157.内緒話
書類に目を通しているじいちゃんの服を軽く引っ張って声をかける。
「ねぇ、じいちゃん、ちょっといい?」
「うん? どうした?」
じいちゃんに書類を渡した職員さんは今はおらず、大伯父さんは兄さんと一緒に別の魔馬の所にいっているので、俺の近くにはじいちゃんしかいない。
「話したいこと、というか伝えたいことがあるんだけど……」
一応他の人に聞こえないように小声で話すと、じいちゃんは聞き取りやすいようにしゃがんでくれる。
「なんだ? そんな小声で。内緒の話か?」
じいちゃんからすれば、孫が内緒話をしたそうにしているからなのか、微笑みながら耳を傾けてくれるが、俺としては内容が内容なだけに緊張している。
「えっとね……なんか、俺はシロの言ってることが分かるみたいなんだ……」
「うん?」
唐突にそのようなことを言われたじいちゃんは、微笑んだまま少し眉間にしわを寄せて固まる。
――うん、俺自身突拍子もないことを言ってる自覚はあるもん、そんな表情になるのも分かるよ……。
「それは……テイマーたちのように、ちゃんとした意思疎通ができるということか?」
「テイマーがどんな感じなのか知らないけど、俺はシロの言葉が分かって、シロも俺の言葉が分かるから会話ができるって感じだよ」
「……今までもテイマーを呼んで試したことはあるが、うまく意思疎通ができたことはないのだが……しかし、カーリーンがそういう嘘を言うとは思えん……」
じいちゃんは、俺の"見る力"や普段の言動を考慮して信じようとしてくれているみたいだが、さすがにすぐには受け入れられないようで、眉間のしわをさらに深くして考え込んでしまう。
「……シロが言うには、魔馬はモンスター寄りだからか、普通のテイマーだと言葉が通じなかったみたい」
「な、なるほど……」
俺の言葉を聞いて、じいちゃんは驚きつつも納得したように頷いたが、再び何かを考えているような仕草で黙り込んでしまう。
「ねぇ、シロ。じいちゃんに信じてもらえるように、何か俺が知らないはずの情報ってない?」
『うぅ~ん、そうだね~……あ、その君のおじいさんとあっちの一緒に来てる顔の似てる人、魔馬を引き取るときに同じ子を気に入ってケンカしてたよ』
――それは初耳だ……じいちゃんのところの魔馬は他と比べて力強いみたいだから、大伯父さんも欲しかったんだろうけど、兄弟喧嘩なんてしてたのか……。
「えー、あー……じいちゃん?」
「なんだ?」
「魔馬を引き取るって話のときに、大伯父さんとケンカしたの?」
俺がシロから聞いたことをそのまま伝えると、じいちゃんは驚いた表情で一瞬固まる。
「……ケンカと言えるほどではないが……兄上から聞いたのか――いや、ずっと一緒に行動してたが、そんな様子はなかったか……となると書斎で私が来る前に聞いたのか?」
「いや、シロから聞いたんだけど……」
その話は納得させるには弱かったらしく、俺は急いでシロに他にないか聞いてみる。
『うぅ~ん……それじゃあ、私に何かするように言ってみてよ』
「え、それくらいなら他の魔馬でもできるんじゃ……」
『いや、さっきも言ったとおりテイマーですら私たちと言葉は通じないし、いくら賢いといっても自分の名前をすぐに覚えられたり、"ついてこい"や"止まれ"とかの簡単な命令が分かる程度で、"イエスなら頷く"とか、"あっちとこっちを経由して戻る"みたいな言葉は理解できないんだよ。まぁ後者は訓練次第で覚えさせることはできるけど、やっぱり言葉だけで1発でその通りに行動させることはできないね』
「なるほど……うん? でもそれだとシロが俺の言う通りの動きをしたところで、シロが人の言葉を理解してるってことしか分からなくない……?」
『あ、たしかにそうだね……うぅ~ん……君が絶対知らなさそうなことねぇ……』
シロがそう言って悩みつつ色々言ってくるので、「それは本に書いてそう」とか「父さんなら知ってそう」などと、絶対に知らない情報を言って信じてもらえるように相談する。
「……さきほどからシロに話しかけているようだが……本当に言葉が分かるのか?」
ちょうどいい話が聞けたところでじいちゃんが話しかけてきたので、シロに教えてもらったことを話しみる。
「うん。えぇっとシロの話だと、"イチ"は胃袋が小さ目だからあんまりご飯を食べないとか、"サン"はそろそろ元気になるよーとか。あとは昨日来た研究員さんが言ってた"イーゴ"も、今は弱ってるように見えるけど、徐々に元気になるはずだよとか言ってるね」
「なっ……ここの魔馬たちの仮名はともかく、今はここにいない他の魔馬の情報まで……さすがにそれらはカーリーンは知らないはず……」
「これで俺の言ってることが本当だって信じてくれる?」
「あ、あぁ……ここまで疑うつもりはなかったのだが、さすがにな……本当にシロの言葉が分かるのだな……」
「うん。シロも色々教えてくれてありがとう」
『ううん。他の子たちのためでもあるからね。それでもお礼をと言うなら、もっと撫でて』
シロにそう言われたので、優しく頭を撫でてあげる。
「……まぁ、カーリーンがシロと意思疎通できるということは理解した……それで、何を伝えたいのだ?」
じいちゃんが受け入れてくれたので、本題に入る。
内容は、魔馬は食べ物から魔力を取り込んで、それをエネルギーとして活動していること。
この馬房にいる魔馬たちは魔力をうまく取り込めず、魔力不足による空腹状態だから元気がないこと。
そして、魔力を流してあげることでそれを取り込み、元気になる可能性があることを伝えた。
「なんと……たしかにその可能性はあったから研究自体はされていた。しかし、それが原因だという確証が得られなかったのだ」
「人と同じように魔力の相性もあるし、そもそもうまく魔力を取り込めなくて今の状態になってるんだから、効果がないように見えても仕方ないらしいよ」
「ふむ、たしかにそれなら納得だ……」
「シロから聞いたんだけど、前に魔力を流してみたこともあるんだよね? そのときはどうだったの?」
「そのときの研究では、魔力を流して徐々に元気になる個体もいれば、何もしなくても元気になる個体もいる。逆に流して体調不良になる個体もいたから、判断がつかなかったようなのだ……」
――まぁシロみたいに魔力摂取のコツをつかんでいれば、流せばすぐに元気になるだろうけど、それが出来ない魔馬たちなんだもんなぁ。徐々にコツをつかんでいけば、魔力を流されなくても普通に生きていけるみたいだし、そうじゃない魔馬は魔力を流されたところで摂取できないから、結果として体調が悪くなったんだろう……。
「"研究はされていた"って過去形だったけど、今はしてないの?」
「あぁ、今はその方法の研究はしていない。魔力を流さなくても元気になる個体がいるのに、流して体調を崩す個体が出るとなると、正しい治療法とは思われないからな……だから別の方法で治療できないかとそっちの研究を進めているのだ。この国にも研究者はそれなりにいるがそれ以上に研究対象が多くて、ここにはそこまで人数がいないというのもあるが……」
――魔馬だけの研究ってなると人数も減るのは仕方ない。それにイチかバチかでやるよりは、他の有効そうな方法を探す方がいいだろうしな。
「しかし……これらの情報をどう伝えるか……とりあえず兄上には相談したほうがいいか……小声で話しかけてきたということは、カーリーンは内緒にしたかったのだろうが、かまわないか?」
「うん。大伯父さんになら大丈夫だよ」
このままだと、研究員さんたちの前で同じことをして厄介ごとに巻き込まれそうな気がしたので、どうにかそれを回避するために大伯父さんにも話すことを承諾すると、じいちゃんはすぐに大伯父さんを呼びに行った。
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