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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"光り輝く盾"

 

 その凄まじい速度の突進に回避をする冒険者達。

 幾ら速くとも、これだけの距離ならば余裕を持って避けられる。


 ヴィオラが突進を避けて体勢を立て直そうと振り向く前に、眷族が急停止をして向きを変え、彼女に向かって鋭い大牙をしゃくり上げてきた。


「――がっ!!」


 ギリギリで大牙という致命傷は避けられたものの、鼻先で空に跳ね上げられたヴィオラは地面に叩きつけられる。

 すぐさま立とうとするも、身体が言う事を聞かなかった。痛みに耐えるような苦悶の表情を浮かべながら、強引に身体を起こそうとするも、上半身すら起き上がれない状況だった。


 そんな様子をまるで嘲笑(あざわら)うかのように眷属は一瞥し、突進のための力を溜めていく。ロットが彼女の正面に立ち、足に力を込めて今にも突っ込んで来そうな眷属へと立ち向かいながら盾を構える。


「ば、……やろう、よけ、ろ!」


 言葉ですらまともに出せないヴィオラは、戸惑いを隠せない。

 あの攻撃を一度受けた者なら、防御するだけで大ダメージになるという事くらい理解するはずだ。ましてや防御に特化したロットがそれに気づかない訳が無い。あまりの事に頭が飛んだのかとヴィオラは焦っていた。


 だがロットはまったく別のことを思っていた。

 仲間を見捨てるくらいなら死んだ方がマシだ、などと思うことは無い。

 彼はそんな悪手を打つつもりも、仲間に打たせるつもりも毛頭無い。


 仲間を救い、自分も救う。これが最低条件だ。

 そう誓った。仲間を失い、英雄と呼ばれたあの日に。


 あの呼び名はロットにとって背負うべき罪の名のように感じられた。

 大切な仲間を護れず失っているのに、英雄と呼ばれるなど失笑すら起きない。

 仲間を救って、自分をも救う事が出来ない者のどこが英雄だと言うのだろうか。


 だから彼は逃げない。

 仲間を置いて逃げるなど選択肢にすら含まれない。


 爆発音と共に一気に近づく眷族。

 だがロットは避けない。

 後ろに居る仲間のために。

 大切な仲間を護るために。


 ロットの盾が薄く赤く光り輝き、徐々に盾全体を覆っていった。

 その優しく輝く色はとても美しく、力強く感じられる光だった。


 彼は盾で眷族の身体を受け流し、力を込めて盾での強烈な一撃を加えていった。

 凄まじい打撃音と共に体勢を崩した眷属は、そのままヴィオラを掠る事無く彼女の左側を回転しながら転がっていく。その巨体ゆえ、辺り一面を揺らすだけの振動を発生させながら転がり続けた。


 すぐさまロットはヴィオラに魔法薬を飲ませていく。

 回復したヴィオラは起き上がり、ロットへお礼を言っていった。


「助かった。……無茶しやがって」


 ヴィオラの持っているライフポーションをロットへ手渡していく。

 彼もそれを笑顔で受け取り、右腰に付けてある小さな皮のバッグへとしまった。


 眷属を確認すると、起き上がろうとしているが中々起き上がれずに居るようだ。


「ロット、今何やったんだ?」

「魔法で強化した盾で殴りました」

「そんな事出来んのかよ」


 驚くヴィオラ達はそれの意味を知らない。これは充填法(チャージ)で強化された盾だ。

 あの結婚式の二日後、ミレイと同じように女王エリーザベトに呼び出されたロットは、その魔法について詳しく聞いていた。使い方も、修練方法も。どれだけ凄いのかある程度は想像していたが、思っていた以上の性能を持っていると知った。


 その後、イリスやミレイとは違い、その先(・・・)まで両陛下と話し合いをした。これはネヴィアもシルヴィアも知らないことだ。

 ロットはネヴィアの夫となるのだから、それを知るのが早まっただけだが、口の堅いロットが無闇に誰かへ話す事は考えられないため、しっかりと女王は説明をしたようだ。

 そこでロットは知った。いや、知ってしまった。イリスに置かれた危うい現状を。一歩間違えば取り返しの付かない事になるであろう最悪の事態も。

 だからこそ、共に冒険へと向かう可能性がある彼に女王は先に話をしたようだ。


 当然、充填法(チャージ)は口止めされているため、ヴィオラ達に詳しく言う事は出来ない。

 だが、盾が魔法と思われる光で包まれた事や、その強靭な力を目の当たりにしてしまった以上、ある程度話さなければ不信感を持たれてしまう事になる。

 そうなれば命にも関わってくる(ひずみ)になりかねない。


 そんなロットの様子を見て、ヴィオラは舌打ちをしながら独り言を呟いていく。


「女王め。黙ってやがったな」


 察しの良い彼女は、大凡の見当が付いたようだ。

 第二防衛線で見せ付けた女王の強烈な一撃。

 ホルスを両断した剣も淡い水色の光に包まれていた。

 ロットが使った魔法盾と比べると、女王の剣はとても薄い色で覆われていた。


 恐らくではあるが、練度の差が違うのだろう。

 何故纏っている魔力の色が薄く見えたのかは分からない。

 水属性だからかもしれないが、問題なのはそこではない。

 強靭な筋肉を纏ったホルスを一刀両断した事が腑に落ちなかった。

 あれだけの硬さを、まるでバターでも斬るように二つにしてしまった。

 

 当然、達人並みの剣の技術が無ければだめだろう。だが、それだけでもだめだ。

 あれ程の威力を出すには必ず何かあると思っていたが、まさかこんな所で理解出来るとは流石にヴィオラも思わなかったようだ。


「あの様子じゃ騎士団長も知ってんな、ありゃあ」


 ロットは言葉を返せずにいたが、ヴィオラがそれも察して心配すんなと声をかけていく。


これほどの力(・・・・・・)を無闇に言ったりすると思うか? まぁ女王にはこの戦いの後、用事が出来たが。まずは目の前のあれ(・・)を潰さなねぇと話も出来ねぇな」

「ありがとうございます」

「気にすんな。どうせ口止めされてんだろ?」

「はい」


 ニヤッと笑いながらヴィオラは、まぁそうだろうなと呟いていく。

 リーサを護った時は流石に使えなかったようだ。

 突発的過ぎた事と、実戦で使用した事がないためだ。

 だが、状況が落ち着いていたヴィオラの時なら成功すると思っていたようだ。


 そしてある事に気が付いたヴィオラは、ロットに向かって話していく。

 ロットもそれを理解した上で言葉を続けていった。


「へぇ。そいつは使えるな」

「みたいですね。三十セカルドほどのようです」


 会話をしながらもしっかりと武器(・・)の確認をしているロット。その言葉を聞いたヴィオラは、物凄い獰猛な瞳でゆっくりと口角を上げながら言葉にしていった。


「それじゃあボコ(・・)るか」


 ヴィオラはさっきの一撃で相当頭に来ていたらしい。

 とは言っても、普段の冷静さもしっかりと持ち合わせているため、油断する事も少ないだろう。


 ようやく起き出した眷属は興奮気味にロットを威嚇していた。

 その様子は威厳を無くしたようにも見えるが、今更そんな事はもうどうでもいい事だった。既に突進のタイミングを何度も見た以上、焦る事も無いだろう。


 態勢を立て直したそれ(・・)は、突進する仕草を見せていた。

 そんな姿を馬鹿にするようにヴィオラが言葉を発していった。


「元気だな、あのボア(・・)は」

「問題ない。一度あれ(・・)を見たからな」

「攻撃方法がこれだけなら、後は頭を叩き潰すだけだ」


 ヴィオラの言葉に、ブレンドンとラウルが続く。

 ヴァンとロットも冷静に心を落ち着かせ、突進に備えていく。

 尚も突進してくる眷族に呆れた様子でヴィオラが呟いた。


「ほんとにボア(・・)だな。ありゃ」


 どうやらヴィオラを再び狙っているらしい。

 あんなもんに好かれるのは流石に嬉しくないなと思いながら、冷静に軽く避けようとするヴィオラへ、眷属は軌道をずらし、大牙をヴィオラに向けて振り上げる。

 その様子を見たヴィオラは怒りが込み上げていった。


「一度見せた技が通用すると思うな!! 猪が!!」


 その姿に苛立つように叫びながら冷静に捌くヴィオラは、大牙の間を紙一重で入り込み、渾身の一撃を振り下ろす。その大剣は鼻先を切りつけ、地面へと突き刺さった。その斬撃に声を上げる眷属に、大剣を肩に乗せたヴィオラは見下すような低い声で言葉を続けていく。


「アタシも随分と舐められたもんだ」


 その言葉を理解したかのように怒りの咆哮を上げる眷族。

 それを制したのはラウルだった。


「ピーピーうるせえ!!」


 ラウルは眷属の頭蓋を叩き割るかのような強烈な一撃をお見舞いし、その威力は地面を沈めるかのようにひび割れさせ眷属の両前足を跪かせた。


 その隙を逃す訳も無いヴァンとロット。

 強烈な戦斧の振り下ろしで背骨を避けて追撃し、今度は眷族の身体に刺ささる。

 それを見逃さないロットは、ヴァンの戦斧の上を叩きつけるように剣を収めた鞘で振り下ろし、更に深く戦斧を眷族の身体に沈めていく。


 顔を上げ、苦悶の表情を見せた眷族へ、瞳をぎらつかせたブレンドンが一点集中(ピンポイント)で左目を狙う。鋭く重い槍の切っ先は左目を直撃した。


 だがそれを跳ね返してしまった。

 一帯に響いていく不可思議な音。それはまるで――。


「何だ!? 今のは!?」

「ほんとに眼かよ!? 金属じゃねぇのか!?」


 ブレンドンとヴィオラが叫ぶように言葉にしていく。

 先程の音はまるで思い切り金属を叩いたような打撃音だった。

 瞳を傷つけるどころか防がれてしまうなど、規格外過ぎる。

 意味すら理解出来ないほどに。


 戸惑いながらも追撃を試みるブレンドンは、別の場所に狙いを定めていく。


「ちっ! なら関節を狙うまでだ!」


 ブレンドンの攻撃で、左前足に重症と思われる傷をつけるが、眷属はそれをものともしない様に立ち上がってしまった。今の攻撃は明らかに深手だった。なのに何故立ち上がれるのか理解に苦しむ一同は驚きを隠せない。

 だがそれも一瞬の事で、意識を直ぐに眷属へと戻していく。


 地面に力を溜める眷属にラウルが言葉を発した。


「この距離でかよ!?」


 前方に居るブレンドン目掛けて仕掛けようとする眷属。

 直線上にロットが現れ、盾で弾き飛ばそうとする。

 だが眷属はロットに突進をしながら当たる瞬間に大牙を振り上げる動作をした。驚くロットだったが、冷静にそれを見極め、その力を逆に空へと向けて盾を突き上げていった。

 その衝撃で身体をゆっくりと回しながら背中から地面に落ちる眷族。凄まじい振動と共にひっくり返ったその姿を、ただ黙ってみている者などここには誰一人としていなかった。


 地面に眷族が落ちる前からそうなると予測した者達は、既に行動を起こしていた。見せた腹へと振り被るヴァンとラウルが同時に攻撃をし、ヴィオラも時間差でそれに続く。ブレンドンはロットの直線上から斜めに二歩後退し、飛び上がりながら腹へと向かって長槍を体重ごと突き立てていった。


 悲鳴を上げる眷族。

 ロットが態勢を立て直すまでの僅かな間の出来事だった。


 態勢を立て直したロットが追撃に向かおうとすると、今度はすぐさま眷属が起き上がったようだ。恐らくは突発的な盾の突き上げという応用に、充填法(チャージ)がまともに使えなかったようだ。体勢をひっくり返しただけでも重畳と言えるのだが。


 何事も無かった様に立っている眷属の、そのあまりの異様さに唖然とする一同。

 そんな中、ヴィオラが忌々しくそれ(・・)睨み付けながら言葉にしていった。


「底なしかよ、体力馬鹿が!」



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