205.お風呂
湯溜めの水を温めている間に母さんとドラードに、浴槽に水を張ってそれを温めてもらうことにした。
――さすがに浴槽に入ってる時にこうやって火魔法で温めるのは危ないし、熱いかもなぁと思って湯溜めを作ったけど、温める魔法があるならそっちでもよかったかなぁ。あ~、でもいちいちその魔法を使える人に頼まなきゃいけなくなるし、湯溜めの方でよかったか。
そう思いながら母さんを見ると、ちょうどこっちを気にしていたようで目が合う。
「屋敷ではどうしてるの?」
目が合ったので何か話をしようと思い、気になったことを聞いてみた。
屋敷では自由に動き回っているが、お風呂の準備をしているところを見たことがない。
――稽古や勉強の時間があるのもそうだけど、中庭とか自分の部屋でこっそり魔法の練習をしてたりするからなぁ。
「屋敷ではこうやってお風呂の準備をしているわね。まぁ身体を洗うところのようにお湯を出す魔道具や、温める魔道具もあるけれどね。さすがにあの浴槽の量を魔道具でやろうとすると、消費も激しいし、その分劣化もするから、そういう魔法が使えるならそれに越したことはないわ」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、俺が担当している湯溜めの水が湯気を上げ、十分温まったように見える。
確認のために指先を入れると触れないほどではないが、長時間触れていようとは思えないくらい熱くなっていた。
――さすがに先に始めてたし、火の玉で直接やってたから思ったより早かったな。
そう思いながら母さんたちの方を見るとまだ温めているので、隣にいって様子を見ることにした。
母さんは浴槽の水に手を入れて魔法を使っているので、触れている方が効率がいい魔法なのかもしれない。
「どれくらいかかりそう?」
「もう少しでちょうどよくなると思うわよ」
「思ったより早いんだね」
そう言いながら浴槽の水に手を入れる。
――おぉ。たしかにすでにぬるま湯くらいにはなってる。この時期ならこれくらいでもいいかもしれないなぁ。魔法を使ってる手の周りの方が温かいのかな?
気になった俺は、水に手を入れたまま母さんに近寄って手に触れてみる。
しかし、近づいても温度に差は感じられず、母さんの手もとくに熱くなっているわけではなかった。
「うふふ。どうしたの? 魔法が気になる?」
俺に触れられてもそのまま魔法を使っていた母さんが、微笑みながらそう聞いてくる。
「手が熱くなってるのかなぁって」
「これは水に魔力を浸透させてる感じだからそんなことはないわね。まぁそうしないといけないから"生活魔法に近い"と言っても使えない人も多いんだけれど」
「なるほどね」
母さんと話していると、もうひとつの浴槽の水を温めていたドラードが声をかけてきた。
「こっちは終わったぞ~」
「早いね」
「まぁな」
「……前から思ってたけど、ドラードって魔法もかなり得意だし、武器の扱いというか物理戦闘もできるし、すごいね……」
「ははははは。褒めても何もでないぞ?」
ドラードは笑いながら、その大きな手でワシワシと撫でてくる。
「うふふ。それに料理も上手だものね」
俺たちの会話を聞いていた母さんが、からかうように笑いながらそう付け加える。
「あ~、わかったわかった。ジュースは持ってきてるから、風呂上がりにシャーベットだったか? あれを食べられるように準備してやるよ」
初めて俺が作ったときからウケはよかったが、暑い夏場だと更に美味しく感じられるのでデザートとして出ることが多くなる。
――といっても俺や姉さんが食べたいからって、食後に勝手に作ってたんだけどな……ドラードは作り方も分かってるし、母さんもシャーベットは好きだからなぁ。
呆れたように笑いながら言ったドラードの言葉を聞いて、どこか嬉しそうな表情をしている母さんを見ながらそう思う。
2つの湯船も十分に温まったところで、仕上げに仕切り用の壁を作る。
高さは2メートルほどだが、せっかくなので周りが見られるようにと、2つの浴槽を分ける壁とみんながいる机の方から見えないようにする壁だけにした。
湖の方から見ればT字に壁があるだけで、天井がないので空はもちろん、湖の方も見ながら入浴できる露天風呂が完成した。
母さんたちと一緒にみんなの所へ戻り、お風呂を作ったことを報告すると喜んでくれて、せっかく温めたお湯がぬるくならないうちに入ろうということになり、見張りのドラードとリデーナ以外が男女に分かれて入浴することになった。
「おぉ。地面もちゃんと固めたのか」
「うん。せっかくお風呂に入るのに、足が汚れるのもいやだから」
「ははは、まぁそうだな」
脱衣所として開けておいた場所を見た父さんと、そんな話をしながら服を脱ぐ。
「すごーい! 空も見えるし、お風呂もキレイ! 早く入りましょ!」
「はいはい、でもまずは体を洗ってからよ」
壁の向こうからそのような母さんと姉さんの会話が聞こえる。
一応お風呂までは想定していなかったようだが、水はあるし魔法もあるので、頭や体を洗うように洗剤や桶などは持ってきていたようだ。
「ははは。こちらも洗うとするか。カーリーンは私が手伝ってやろう」
服を脱ぎ終わったじいちゃんが、こっちをみて笑いながらそう言ってくれたのでお願いし、浴槽の近くで体を洗ってみんなで湯船につかる。
一番体の大きい父さんを基準に、3人ほどが足を伸ばして入れるくらいの大きさで作ったので、俺と兄さんはまだ子供だということもあり、4人で入っても窮屈さは感じない。
どっちが男湯にするかなどは決めていたなかったこともあり、浴槽は同じサイズで作ったので、女湯の方はもっと広々と感じでいるだろう。
「ふぅ……やっぱり気持ちがいいな」
湯船につかった父さんが、軽くのびをしながらそう言う。
「あぁ。森などで水浴びはしたことはあるが、こうやって外でゆっくりとお湯につかったのは初めてだ。いいものだな」
じいちゃんも気持ちよさそうにそう呟く。
「"やっぱり"ってことは、父さんはこういうお風呂に入ったことがあるんだ?」
「あぁ、さすがに今回みたいに作ったことはないが、旅をしてたころに温泉を見つけたことがあってな」
「温泉?」
兄さんには聞きなれない単語のようで、そう聞き返している。
――兄さんはモンスター関係の本以外も結構読んでるけど、温泉なんて単語はなかなか書かれてないだろうしなぁ……他の町のことが書かれた本にはあるかもしれないけど、移動時間やリスクを考えと気軽に行けないだろうし、そうなると読んでたとしても目にとまってない可能性もあるか。
「あぁ。地下から熱いお湯が沸き出てる場所でな。あれは気持ちがよかった。まぁ近くにモンスターもいたからゆっくりと堪能できたわけじゃないが」
「そんな場所があるんですね」
「モンスターがいたらゆっくりどころか、入ろうとすら思わんだろう……」
会話を聞いていたじいちゃんが呆れたようにつぶやく。
「まぁ強いやつじゃなかったからな。その頃にはドラードもいたし、交代で入ってたんだ」
「お前が"弱い"ではなく"強くない"って言うモンスターはだいたい、一般からすれば十分強い部類なんだがな……」
「うふふ。大丈夫よ、お父さま。ドラードと一緒に旅する前にも温泉を見つけたことがあったけれど、そのときの方が大変だったわ」
こっちの会話が聞こえていた母さんが壁の向こうからそう言ってくる。
「……何をどう大丈夫だと思えばいいのだ……」
「あぁ~……そうだなぁ。ま、まぁ何にせよ、今回の風呂は気を張らず堪能できるし、キレイに作ってあるから最高だな!」
父さんはそのときの話をじいちゃんやばあちゃんの前でしたくないようで、どこか焦ったようにそう言いつつ俺の頭をなでる。
「うふふ。そうねぇ」
母さんはそう言ったあと姉さんたちと話し始めたのでその会話は終わり、じいちゃんは何か言いたげな表情をしていたが何も言わなかった。
――まぁ多分2人で温泉に入ったんだろうしなぁ……ドラードと出会う前ってことは結婚前なわけで……そりゃあ、じいちゃんも一言くらい言いたくもなるだろうな……。
場の空気を変えるためにじいちゃんに別の話題を振り、すぐに和やかな雰囲気になったので、本気では気にしてはいなかったのだろう。
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