ある秋の日の"追憶"
少々重そうな扉を開けると、付けられた鐘が小さく店内に響き渡っていった。
店の隅々まで様々な武器が飾ってある。これは全て販売品でもあるが、基本的に彼女は置いてある武器を手にする事はない。昔はじっくりと吟味する様に選んでいた時期もあったが、今はもう店主にお願いして作って貰うのが殆どになっている。
店内をカウンターまで進む一人の少女は、今回も特に置かれている武器には目を向けずに店主の下まで歩いていき、その様子に気がついた店主は、少女に向かっていつもの挨拶をしていった。
「やぁ、こんにちは。ミレイさん」
「やぁ、こんにちは。クラウスさん」
クラウス・ライゼンハイマー。
フィルベルグ王国でも一番と評される武具屋"鋼鉄の蹄"7代目店主で若き鍛冶師の男性だ。栗毛の髪に茶色の瞳の人種で、少々幼く優しそうな顔立ちをしているが、これでも三十六歳という立派な大人だ。
そんな彼の元を訪れる冒険者は少なくない。いや、現王国騎士団も彼の作る武器に魅了されているとミレイは聞いたことがあった。噂では騎士団長が懇意にしているほど、優れた武器を作ることが出来るらしい。確かにミレイ自身も、一度彼の武器を使った瞬間から他の職人が作った武器に魅力を感じなくなってしまった。
これはミレイだけではなく多くの冒険者が同じような感覚を持ち、彼の武器を愛用する理由となっていた。もちろんそのお値段の方も中々の一品なので、駆け出しやシルバーランク冒険者に成り立ての者には少々手の届かない物ではあるのだが。
「それで今日はどのような件でしょうか。何かお探しですか?」
笑顔で答えるクラウス。ミレイはここのお得意様の一人でもある。
人となりも冒険者としても一流のミレイは、少々顔が利く。フィルベルグの冒険者では知らないものは新人位だろうし、その戦闘技術にも目を見張るものがある。
それ故、一流の冒険者であるミレイに自分の作り上げた武器を扱って貰える事そのものが、彼にとっては誇らしい事であった。
正直、お金に糸目を付けず、少々裕福な初心者冒険者がクラウスの武器を買っていく事も稀にある。そういった者に売らない訳にはいかないが、武器がそういった技術の無い者へと渡ってしまう事は、彼にとってとても悲しい事ではあった。
確かに彼の作る武器は一流だと国内外で高い評価をされている。クラウス自身も、誰の手に渡っても恥じる事の無い立派な武器として売っている自覚もある。
だが所詮武器は武器だ。道具に過ぎない。使い手次第でどんなモノにでもなってしまう。初心者が持った所で、その性能を発揮出来るとは思えない。多少切れ味が良く、刃こぼれし難く、とても頑強。その程度の物としてしか扱えないだろう。
折角の性能の武器を作っても扱い切れないのでは、流石に武器が勿体無いと思う反面、その性能のいい武器で、初心者冒険者の命を救う事が出来るかも知れないとも同時に思ってしまうという、複雑な心境を彼は持ってしまっている。
ましてや街の外には凶悪な魔物が存在している。武器に頼る初心者は必ずどこかで手痛く躓く事になるだろうとクラウスは思ってしまった。だが、こういったことを伝えただけで諍いになりかねないので黙るくらいしか出来ない。それも全て本人の責任なのだから気にすることでもないのだが、心優しい彼はどうしても気になってしまうようだ。
彼の店を訪れる者の多くは、大凡以下に分かれるだろう。
経験豊富な冒険者をも呻らせる武器として長く愛用してくれる者。
その品質の信頼性から命を預ける大切な武器として買ってくれる者。
お金を用意した初心者冒険者が立派な良い武器として買ってしまう者。
そして駆け出し冒険者が、いつかは自分もこれ程の立派な武器を手に入れるだけの凄い冒険者になるぞと、己の目標の一つとして武器を眺めて帰っていく者。
良い武器を鍛え上げ、その名が世界に轟きつつある彼には、所謂目利きと呼ばれるものが鍛え上げられていた。
それは物だけではなく人にも言えることだ。彼はその目で、訪れる客がどういった者で、どういった気持ちなのかが大体分かるようになっている。
彼は客を選ぶ事などしないが、彼の好みでいうのならば、いつかは自分もと思いながら店に訪れてくれる初心者冒険者が好きだった。
だが贔屓にする事も値引きする事もしない。駆け出し冒険者だからこそ、その高額とも言える武器を購入出来るだけの冒険者に成長して欲しいと彼は思っていた。
ミレイもそんな初心者冒険者の一人だった。
もう2年も前の事だろうか。その可愛らしい耳を頭に乗せた、とても可愛い少女が店を訪れた時は少々驚きを隠せない気持ちだったのを、クラウスは昨日の事の様に今でも覚えている。それはとても不思議な感覚だった。似つかわしくないと言えるほど、ミレイは場違いとも言える出で立ちをしていた。もしかして包丁を買いに金物屋と間違えたのではないだろうかと思ってしまったくらいだ。
今では笑い話になっている事ではあるのだが。
彼女は目を輝かせながら店内に置かれている武器をじっくりと見つめた後、カウンターにいるクラウスへと話しかけていった。その時の内容は今でも鮮明に覚えている。本当に不思議な子だなと思ってしまったくらいだ。
あははと彼女は可愛らしく笑いながら謝り、まだ買えるほどのお金はないんだと言った。続けてここのお店はとてもいいから一度見に行ってみろと仲間に言われて来たのだそうだ。
『いつかはあたしも、ここに売ってる様な凄い武器を使ってみたいなー』
そして『また来るね』と彼女はそう言って笑顔で帰っていった。
何て不思議な魅力を持った子なのだろうか。そうクラウスは思っていた。
その後もちょくちょくと店を通っていた彼女だったが、その度に挨拶をしてくれた。あまりこういった事は普通の初心者冒険者はしない事で、本当に印象的な少女だと彼は思っていた。
そんな彼女は、今やゴールドランク冒険者の上位とも渡り合えるほどの強さがあるのだという。その見た目の可愛さからは想像も付かない事だが、クラウスには彼女が纏っている強さの気配が日に日に増えている事に気がついていた。
当然、それを口に出すことはしなかったが、少しずつ強くなっていく彼女を見るのがとても好きだった。これはゴールドランク冒険者になる殆どの者が持っているモノだった。二十年以上クラウスはカウンターに立ち続けたが、そういう強さに辿り着く者は初心者のうちからそれを纏っている者がごく稀に見かけていた。
その者達の殆どは有名なゴールドランク冒険者として活躍しており、そのうちの一人はプラチナランクまで上り詰めて行った。残念ながら引退した者や、帰らなかった者も少なくはなかったが。
今はもう懐かしい思い出になりつつあるが、思えば初心者と言われた頃からミレイは"鋼鉄の蹄"に訪れてくれて、購入出来るようになってからはずっとお得意様となってくれていた。彼女のような実力のある者に自身が作り出した自慢の武器を扱って貰える事は、武器屋冥利に尽きるだろう。
だが、そんなクラウスを驚愕させる出来事が起こっていた事に、笑顔で接客する彼には思いも寄らない事だった。
「……実は新しいクロスボウを買いに来たんだ」
「新しいクロスボウ、ですか? 以前購入されたのは合いませんでしたか?」
申し訳なさそうに答えるミレイにクラウスは首を傾げてしまう。
以前彼女が購入したクロスボウはお店に置いてあるクラウス以外の職人が作った物ではあったが、その性能はしっかりとしており、クラウスの目から見てもそこいらの店では手に入らないような立派なクロスボウだったはず。
となれば使い勝手に違和感があったという事なのだろうか。
ミレイはこれまでこの店で製作依頼したナルア弓を使っていた。それが壊れたからという理由で急遽クロスボウを購入していったが、流石にナルア弓の使い勝手の方がミレイに合っていた、という意味なのだろうか。
そんな事をクラウスは冷静に考えていた。
そんな彼へ引き攣りながら笑うミレイは、少々小さな声で申し訳なさそうに答えていく。
「あー、前のクロスボウは、えっと、壊しちゃったんだ」
「こ、壊したんですか!?」




