この国の"命運"を
「――との報告を受けております」
王城の一室にある作戦会議室にて、三日目となる定期報告がなされていた。
現在この部屋にいるのは前回と同じ、女王エリーザベト、国王ロードグランツ、宰相ロドルフ、騎士団長ルイーゼ、冒険者ギルドマスターロナルドの五名である。
先日の戦果から一夜明け、午前の魔物討伐状況をロナルドに報告させていた。
その報告に静まり返る一同は、どうやら同じ事を考えている様だった。先日の報告もそうだったが、今朝からの作戦における魔物の討伐数が多すぎると思われた。
その数、累計で百五十三匹。既に予測の半数を超えてしまっているその魔物の数に、喜ぶことは出来なかった。魔物を素材に捌いている者達によると、その三割近くはとても小さい固体のようだとの報告を受けている。
これにより一つの推察が予測されるのだが、その事を口に出す者はいなかった。いや、考えたくもないことである以上、言葉にする事自体躊躇われてしまうほどの恐ろしい事だった。
このままでは話が先に進まないと思った女王は、さらりとその推測を口に出して話を進めていく。
「眷属による魔物の生成についての可能性も、話さねばなりませんね」
あくまでも可能性。だが、そうなれば辻褄が合ってしまう恐ろしい推察。
魔物を従えるそうな異質な存在で、その生態は全く解明されていない。
そして魔物の発生という現象も、同じく明確にはされていない。
もし仮に、魔物の発生が眷属と何かしらの関わりがあるとすれば、大至急討伐しなければならなくなる。それはつまり、大量にいるであろう大型魔物を薙ぎ払い、最奥にいると思われる眷属まで辿り着かねばならないという事になる。どう楽観的に考えても最悪という言葉しか出ない。これでは多くの犠牲者が出てしまうだろう。
黙りこくってしまう一同を横目に、ルイーゼが話を続けていく。
「ですが、早期解決を図ると多くの犠牲者を出しかねません」
「被害を最小で留める策はありませんか、ルイーゼ」
女王に問われ、顎に手を置きながら考えていくルイーゼ。
彼女はこの作戦会議室にいる者達の中では、一番魔物との経験がある。
ルイーゼならば何か良い方法を見付けるのではないかと期待したエリーザベトであったが、正直なところルイーゼ自身も特に良い方法など思いつかなかった。出来る事をするくらいしか思いつきませんと、言葉にしながら話を続けていった。
「まずは防衛線の確保。次に可能な限り魔物を削り、翌日慎重に奥へと進みながら魔物を狩り続け、スタンピードに備えるくらいでしょう」
「では眷属による魔物出現の可能性については?」
「現状では判断しかねますと言わざるを得ません。可能性というだけの理由で、大切な民を失う訳にはいきません。出来る限り慎重に行動すべきかと私は思います」
「そうですね、分かりました」
納得する女王に、斥候達へ警戒を強めるように伝えますとロナルドが伝え、話は現在の最前線における戦況報告へと戻っていった。
「先程、正午の適時報告によりますと、ホーンラビットの音と思われるものが近くに聞こえて来たそうです。凶暴化をしていても肉体的な強化と凶暴性が増すだけだとの報告もされておりますので、索敵範囲までは変わらないと思われます。元々数も少ない事もあり、これに関しては脅威になり得ないと考えておりますが、問題はすぐ近くにエーランドとホルスが控えているようです。今現在はその対処法について検討中との事でした」
朝の鐘から少しした辺りから、スパロホゥクやフロックの姿を見なくなったようだ。索敵範囲の広いスパロホゥクの殆どは駆除出来たと思われ、聖域近場にいたフロックに関しては、問題なく倒せたようだ。恐らくはエルグス鉱山から近くの深い森に多くいるのではないかと思われた。つまり東側の深い森にいるのだろう。
現在聖域を拠点に置いている浅い森周辺はその場所から南西に位置しており、この場所から向かう事は現実的に厳しいと言えた。だがフロックであればまだ脅威にならないだろうと判断できる。空から凄い速度で奇襲してくるスパロホゥクの方が断然に厄介だ。それが確実に減りつつある今、大分安心して魔物を減らす事に専念出来るだろう。
ここからは、エーランドやホルスを釣らなければならなくなった。
とはいえ、あれ程の魔物を多数相手にする事はかなりの危険を伴うだろう。
ここからが正念場となる。
続けて女王はもう一つの作戦についての詳細を求め、ルイーゼが答えていく。
「土塁と馬防柵はどうなっていますか?」
「現在完成まで後一割といった所です。今日中には作業も終わります」
「第二、第三防衛線については?」
「同時に作業を進めておりますので、今日中に完成報告が出来るかと」
「では、防衛線の完成を最優先。そのまま現場の騎士達を周囲の警戒と共に待機。翌、早朝に最前線で大型種を釣り、駆逐しながら同時にスタンピードの早期発生に警戒を。文献から察すると、眷属は魔物が駆逐され尽くしてから出現する事も考えられます」
あの文献には眷属以外の魔物の表記はされていなかった。
もしいたのなら、魔物が大量に入って来たとの書き方がされているはずだ。
なのにあの文書にはそれが記されていないという事は、眷属一匹で襲ってきたとも考えられる。希望的な言い方になってしまうが、そうなればかなり有利に進める事が出来る。それは恐らく最も確実な討伐法となり、被害を最小限に留める事が出来るかもしれないのだから。
眷族の影響によるものも考慮した上で討伐隊を編成した。
恐らく現状でフィルベルグ王国に所属する冒険者の中でも、最高の人材を組むことが出来たであろう。ゴールドランク冒険者の中でも実力、経験共に優れてはいるが、何よりも彼らの強さはその精神力にある。言うなればそれは心の強さであり、彼らは眷属の影響も受ける事無く戦う事が出来る筈だ。眷属に数で当たるのは悪手となる。それをあの文献は証明している。
数など無意味。質が無ければただ屠られるだけとなる。だからこその少数精鋭。
たった八人にフィルベルグの命運を賭ける事になってしまうが、逆に言うのならば、彼らが通用しないという事は、フィルベルグ王国に多大な被害を被る結果となるだろう。後の歴史に第二のアルリオンの悪夢と呼ばれる事となってしまう。
本来であれば七人だった所、ヴァンの登場で更に強固となった。それほどの戦力を集める事が出来たと言えるだろう。これで勝てなければ最悪の場合、フィルベルグ王国が堕ちる事にもなるかもしれない。
この美しい緑と風に恵まれた大地が穢される事になってしまう。それだけは絶対に阻止せねばならない。もしそんな事になれば、エリーザベトはレティシア初代女王陛下に顔向けが出来なくなる。
少々眉が寄ってしまい、気を落ち着かせるように瞳を閉じたエリーザベト。
強すぎる不安要素が残る現状で、出来る事は限られてしまっている。
三日目の作戦会議は、昼の鐘が鳴るまで続けられ、一端の休憩となった。
* *
「――以上が今後の作戦方針となります。何か質問のある方はいますか?」
作戦会議の後ルイーゼは、そのまますぐに冒険者達へ今後の方針を告げていく。
特に質問がなさそうな冒険者達の顔を見ながら、ルイーゼは有難う御座いますとお礼を言った。
この前線での聖域での攻勢作戦は、熟練冒険者でないと邪魔をしてしまう。魔物との戦い以外に経験の無い騎士達に、冒険者の知識を一から教えて実行させる時間など無いのだから、この作戦の全ては冒険者に一任させている形となっている。
変わりに草原では、まず騎士達が前線に出て戦う事となる予定だ。
当然、全てを倒す事は出来ない為、騎士達が倒せずに通してしまった魔物の駆除に冒険者が当たっていく。これは今行っている攻勢作戦と比べると、かなり負担が少なくなるだろう。
それでも草原での戦いとなると、その魔物はどれも強いものばかりとも予測されており、油断など出来ない危険性も含んではいるのだが。
ルイーゼの話も終わり、作戦へと戻っていく冒険者達。ロットとヴァンは、他の待機組であるゴールドランク冒険者達と再び待機場所へと戻っていく。そんな中、痺れを切らしたように、ヴィオラがルイーゼに皮肉を込めて言葉にしていった。
「やれやれ。アタシらはいつ戦えんのかね。これじゃ体が鈍っちまう」
「申し訳ありませんが、皆さんはもう暫くお待ち下さい。何時現状が崩れるか分かりませんので」
「どの道、この場所じゃ戦えない気がして来たな」
「どういう事でしょうか?」
ヴィオラの言葉に疑問を持つルイーゼは、彼女に詳細を求めていった。
だがその問いに答えるつもりが無くなったヴィオラを見兼ねて、ヴァンが変わりに答えて、ロットがそれに続いていく。
「眷属がここまで出てくるよりは、スタンピードが起こる方がずっと高いのではないだろうか」
「俺としてもそんな気がします。リーサさんはどう思われますか?」
リーサと呼ばれた女性は待機組冒険者の一人である。
金寄りのホワイトゴールドのセミロングで白に近い金の瞳の美しい大人の女性だ。丈夫そうな白ローブに白銀の魔法銀製胸部金属鎧と鉄製の杖を装備している。
年齢は二十歳といった所だろうか。柔らかくおっとりとした表情で、ゆっくりと言葉にするその口調はとても優しく、透き通るような声を発していた。
そんな彼女もれっきとしたゴールドランク冒険者であり、チームのリーダーまで務めるほどの器だ。状況判断と冷静な対応に長けた人物で、戦況を見極めながら戦う事が出来き、仕事内容だけでなく報告もしっかりしている立派なリーダーとして活躍している。
「私としてもお三方と同じ意見ですね。恐らくですがそのような存在が、矢面に出る事は無いのではないかしら」
オレストエーランドは、言うなればディア種よりも大きな鹿型の魔物で、ホルスは馬型の大型魔物です。オレストは森を意味しています。




