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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"拾うだけ"だ

 

 何かあったのだろうかと思っていた彼等の元に、一人の女性がこちらに向かって走ってきた。その表情は焦りの色をしており、必死な様子が見て取れた。

 その女性に向けてロットが話を切り出していく。


「どうされましたか?」

「先程から娘が見えないので探しているのです。八歳の女の子で、私と同じ薄い茶色で髪の短い子です。どなたか見ていませんか?」

「いや。こちらには来ていないようだ」

「流石に門を通れるとも思えないから、村のどこかで遊んでいるんじゃないか?」


 女性にヴァンとマリウスが答えていくが、以前にも似たようなことがあったらしい。その時は何故か村の外にいた所を発見し、連れ戻してこっぴどく怒ったのだそうだ。村に連れ戻した後、外は危険だという事をはっきりと理解させたつもりだったのだが、まさかと思ってしまったらしい。

 今回も村のどこかから抜け出したのではないだろうかと心配する母親に、アルフレートは優しく尋ねていく。


「お嬢さんが何か外に行く理由はありますか?」

「夫が伏せっておりまして、そのための薬草を採りに行ったのではないかと心配なのです」

「ふむ。もしそうだとすると危険だな」


 ヴァンが最善策を考えていくが、答えを出す前にヴィオラは否定的な言い方を、その母親にはっきりと伝えていった。


「アタシらはアタシらのやるべき事がある。ガキ一人に動く訳には行かない。分かるな?」

「…………はい」


 とても悲しそうにする母親に、冷たくキツイ口調で言い放つヴィオラ。

 一同は口を開かず、黙ったまま事の成り行きを見守っている。


「アタシらがガキを見つけに行く事は出来ない。それはここにいる斥候(スカウト)に任せろ。状況を伝えてラーネ村周辺と、その薬草が生えている場所を探させろ。

 幸いこの周辺に魔物は居ない様だ。安心は出来ないがそれでもまだマシだろう。

 アタシらはこのまま聖域までの浅い森の調査を続ける。そこでそいつを発見すれば保護する。それくらいしかアタシらには出来ない」


 その言葉に目を見開きながら、じわっと涙を溜める女性。

 深々とお辞儀をしながら、ありがとうございますとお礼を言った。

 だがヴィオラはその答えも、はっきりとした言い方で否定をする。


「そいつはガキが見つかってからにしろ。まだどうなっているかもわかんねぇんだ」

「はい!」


 言葉は悪いがヴィオラはとても面倒見がいい。やるべき事と自分に出来る事も、しっかりと理解している冒険者だ。その言動や鋭い瞳でとても誤解されやすいが、一度でもヴィオラと冒険を共にすれば、彼女がどういった人物かなんて直ぐに分かる事だった。

 深々とお辞儀をしなおして、常駐している冒険者達の待機場所へと足早に向かう母親の背中を見ながら、ミレイは優しそうに微笑んでヴィオラに話していく。


「あはは。やっぱり聞いていた通りの優しい人だね、ヴィオラさんは」

「うるせえ。それと『さん』はいらねぇ。ついでに言うと今回の作戦が終わったら、お前を酒樽に沈めてやるから覚悟しとけ」

「あはは、負けたら代金を持って貰えるのかな?」

「構わないぞ。どうせ勝つのはアタシだからな」

「やったぁ! タダ酒が飲めるー!」


 手放しで喜ぶミレイに、調子こいていられんのは今のうちだぞと、額に青筋を立てて挑発するヴィオラ。だが既にミレイは聞いていなかった。タダで飲める酒ほど美味しいものはないと最近知ったようだ。

 その楽しそうな様子を肴に飲ませて貰おうと思いながら携帯食を食べるリーサ、平和ですねと呟きながらもぐもぐするアルフレート、俺も参加させろと言うラウルに、酒はいいやという顔のマリウスだった。

 ヴァンとブレンドンは、その勝敗に興味が出ているようだ。ロットは微笑ましそうに見ながら携帯食を取っていた。



 二十ミィルほど休憩をした一行は、兵士と共にラーネ村を出て行く。

 兵士はそのまま馬で第一防衛線まで直行し、そのまま危険が去るまでルイーゼの指示を仰ぐ事になっている。戦えない彼は、恐らく再びラーネ村に戻るように指示はされず、他の任に就く事になるだろう。

 挨拶をして兵士は馬を走らせ、一向は聖域までの森の調査を再開していった。


 暫く森を進んだ頃ヴィオラが呟いた言葉に、一同は思わず微笑んでしまった。


「さて。ガキは何処に居んのかね」

「ふふっ。探さないんじゃなかったでしたっけ、ヴィオラさん」

「探してる訳じゃねぇ。落っこちてんのを拾うだけだ」


 そうですかとリーサはとても素敵な笑顔をヴィオラに見せ、向けられた彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。耳が少々ぴくっとしているので、彼女もまんざらではないように見えた。


 一行は浅い森へと進みながら、子供と眷属を探していく。

 だが、最悪の事態も予想される。そうなる前にどちらかを見つける必要があるだろう。幸い、この辺りに魔物が居ないようで安心するミレイだったが、同時に眷属もまたその存在を見つける事が出来なかった。

 この辺りにいないのであれば、恐らくは聖域北東にある古代遺跡周辺の森か、エルグス鉱山先の森になるだろう。


 魔物のいない森をひたすら進むのには、少々違和感を感じざるを得ない一行だった。普段は確実にその姿を見せていた筈のものがいないというだけで、これ程までに森が不気味に見えてしまっていた。


 聖域近くまで戻って来ても、やはりその姿や音は確認出来なかった。


「どうする。聖域に一旦戻るか?」


 ラウルの言葉にヴィオラがそうだなと反応していく。


「このまま真っ直ぐ浅い森を進み、聖域まで出たら第一防衛線まで戻りましょう。既に昼の鐘が鳴っていると思われますし、それ以上の捜索は危険だと思います」


 そう告げるリーサの判断は正しい。恐らく第一防衛線まで戻る頃には、空がオレンジ色に染まっているだろう。そこからは悔しいが、明日に持ち越さねば夜の森を徘徊する事になる。それは危険極まりない。

 幾らミレイの耳があるといっても、暗闇での対処は困難だろう。ましてや眷属を相手にそんな不利な状況下で戦う訳にはいかない。

 ならばそこで一旦引き、悔しいが明日再開するしか方法がない。


「明日は北東側から古代遺跡とエルグス鉱山周辺の調査を目指しましょう」

「そうだな。ガキもいなさそうだし、仕方ないか」

「残念そうですね、ヴィオラさん」

「別に。斥候(スカウト)いるんだから問題ないだろ」


 素直じゃないですねとリーサは思いながら微笑んでいく。


「ミレイ?」


 ロットの言葉に一同の視線を集めるミレイ。

 彼女は歩みを止めていた。いや、その様子がおかしい。

 表情は真っ青になり、額から汗が流れて頬を伝っていた。

 自慢の耳がぼさぼさに毛が逆立ち、異様さを表している。

 その様子に一同が察し、警戒を強めていく。


 鋭い眼をしたヴィオラが低い声でミレイに尋ねていった。


「どこだ?」

「さ、三時方向、きょ、距離、に、二百メートラ……」


 今までに無い取り乱したミレイの姿に一同は驚いてしまう。

 言葉を発する事すら辛そうに思えるその様子に、何を感じ取ってしまったのだろうかと戸惑いを隠せなかった。

 だが、まずは確認しなければならない。


 全員武器を構え、臨戦態勢でゆっくりとその場所を目指していく。幸い匂いで場所を知られることも無いようだ。足音を立てずにその存在へと赴いていった。

 百メートラほど歩くと、すぐにその異様な風景が見えてきた。この辺りは何も無い浅い森のはずだった。だが、辺りはまるで台風が来たように木々が強引な力で押し倒され、開けた空間が作られていたようだ。

 それはまるで自身の領域(テリトリー)のように思え、木々の隙間から見えるその異質な空間の中央に、一つの存在が立ったまま瞳を閉じているようだ。


 体長は三メートラは夕にあると思われる巨体。形状はボア種に見えなくも無いが、まるで別の生き物と言われても納得するような姿をしている。大きく弧を描くように口から飛び出た鋭い大牙は、ささくれ立つ竹の節のようにも見える、幾度も生え変わった鋭い刃のようだった。

 ボアであるのなら毛皮で覆われているが、それが一切見られない。形容し難いその尖った鱗のような皮膚が飛び出ており、その禍々しく存在するだけで辺りの生物そのものを否定するかのような、悪意で満ち溢れた塊に見えた。


 その異質な姿を見たミレイは、全身に震えが起こり、自慢の耳は更にぶわっと膨れ上がっていた。大丈夫か確認をヴィオラが取ろうとした所、ミレイは小さな声で呟いていく。


「……だ」

「あ?」

「……バケモノだ、あれは……」

「……」

「……あれは、魔物じゃない……。そんな、存在じゃない……」


 そう言ってミレイは地面にへたり込み、かちかちと歯を鳴らせてしまっている。完全に戦意喪失してしまったミレイの頭にヴィオラが手をぽんと置き、優しい声色で言葉を囁いていく。


「もう十分だ。お前はここで待ってろ。戦わなくていい。後はアタシらに任せろ」


 ヴィオラはパーティーを見回し確認をしていく。まだ威圧と思われるものにやられた者はいない。恐らくミレイはその聴覚で、いや、感覚で何か(・・)を感じてしまったようだ。

 だが問題はない。ここまでは想定通りだ。元々ミレイは討伐組として考えられていなかった。これまで幾度となく力を尽くしてくれたのだから、もう十分だった。


 ヴィオラは再びパーティーへ確認をしていった。

 一同は頷きながら答えていく。問題ない。ならば作戦通りにと手でサインをしていくヴィオラ。


 前衛ヴィオラ、ヴァン、ロット、ラウル、アルフレート、マリウス。中衛にブレンドン、そして後衛にリーサだ。


 これを三つのチームに分けていく。

 ヴィオラ、アルフレートチーム。

 ヴァン、マリウス、ブレンドンチーム。

 そしてロット、ラウル、リーサチームだ。


 これには幾つか理由がある。

 ヴィオラはその気性と武器の扱いで、周囲を振り回すように遠心力を使っての攻撃が主流となる。故に小回りが利き状況を見極めながら攻撃するアルフレートを連れている。

 ヴァンはその重量武器から隙が大きくなるため、間にマリウスの攻撃を挟みながら、ブレンドンが針を通すような正確な槍捌きで攻撃していく。

 ロットはバランスのいい戦い方で攻守共に優れているため、リーサの護衛を含めている。合間にラウルの強烈な大槌を入れられるように同時に組ませていた。

 リーサは後衛であれば、ある程度魔法が届く距離である為、ロットの後ろが一番安全だと判断されている。


 当然これは、聖域に行く前の段階で決めてある事だった。ここにミレイは元々含まれてはいない。本来の役割は索敵のみとされていた。言わば案内役である。眷属と戦うなどと言う事は、作戦当初には思いも寄らない事だった。

 だが、ここへ来て少々状況が変わっていた。ミレイにも戦えるようならヴィオラのチームに加わって貰う予定ではあったが、流石にそう上手くはいかないらしい。

 いや、これだけの功績を上げて来たミレイに、これ以上のことを望んではいけないだろう。その役目は十二分に果たしてくれた。後は討伐組の仕事となる。


 最奥にあった地面の抉れを考えると、あれ(・・)は十中八九凄まじい突進をして来るように思えた。十分警戒しなければならない危険な攻撃だろう。

 パーティーは三チームに分かれつつ、目標の形状をじっくりと観察していく。ここで行き成り飛び出すような馬鹿者は、この場には誰一人としていない。

 ここからでは会話が聞こえないだろうと思ったヴィオラが小声で話していった。


「見た目はボアに近いが大きさも形状も大分違うな。それに何だありゃ。(もや)か?」

「あれが文献に書かれていたものだと思います。間違いありません。"眷属"です」


 リーサの言葉に気を引き締めていく一同。

 周りに魔物の姿はない。恐らく後はあれ(・・)が最後なのだろう。

 移動して従える魔物を増やす前に、何としても仕留めなければならない。


「見ただけではボアとしての対処しか思い付かない為、危険ではないか?」


 ヴァンの言葉は尤もだ。

 このまま観察してても良い事はない。

 あれ(・・)はそもそも適応されるべき情報など無いのだから。


「行くしかねぇか?」


 ヴィオラは確認を取る。

 これは命の遣り取りの戦いだ。戦う瞬間をヴィオラが一人で決めるわけには行かない。一同はそれに了承していき、突撃するタイミングを計っていく。


「……正直出たとこ勝負は嫌いじゃないが、これは流石にやべぇな……」


 禍々しい姿に、思わず口角が引きつる。

 深呼吸をして気合いを入れなおし、行くぞと言いかけた瞬間、ミレイがそれを遮った。


「……あ、あぁ……。だめだ、十時方向から四時方向へ移動してる……。女の子だ……。距離五十メートラ……」


 思わず全員がミレイを勢い良く見てしまった。しかも距離はたったの五十メートラだという。今のミレイは集中力を欠いている。それに気づくのが遅かった事に対してごめんなさいと呟いていくが、ミレイが悪い訳ではない。

 だがこのタイミングで女の子が現れてしまうのは、非常に良くない状況だ。


 一刻を争う事態となり、行くぞとヴィオラが告げていく。


 一斉に飛び出すヴィオラ達。

 その音に目を覚ましたように瞳を開けるそれ(・・)

 その見ただけで深淵に引きずり込む様な、どす黒く鈍く光るものを見た瞬間、まるで世界が凍り付いてしまった様なおぞましく禍々しい悪寒が全身を駆け巡った。


 瞬間、ヴィオラは理解してしまった。これは威圧ではないと。

 これは、高密度のあり得ないほど凄まじい殺気だ。


 ヴィオラの額に一気に汗が噴き出し、大剣を構えている腕がかたかたと震えていた。その瞳は忌々しいモノを睨みつけるかのような鋭い目をしたまま、小さく、だがはっきりとした声で言葉にした。


「――バケモノめ」



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