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207.就寝

 若干の眠気を感じ始めたころ、母さんに言われて子供たちはテントへ向かう。


 ――今日は結構歩いたし、その上泳いだりもしたからなぁ。まぁ夜更かしするにも屋敷では魔法の練習か本を読むくらいしかないから、もともと寝るのは早めだとは思うけど。


 そう思いながら、自分が作った石製テントの中に入る。


「さすがにもう暑くないね」


「あはは。夕方に冷やしたもんね」


 あとから入ってきた兄さんが笑いながらそう言う。


 ――あのとき中の空気を冷やすだけじゃなくて、まわりの石もある程度冷たくしておいて正解だったかな……。


「ちょっと先に、姉さんたちのテントを涼しくしてくるよ」


 さすがに石製のこっちのテントほどではないにせよ、あっちも熱がこもっているのではないかと思いつつ、約束通りに向かいに設置してあるテントへ向かう。


「姉さん入るよ?」


「いいわよ」


 入口の布が降ろされていたので、声をかけてから中を覗き込む。


「換気用の穴もふさいでるし……暑くないの?」


「まだ思ったほどではないけど、暑いわね」


 姉さんたちが入るまでは入口も開いていたうえに、テントは夜風に当たっていたおかげもあってか、姉さんの言う通り思ったほど熱はこもっていなかった。


 しかし、入口や換気用の小さい窓の布を降ろして風の通りも悪くなり、人がいるのだからこれから暑くなるのは分かりきっている。


「それならなんで入り口を閉めてたの……」


「どれくらい暑くなるのかなぁと。テントで寝ることなんてあまりないもの。アリーシアも知りたいんじゃないかなぁって」


 姉さんの言葉を聞いてアリーシアを見ると、苦笑しながら「思ってたより暑いね」と言っている。


「そりゃあ暑いだろうね……寝るときは入口も開けておくといいよ」


「でもさっき、お父さんが野営するときは閉めて寝るって」


「それは虫対策とかプライバシーのためで、すぐ動けるように冬でも開けて寝ることもあるって言ってたでしょ」


「そうだったかしら……」


「まぁ少しは閉めた方がいいかもしれないけど」


 ――姉さんは一緒に寝ることもあるから今さらだけど、アリーシアさんもいるからなぁ。寝顔を見られたくないとかもあると思うし。


 そう思いながら、少し冷たくした風をテントの中に送り込む。


「あぁ~涼しい~」


 その風を浴びながら、姉さんは気持ちよさそうにそう言うと、隣にいるアリーシアも同じように「そうだね~」と言っている。


「これで風が入るようにしてれば、そこまで暑くならないと思うよ」


「そうするわ」


「カーリーン君、ありがとう」


「それじゃあ、おやすみ」


「え~、何か話しましょうよ」


 テントから出ようと振り返った俺の服を摘まんで、姉さんがそう言ってくる。


「今日は結構動いたからかもう眠いよ……」


「むぅ~。それじゃあ仕方ないわね」


 少し残念そうな表情をしている2人に、あらためて「おやすみ」と挨拶を交わしてから、自分のテントへ戻る。


「それじゃあ、僕たちも寝ようか」


 自分たちのテントの方も魔法で涼しくし終わると、兄さんがそう言いながら横になる。


「うん。明日、アマリンゴの木見つかるかなぁ?」


 夕食後の雑談中にも、姉さんは明日は探しながら帰ると言っていたのを思い出し、兄さんにそう聞いてみる。


「うぅ~ん……僕もエルもたまにこの森にくるけど、見たことないからなぁ……」


「でも、なかったはずの場所に現れたり、あったはずの場所から消えてたりするんでしょ?」


「そうらしいね」


「見つかったら見つかったで、そのときは喜びそうだけど、次に来たらなくなってたらしょんぼりしそうだね」


「あはは。まぁエルならそこまで落ち込むことはないと思うけどね。消えるって分かってるんだし」


「それもそうかな」


 そんな話をしながら、目をつむる。


 姉さんたちも話をしているようで、内容までは聞き取れないが声は聞こえる。


 遠くでは、大人たちはまだ起きているようでそっちの声も聞こえるが、俺たちがテントに入ってからは声量を落として話しているようで、そっちも話の内容は分からない。


 ――まぁ子供たちも寝たから、母さんにとっては()()()()()()な時間って感じだろうしなぁ。そういえば、父さんの方の話を聞いたことがないな……貴族になる前はハンターや冒険者としてあちこち行ってたみたいだけど、出身はオルティエン領内らしいし……でも会ったことはないから亡くなってるのかな……まぁそのうち話してくれるか。


 自分が思ってた以上に疲れていたようで、そんな考え事をしている間に眠りに落ちた。




 若干暑さを感じて軽く意識が覚醒し、寝返りを打つ。


 ――あ~……やっぱり寝ながら【クーラー】は維持できなかったかぁ。これなら寝る前に、天井だけでも氷魔法で冷たくしておくんだったかなぁ……。


 ぼーっとする頭でそんなことを思いつつ魔法を使おうとしていると、ガサッという物音と涼しい風を感じる。


 物音がした入口の方に顔を向けると、母さんが魔法を使ってくれていた。


「……あら? 起こしちゃったかしら?」


「ううん。暑くて目が覚めただけ。寝ながら魔法の維持はできなかったよ」


「うふふ。まぁすぐにできることでもないから、落ち込むことはないわよ」


 そんな話をしながら体を起こす。


「私たちはもう少しで寝るけれど、カーリーンもまた寝る?」


「ううん。ちょっと喉が渇いたから一緒に行く」


 そう言って、隣で寝ている兄さんを起こさないように静かにテントを出て、母さんと一緒に移動する。


「あら? 起きちゃったの?」


「ちょっと暑くて……」


「ははは。まぁテントは狭いからな。部屋と違って熱がこもりやすいから仕方ない」


「そう思って、すこし換気をしに行ったのだけれど遅かったわ」


 ばあちゃんとじいちゃんの言葉に返事をしながら椅子に座ると、母さんが飲み物を出してくれた。


 いつもはリデーナがすぐに用意してくれているのだが、今は近くにいない。


 ――リデーナが母さんたちより先に休むとは思えないし、ドラードもいないな……。


「ドラードとリデーナは?」


「一応ここは自然の森の中だからな。交代で見張りをするんだが、2人は真ん中の見張りをやってくれるらしいから今は休んでるぞ」


「あ~、それもそうだね……真ん中ってことは、3回にわけるの?」


「あぁ。最初は義父上(ちちうえ)たちで、その次にドラードたち、最後に俺たちだな。真ん中は寝る時間が変に分けられて疲れやすいからと、リデーナとドラードが引き受けてくれた」


「なるほど」


 ――父さんたちは前も見張りをしてたから違和感ないけど、じいちゃんたちは貴族なのにやらせていいのだろうか……いやぁ、それを言ったら父さんたちも貴族だし、今さらなのかなぁ。


 まだ完全には覚醒しきっていない頭でそんなことを考えながら、水をひと口飲む。


「さて、俺とカレアは早朝からの見張りだから、そろそろ休むとするか」


「あぁ、そうするといい」


 父さんの言葉に、じいちゃんが頷きながらそう返す。


「カーリーンはどうする? 暑いようなら一緒に寝る?」


「ううん。兄さんと一緒に寝るよ。それにちょっと目が覚めちゃったから、もう少しじいちゃんたちといる」


「そう、わかったわ。おやすみなさい」


「おやすみ」


 両親はそう挨拶をして自分たちのテントへ向かう。


「カーリーンよ、今日はどうだった?」


「すごく楽しかったよ。泳いだときは冷たくて気持ちよかったし、魚も釣れたし。湖に入るときに母さんが使ってた魔法とか、"こんな魔法もあるんだ"って感動したよ」


「ふははは。感動か。そうかそうか」


「ふふふ。本当にカーリーンは魔法が好きねぇ」


 それからじいちゃんたちと話をしていたのだが、気がつけばリデーナとドラードが起きてきて交代の時間になっていた。


 そのままドラードたちとも話をして夜更かしをする選択肢もあったのだが、明日もあるのでじいちゃんたちと一緒にテントに戻り、寝る前にもう一度涼しくしてから眠りについた。

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