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186.黒髪の少女

 いくら俺が"聞き分けの良い子"と言われていても、さすがにまだ1人で出かけることはできないので、町の方へ行くときはいつも誰かと一緒である。


 今日は昼食後に、ドラードが買いものに行く話をしていたので連れて行ってもらったのだが、その帰り道で買い忘れを思い出したようで、ちょうど俺もお祈りをしたかったので今は別行動をしている。


 ――今日はイヴと話せてよかったな。まぁ時間軸が違うから、ドラードが戻ってくるまで結構待つことになりそうだけど……。


 さきにお祈りに来ていた人が席を立ち、教会から出ていったので俺も席を立つ。


 ――教会付近には居ないといけないし、また神父さんの時間があるなら話してようかなぁ。


 そう思って近くに居たシスターさんに声を掛けようとすると、編みカゴを持った黒髪の少女が教会に入ってきた。


「あ、ルナさん、こんにちは」


「こんにちは、カーリーン様。お祈りですか?」


「うん。ルナさんも?」


「私は神父さまに野菜のおすそ分けを届けにですね」


 そう言って持っているカゴに被せている布をめくり、入っている野菜を見せてくれる。


 ルナはこの教会の近くに住んでいる子で、よくお祈りにもくるので会うことが多い。


 始めの頃は緊張していたが、今では気軽に話をしてくれるようになった。


「今日はおひとりなんですか?」


 少し話をしていると、長い黒髪を揺らしてキョロキョロと教会内を見ながらルナがそう言う。


 ――兄さんや姉さんはいつも一緒ってわけじゃないけど、ここにくるときは両親か使用人が常に一緒にいたもんなぁ……ここでの待ち合わせなら心配はないとはいえ、外で俺を1人にするのってドラードくらいだよな……王都で外食したときもそうだったし……。


「いや、今日は料理人の買い出しについてきたんだけど、買い忘れがあったらしくてね。その間にお祈りしてたんだよ」


「なるほど。そうだったんですね」


 隠す必要もないので素直に答えると、ルナはそう言って微笑む。


「ルナさんの時間があるなら少し話さない? まだその料理人が戻ってくるまで時間がかかりそうでさ……」


「は、はい! 私でよければ。あ、先に野菜を届けてきますね」


「うん。入り口で待ってるね」


 邪魔にならないように外にあるベンチに座って待っていると、ルナはすぐに出てきた。


「は、早かったね?」


「はい。今は神父さまもお忙しいようで、シスターさんにお渡ししただけですので」


「そっか。待ってる間は神父さんと話そうかなぁって思ってたから、ルナさんの時間があるようでよかったよ」


 苦笑しながらそう言うと、ルナは「よかったです」と言って笑う。


 ――さて、誘ったのはいいけど何を話そうかな。


 そう考えていると、ルナの方から口を開いた。


「そういえば最近まで王都に行ってたんですよね?」


 領主一家が約1か月の間不在となるので、知らせがなくともそれだけ時間があれば領民の耳には入るだろうし、この町は領都なので行き帰りのときに見た人も多く、知っていても不思議ではない。


 内容としてちょうどいいので、「そうだね」といって王都に行ったことを話すことにした。


「片道1週間もかかるんですね」


「これでも半分近くまで早く移動できるようになったからで、普通の馬車とかだと2週間くらいかかるらしいよ」


「そうなんですね」


「ルナさんは王都に行ってみたいとか思う?」


「うぅ~ん……その移動時間を聞いてしまうと、危なそうだし、すごく疲れちゃいそうなので……」


 ルナは苦笑しながらそう言う。


 ――これが普通の人の反応かな? まぁたしかに移動だけで1週間かかるからなぁ。今回は初めてだったから何もかもが新鮮で楽しめたけど、これが何回もってなるとさすがに飽きちゃいそうだし……それに今回は両親もいたから万が一襲われても対処できただろうし、そのあたりの不安はなかったっていうのも大きいか。


 そのあと王都に着いてからのことを少し話していると、シスターさんが外に出てきた。


「そんなにお話して喉が渇きませんか?」


 シスターさんは微笑みながらそう言い、俺とルナに果実水の入ったコップを渡してくれる。


「ありがとうございます」


「いえいえ、ドラードさんのお迎えはもう少しかかるでしょうし。そういえばカーリーン様、王都はどうでしたか?」


 シスターさんは俺たちが外で話をしていることには気がついていたが、内容までは聞き取れていなかったのかそう聞いてくる。


「今ちょうどその話をしてたんだけど、すごく楽しかったよ」


「それはよかったです。実は王都の教会に親戚のものがおりまして。教会へは行かれましたか?」


「あー……それが色々予定があって、向こうでは行けなかったんだよね……」


「あら、そうでしたか。まぁ滞在期間も長くないでしょうしね。あちらの大聖堂は誠に荘厳で、ご神像の間はとくに神々しく、信仰心を深めてくださいますよ。また王都へ行く機会があれば是非ご覧になって下さい」


 ――そっか、ここの教会だと神像は3つだけど、王都とかになると教会自体も大きくなって、祀られてる神様も多くなるだろうしなぁ。いつか行ってみたいな。


 シスターさんは他に仕事があるようで、少しだけ話をしたあと教会へ戻っていった。


 いただいた果実水はわずかに冷えていて、徐々に暑くなってきている今の季節の屋外で飲むにはちょうどよく、それを飲みながらルナとの話を再開する。


「それにしてもドラードはいったいどこまで買い物に行ったんだろ……」


 王都での話はかいつまんでしていたとはいえ、それがひと段落したにもかかわらず、いまだに姿が見えないのでそうつぶやく。


「ルナさんは時間とか大丈夫?」


「はい。今日はもう私は手伝いとかも終わっているので、大丈夫ですよ」


「そういえばルナさんの家って農家なんだっけ?」


「はい。さっき神父様に届けるように持ってきた野菜も、うちで採れたものです」


「あ、そうなんだ。うちの使用人がお世話してる畑を見たことがあるけど、これからの時期は水やりも大変そうだね……」


「そうですねぇ。でもお姉ちゃんが水魔法が得意なので、あまり変わらないって両親は言ってました」


「そうなんだ? ルナさんも魔法で水やりを手伝ってるの?」


「いえ、私は手作業ですね。といっても水やりはお姉ちゃんがほとんどやるので、私は近場のを少しするだけですが」


 ルナはそう言って苦笑する。


「それでもちゃんと手伝いしてるから偉いよ。それにルナさんのお姉さんもね」


「ありがとうございます。お姉ちゃんは魔法が得意ですごいんですよ。うちの畑に水やりをするだけじゃなくて、家にある生活水タンクにも補充してくれますし、お隣さんの畑まで手伝ったりしてるんですよ!」


 ――前にルナさんのお姉さんはシスコン気質があるかなぁとか思ったけど、ルナさんもお姉さんが大好きなんだな。


 どこか誇らしげにお姉さんの話をするルナを見てそう思っていると、女の子の声が聞こえた。


「ルナ、やっぱりここにいた」


 声のした方を見ると、そこにはルナと同じキレイな長い黒髪の少女が立っていた。


 ちょうど今話をしていたルナのお姉さんと思わしき少女は、うなじあたりで2つに分けて縛っている髪を揺らしながら近づいてくる。


「あ、お姉ちゃん」


 俺の予想は当たっていたらしく、その少女はルナのお姉さんだったようで、ルナが嬉しそうにそう言う。


 ――キレイな黒髪は同じだけど、ルナさんは優しそうな雰囲気で、お姉さんは凛としている雰囲気だなぁ。年齢的には兄さんと同じくらいか? ルナさんが姉さんと同い年だし。


 そう思いながら見ていると目が合ったので、反射的に会釈をするとルナのお姉さんも同じように返してくれた。

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