの信憑性の高さ。

 今まで必死に努力し修練し続けてきたものが無駄であったと言い切れてしまう。

 どんなに考えてもどんなに可能性を考慮しても、同じ答えに行き着いてしまう。


 言の葉(ワード)など必要がないという事実に。



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