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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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随分と"イイ男"に

 

 獰猛など生易しく思えるほどの強烈な殺意を向ける眷族に、一同は固まったように動けずに居た。


 このままでは不味い。何とか状況の確認をしながら、自身を動けるように気合を入れねばならない。手の震えを押し込めるようにぐっと握り、奴から眼を逸らさずにヴィオラは言葉にしていった。


「動けるものは返事しろ!」

「問題ない!」

「こっちもだ!」

「こちらも動ける!」

「俺も動けます!」


 ブレンドン、ラウル、ヴァン、ロットの順に声が返ってくるが、以降は返事が無かった。アルフレート、マリウス、リーサが戦線離脱とみて間違いないだろう。


ゴールドランク冒険者(ゴールド)の半分、持ってかれたな」


 忌々しく目の前のそれ(・・)を睨みつけながら、ヴィオラは呟く。


 眷属から目を離せないため、目視での確認は取れないが、恐らくはこのおぞましい殺気に当てられたのだろう。ミレイの言った通りの存在のようだ。

 まさか瞳を開いただけでこれだけの圧を感じるとは、ここにいる誰もが想像していなかった。いや、恐らく世界中の誰もがこれ(・・)の存在を知らないはずだ。

 対処法など文献にも書かれておらず、どうやって倒したのかすら書いていなかった。結果報告のみしか書かれていないと言うのも、これならば頷ける。

 つまりはそういう状況じゃなかったという事だ。蹂躙して来た眷属を死に物狂いで仕留めたはいいが、深い爪痕だけが大きく残り、幾ら検証を重ねても対処など出来ようものじゃなかったのだろう。


 当時は、だろうが――。


「薄茶色の髪をしたガキ!! こっちに魔物が居る!! 安全になるまで出てくるんじゃねぇぞ!!」


 眷属を威圧するかのように、眼を逸らさず探していた子供へ注意を促すヴィオラ。時間的に子供が飛び出てくる頃合だろうが、恐らくそれは無いと思われた。

 瞳を開いた瞬間噴き出した殺気に飲まれ、今近くでへたり込んでいるはずだ。

 いや、もしかしたら気を失っている可能性の方が高いかもしれない。

 ゴールドランク冒険者でもギルドから精神力が強いと判断された者達がこの状態なのだから、ただの子供がそんな殺気を受ければ一溜まりも無いだろう。周囲に魔物が確認されない以上は、このまま気絶していた方が却って安全かもしれない。


 悪い事ばかりでもない。

 今の一声でヴィオラ自身にも気合が入り、問題なく動けるようになっていた。


 目の前のそれ(・・)は、足にぐっと力を溜める素振りを見せる。

 恐らく例の突進と思われる攻撃なのだろう。

 だがヴィオラは血の気が引いてしまった。

 その直線上に居る人物が動けない事に気が付いてしまった。


 爆発したように地面が抉れ、眷属が物凄い速度で突進してきた。そのあまりの速さにその人物が避けられる想像ができず、全身から冷たい汗が噴き出してしまう。


「――リーサ!!」


 ヴィオラは大声を出して振り返るが、とても間に合わない。

 あんなものを直撃してしまえば、リーサなど確実に助からない。


 だが、それをロットが赦さなかった。


 リーサを右手で抱え、なるべく静かに横へと投げ、盾を眷属に構える。一歩遅れたその行動に奴の攻撃を逸らす事が出来ず、物凄い音を出しながら受け止めてしまう。


「――ぐぅっ!!」


 一気に苦悶の表情を浮かべるロット。

 その重過ぎる攻撃に、腕が軋んでいく音が辺りに聞こえていく様に感じられた。


 力の流れを変えようとするも、強引に力で押し付けてくる。

 そのままロットは回転しながらリーサの方へ転がってしまう。


 攻撃を受け流す事が出来ないと判断したロットは、身体を横に反らし回避に専念した。これが功を奏したようで、何とか直撃は避けられたようだ。

 すぐさま立ち上がるロットだったが、一同はその変化に驚かされてしまう。


「……ロットの防御でも大ダメージかよ」


 口角が引き()りながら言葉にするヴィオラ。


 攻撃を逸らす事は出来なかったが、身体を捻る事で避けられた様に見えた。

 だが、その代償も高かったようだ。それが見て取れる、だらりと地面に向けて下がる左腕。盾の重みにすら耐えられないほどの深刻なダメージだった。


 ロットは直ぐに右手でライフポーションを取り出し、口で栓を開けて一気に飲み干す。徐々に回復してきたようで、ゆっくりとではあるが、盾も元の位置へと構えなおす事が出来た様だ。


「何て化け物染みた力してやがるんだ」


 ラウルが憎たらしげに言葉にするが、それはまるで、ここにいる全員の代弁をしているかのように聞こえた。


「戦えない奴は這ってでも下がれ! 邪魔だ!! 守りきれねぇぞ!!」


 ヴィオラは大きな声を上げながら、チームを再編成していく。


 戦える者は五名。

 ヴィオラ、ブレンドン、ラウル、ヴァン、ロットだ。

 眷属の正面以外を囲うように陣取り、武器を構えていく。


 先陣を切るようにヴィオラが全力で大剣を振り下ろす。

 本来の彼女の戦い方はこの様な力任せの攻撃はしない。

 遠心力を巧みに使った優雅とも思える美しい大剣捌きを見せる。


 だが、今回はそれを見せなかった。

 それはまるで、先程の下がった士気を強引に引き上げ、沈んだ気持ちを振り払うかの様な力強い一撃だった。


 眷属の胴体に直撃するも弾き返されてしまった。

 これほど大きな大剣で振りかぶったにも拘らず、ダメージを与えられたように見えない。


 驚愕の表情を見せるヴィオラだったが、直ぐに状況を理解した。


「何て硬さだ! 装甲かよ!」


 大剣を弾いた攻撃は、尖った鱗の様な皮膚に反らされたように地面へと剣が突き刺さっていた。正直信じられない固さだ。こんなに硬い存在に遭った事が無い。それはヴィオラだけではなく、ここにいる誰もが思わざるを得ないような、恐ろしい硬度を誇っていた。


「――ならばこれでどうだ」


 ブレンドンが強烈な突きを眷属へと攻撃していく。

 これは普通の攻撃ではなく、体重も乗せた突きになる。

 一般的な重鎧くらいなら軽々と突き破れるほどの攻撃だ。

 これに耐えられるとはとても思えない。問題なく貫ける。

 これはそういう攻撃だった。


 ブレンドンの強烈な突きは、眷族を捕らえ直撃した。

 だが弾かれたように、身体を這いながら槍が皮膚を滑っていく。


「ならこいつでどうだよ!」


 思いっきり力を溜めたラウルが攻撃をしようとするも、眷属はその巨体を(よじ)りながら大牙を跳ね上げるように振り回し、ラウルへと襲い掛かった。


 咄嗟に槌で防御するも、その凄まじい威力に耐え切れず吹き飛んでしまった。後方でラウルが転がる音と、木に当たり止まったであろう音が一帯に響いていった。

 目視での確認など危なくてとても出来ないが、防御出来ていた以上、そこまで深刻な状態ではないだろうと判断した一行。その攻撃の隙を伺い、ヴァンが渾身の力を込めて戦斧を振り下ろした。


 その強烈な一撃は眷属の背中を斬りつけ、血が噴き出していく。

 攻撃は通った。だが、正直喜べる状況ではないようだ。


「ふむ。今の一撃で軽傷か。信じられない耐久性だな」


 涼しい顔でヴァンが言葉にするが、内心では信じられないという気持ちで溢れていた。今の一撃はそれこそ力の限り込めた渾身の攻撃だった。それをあれだけの傷で済まされると流石のヴァンも心が揺れ動かされてしまう。

 ロットとリシルア国で模擬戦をした時の彼であったら、その攻撃を馬鹿にされたように思い、怒りの限り敵に突っ込んでしまっただろう。


 攻撃を通したヴァンに向きを変えた眷族は、まるで射殺すかのような鋭い眼で睨みつけ、突如大きな咆哮を上げていった。

 その凄まじいまでの殺気に、ブレンドンも槍を杖のように突き立て、地面を踏みしめていく。心の弱い者であるなら、これだけで失神しているのかもしれない。それ程の圧を感じた。


 眷属は足に力を溜め、ヴァンに突進を試みる。

 地面に身体を投げ込むように回避したヴァンは、身体を地面で一回転させながらすぐさま立ち上がり、眷属へと向きを直していく。回避した瞬間、それを思い知らされた。あんなものをまともに食らっては、いくら魔法銀製金属鎧(ミスリルアーマー)であっても、無事では済まないだろう。

 あれは回避するしか手が無い。そう理解させられてしまった。


 通り抜けた眷属の後姿を見ていた一同は、背筋が一瞬寒くなった。

 直線上にあった四十センルはあると思われる木を、軽々とへし折ってしまった。

 だがその勢いは止まらない。同じような木をもう一本へし折った所で止まったようだ。それも自身が意図的に止めたように見えたため、恐らくもう何本かはへし折られるほどの威力があるように思えた。


「ああやって()を作ったのかよ」


 ヴィオラの言葉に反応するかのように、こちらへと振り向く眷属。その姿はまるで、自分が世界の王だと言わんばかりの図々しさを感じ、苛立ちを覚えてしまう。


 そこへロットが戻ってきた。

 どうやら動けないままで居たリーサを、ミレイの傍へ運んだらしい。

 あのままでは流石に守りきれないため、あの場に居続けられると危険だった。

 アルフレートとマリウスは何とか離脱する事が出来た様だ。


 三人を責める事など誰にも赦されない。

 戦う事すら出来ず倒された者は三千七百人を超えるのだから。

 その中に含まれた熟練冒険者である百二十五名も同じだ。

 恐らくその百二十五名の中で戦えたものは極々少数だろう。

 戦えない事は恥ではない。寧ろ、その状況を知った上でこの場に居る事そのものが、この上なく勇敢な事だった。


 丁度眷属がこちらに向き直った頃、ラウルが復帰する。その口元に流れた血がその衝撃の凄さを物語るが、何よりも彼の瞳には怒りが色濃く映り出されていた。


「随分とイイ男になったじゃないか」

「まぁな」


 ヴィオラが冗談交じりにラウルへと話しかける。

 当の本人は、かなりお怒りのご様子だった。


 チリチリと焼け付くような強い怒りが届く鋭さを秘めつつ、冷静さも失われてはいない。普段から大人しい性格だが、彼は一度入ると(・・・)人が変わったようになる。


「さて、どうする?」


 ブレンドンの問いに、ゴキっと首を鳴らしながらヴィオラが答えていく。


「まぁ、挨拶も終わったし、弱点でも探そうかね」

「ふむ。あれだけの巨体だ。関節は弱いだろうな」

「後は眼だな。段々あの眼がムカついて見えて来た」


 ヴァンは冷静に言葉を返すが、ラウルは怒り心頭のようだった。

 当然突っ込んで行く様な性格ではない為、冷静にそこを狙うつもりに見えた。


 そこへヴィオラが言葉を返していき、それにブレンドンが答えていく。


「頼もしいが槌じゃ無理だろ」

「俺が狙う。だが相当動きが鈍った時でなければ狙うのは難しい」

「眼を潰せばチェックだろ。アタシの趣味じゃないが、それまで小さくいくか?」

「来るぞ」


 ヴァンの言葉にまるで反応するかのように、眷属は爆音と共に凄まじい速度で彼等との距離を一気に縮めていった。



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