206.お風呂2
まわりの景色を眺めながら入浴できることもあってか、父さんたちは屋敷での入浴と比べると長い時間入っていた。
しかし、それは俺も同じで、もっと堪能したかった俺以外は先に上がってしまった。
――じいちゃんもあまり長風呂する人じゃないしなぁ。でも今日はいつもと違う話もしてたからか、兄さんも結構長い間入ってたなぁ。
ふうっと息を吐きながら、再度肩まで浸かりなおしつつそう思う。
「カーリーン、1人で大丈夫?」
母さんたちは元からお風呂は長いのでまだ入っており、1人になった俺を気にして声をかけてくる。
「うん、大丈夫だよ。それに、そろそろドラードもくるだろうし」
さすがにアリーシアもいるので、"こっちにきて一緒に入らないか"とは聞いてこない。
正確には母さんは聞いてこないのだが、姉さんが誘ってきており、アリーシアが恥ずかしがりながら止めているのが聞こえる。
そんな話をしていると足音が近づいてきて、壁の裏からドラードが顔を出した。
手には棒が入っているコップを2つ持っており、1つを縁に置いたあと、もう片方を俺の方に差し出す。
「……ありがとう」
風呂上がりにシャーベットを作る話をしていたので中身を察した俺は、人差し指を口元に当てているドラードに静かにお礼を言いながら受け取る。
中を見てみると、予想通りブドウジュースのシャーベットで、棒だと思っていたのはスプーンだった。
「ん~~!」
シャーベットをほぐしてひと口食べると、お風呂で温まった体にはその冷たさが心地よく、そのような声が出る。
「ははは、気持ちいいよな」
女湯の方には持っていってないからか、ドラードは"美味しいか"などとは聞かず、そう言いながら湯船につかる。
ドラードは立場的には使用人ではあるが、一緒にお風呂に入ることに気を遣うような間柄ではない。
「……ドラードとお風呂に入るのは何気に初めてだね?」
「うん? そういえばそうか?」
夏場になると魔法の稽古以外で、水魔法の練習と言って庭でドラードと水の掛け合いをすることもある。
そういうときは上半身裸でやっているときもあり、お互い見慣れているのでそう思っても仕方がないだろう。
「お湯を入れてもいいか?」
「うん、いいよ」
俺の返事をきいて、スプーンを咥えたドラードが湯溜めとの仕切りを外す。
沸騰とまではいかないが、十分熱くなっていた湯溜めのお湯は今でもかなり熱いままのようで、流れてきたお湯が広がり、温度が上がっていくのが感じられる。
「ふはぁ~。いやぁ、気持ちがいいもんだなぁ~」
程よくお湯を入れなおしたところで再び仕切りを設置し、深くお湯につかったドラードが息を吐きながらそうつぶやく。
「コレもあるしね」
俺はそう言いながら、シャーベットの入っているコップをドラードに向けると、笑いながら「そうだな」と言ってひと口食べている。
「ドラードはこういうお風呂には入ったことあるの? 父さんは昔入ったことがあるって言ってたけど」
「ん~。フェディたちと旅をする前にも入ったことはあるぞ?」
「てことは、近くに温泉があるの?」
「いや、オルティエンにはないんじゃないか? カー坊も知ってると思うが、オレはあちこち旅をしてたからなぁ。それこそ行動範囲はフェディたちより、はるかに広かったし」
「そう言えば海を渡ったとも言ってたっけ……」
「まぁな。と言ってもそんな長距離じゃないがな。なんとか遠くに見えるような距離だ」
「そうなの? って、それでも十分だと思うけど……」
「海は危険だからなぁ~。夜になるとまともに見えないし、陸ではめったに見かけないような大型のモンスターもいるし」
ドラードはそう言いながら軽く肩をすくめる。
――そういうモンスターもいるのか……前世でもクジラとか大きな海洋生物はいたけど、それらが敵意を持って襲ってくるってなると怖いな……しかも、海だから真下とか見えないところから来る可能性もあるし……。
「……オルティエンにも港町があるみたいだけど、そこにも出るの……?」
「はは。そんなヤバい奴は見たことないから、安心しろ」
「そっか……って、その言い方だと、ドラードは結構港に行ってるの?」
「まぁたまにな。食事に海の魚が出てるときもあるだろ?」
「いや、だから俺はそう言うの分からないって……ってことは、それなりに近いの? 俺は行ったことがないからさ」
「軽く買い物をするくらいなら日帰りできるような距離だな。まぁそれもあの新型の馬車を使わせてもらってるからだが。あれがないころは帰るのは暗くなってからだったなぁ」
「そうなんだ? たまに昼間はドラードを見かけない日もあるけど、そういうところに行ってたんだね」
「あぁ。なんだ? 港町が気になるか?」
「もちろん気になるよ」
「はは、まぁ許可が出れば、オレは連れていくのはいいんだが――」
「ん~。もう少し大きくなったらいいわよ~」
こっちの会話が聞こえていたようで、壁の向こうから母さんの返事が聞こえ、それを聞いたドラードは苦笑しながら肩をすくめる。
「――だ、そうだ」
――まぁまだ幼いしな……両親が出かけるのについて行くことはあるけど、町までだしなぁ。母さんがそう言うならもう少し成長するまでは我慢だな。別にすぐに行きたい理由もないし、行かせないとは言ってないわけだし。
そう思った俺は「は~い」と返事をして、シャーベットを食べる。
「そろそろ私たちは上がるけれど、カーリーンものぼせないうちに出なさいね~」
「シャーベットは冷蔵の箱に入れてあるから、リデーナに出してもらってくれ」
ドラードが壁の向こうに聞こえるようにそう言うと、姉さんとアリーシアが嬉しそうに返事を返してくる。
「カレアも言ってたが大丈夫か?」
「うん。ドラードがシャーベットを持ってきてくれたし」
女性陣の話し声が離れていったので、普通の声量でシャーベットのことを話す。
「はは、そうか。しかし、風呂に入りながらの酒とかもいいが、こういう冷たいものも本当に美味いな」
「ドラードもお酒飲むんだ?」
「ん? 普通に飲むが。まぁ夜はあまり会うことないもんなぁ」
「そう言えばそうだね……夕食後とかには会うけど、夜は厨房の方に行かないなぁ」
「オレもほとんど離れに帰ってから飲んでるからなぁ。厨房には料理用の酒しかないし」
「カーリーン様に嘘を吐くとはどういうことですか? たまに屋敷でも飲んでるでしょう」
壁の向こうの女湯側からリデーナの声が聞こえ、俺はビクッとする。
――足音とか気配とか全く感じなかった……。
「あれはつまみを作ったあと、離れに持っていくのが面倒なときとか、フェディたちと飲むときだけだ。酒は離れから持ってきてるから、厨房にないのは本当だぞ? それより見張りは?」
ドラードはさすがに気がついていたようで、何事もなかったかのように話を始めた。
「奥さまと旦那さまから、入浴してきていいと言われましたので」
「そ、そうか……」
「カーリーン様、ありがとうございます」
「う、うん」
おそらくこのお風呂を作ったことに対する感謝だろうと思いつつも、急だったので返事が少し変になってしまう。
「それじゃあ、俺はのぼせないうちに出るよ」
「おう。着替えは手伝ってやるよ。コレはあとでオレが一緒に片づけるわ」
ドラードは俺が食べ終わったコップを取って自分のと重ね、俺の着替えを手伝ってくれる。
みんなのところへ向かうと、改めて母さんやばあちゃんにお風呂が気持ちよかったと感謝されたあと、シャーベットを出してもらった。
主に姉さんがおかわりする可能性を考えていたのか多めに作っていたようで、俺はお風呂で食べたことがバレないように、自然にそれを受け取って食べた。
ドラードとリデーナも結構長い間お風呂に入っており、出てきたときに満足そうな表情をしていたので、作ってよかったと思う。
せっかくお風呂に入ったので、そのあとは体を動かすことはせず、みんなで話をして過ごした。
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