154.飼育場
目の前の建物が管理棟らしく、入口には職員さんらしき人が1人待っていた。
「ようこそお越しくださりました陛下、ヒオレス様」
その職員さんは俺たちが近づくと、そう言って手を胸に当てて頭を下げる。
――敬礼じゃないってことは、この人は軍部とか騎士団の人じゃないのかな? まぁ飼育場の職員さんみたいだし、普通の飼育員とか研究員とかがいても不思議ではないか。
制服というよりは作業着のような服装の男性を見てそう思っていると、目が合った。
「報告は受けております。オルティエン家のご令息様方も、ようこそお越しくださりました」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、今日はよろしくお願いします」
職員さんが微笑んで挨拶をしてくれたので、兄さんの言葉のあとに「よろしくおねがいします」と続く。
その様子をじいちゃんたちに微笑ましく見られたあと、一緒に応接室のような部屋に通された。
この施設にはメイドさんのような使用人はいないようで、お茶を用意してくれた女性も作業着を着ていた。
「少々時間がかかると思いますので、こちらもどうぞ」
そう言って茶請けに出されていた焼き菓子の他に、兄さんと俺の前にパンケーキが乗ったお皿を置いてくれたのでお礼を言う。
パンケーキに乗ったバターが程よく溶けていい匂いがし、オヤツの時間にちょうどよかったこともあり、かなり食欲をそそられる。
「おいしそう。ここには厨房とかもあるの?」
できたてのパンケーキを見て、飼育場なのにそういう設備があるのかと気になって聞いてみた。
「あぁ、ここは王都からそこまで離れているわけではないが、近くに訓練場もあってな。その訓練場を使っている者たちや、警邏をしている団員が食事を取れるようにと、ここには食堂もあるのだ」
「なるほど……って、訓練場は壁の中にはないの?」
「いや、王都の中にもあるがそちらは剣術や肉体系、小規模の魔法の訓練場だな。魔法や武技は威力もそうだが、ものによっては広範囲のものもあるからそれらは外でやっているのだ」
――あー、そっか……対策はされてるだろうけど、王都内で爆発音とか聞こえたら大変だろうしな……。
「あ、あの。僕たちはここで話を聞いていてもいいのでしょうか?」
――たしかに……言われるがままに一緒に来たけど、俺たちが聞いていい話なのだろうか……じいちゃんは馬車関係とか色々やってるからまだ分かるけど、わざわざ先王陛下まで来る状況だもんな……。
兄さんの質問を聞いて、俺もパンケーキを食べようとしていた手を止めて反応を待つ。
「ははは、大丈夫だぞ。今日はそんな機密情報的なことを話し合うことはない。ちょっとした事情がある個体たちの確認などをする程度なのだ」
「だからこそ私もおまえたちを誘ったわけだしな。こちらの用事が終わったあとに、放牧場や馬房を案内してやろうと思ってな」
「なるほど。分かりました」
大伯父さんたちの言葉を聞いて、兄さんはホッとした表情に変わる。
「ちょっとした事情?」
「ん……あぁ……なんというか、弱っている個体の様子見だな……」
俺の質問にじいちゃんは少し悩んだ末、困ったような表情で答えてくれる。
「それは、もうすぐ死んじゃいそうってことですか?」
「いや、今日様子を見るのも弱っている個体ではあるが、"比較的元気がない"と思われる程度だ。それにその状態から普通に成長する個体は多い。だから何が違うのかという研究をしていて、その報告と視察だな」
「……僕たちも同行させてもらっていいですか?」
知識欲が旺盛な兄さんは最初こそ不安そうに聞いていたが、じいちゃんから様子を聞いて少し安心したあと、真剣な表情で職員さんを見てそう言う。
「弱っているとはいえ、病気などではないのは確認済みなので、そこは心配ありませんが……」
「ふむ……まぁライやカーリーンであれは邪魔はしないだろうし、いいだろう」
「よいのですか? 弱っている姿を子供に見せても……」
「あぁ。この子たちはオルティエン家の子たちだからな。モンスターの存在が近い分、そういう状態の動物を見る機会も多い。それよりひどいのもな。それに今日見るところにいるのは、走らなくなった程度のものたちだろう? それなら大人しい馬と変わらんからな」
――たしかに兄さんたちは屋敷の前の森で動物を狩ったりもしてるし、耐性はあるだろうなぁ……俺は俺でドラードがそういう獲物を絞めてるところを見たことがあるし……。
「たしかにそうですね……失礼しました。それでは、一緒に案内しましょう」
「ありがとうございます」
「まぁすぐに移動するわけじゃないから、ゆっくりと食べてなさい」
「はい」
じいちゃんはそう言うと渡された書類に目を通し始めたので、俺たちは邪魔にならないように大人しくパンケーキを頂いた。
昼食のことを考えてくれていたのか、そこまで大きなパンケーキではなかったこともあり、食べ終わる頃には報告なども終わっていたので、移動することになった。
たまに食べている姿を微笑ましく見られていたので、俺たちの食べるペースに合わせて話を進めてた可能性もあるが。
管理棟と呼ばれていた建物から出ると、敷地内に入ったときに見えた、他の馬房と比べるとこぢんまりとした建物に案内された。
「こちらです」
一緒に移動していた職員さんがそう言いながらドアを開けてくれたので、みんなで中に入った。
独特の臭さがあると思って覚悟して入ったのだが、そういう匂いは気にならず、むしろ藁などのいい匂いがかすかに感じられる。
「思っていたより、匂いは無いんですね」
兄さんも同じように感じたようでそう言っている。
「こちらには換気用の魔道具も設置してありますし、病気じゃないと分かっていても、普通の個体より弱っているので清潔に保たれるように心がけているのですよ」
職員さんはそう言いながら奥へ向かっていくので、そのあとを俺たちもついて行く。
検診や万が一病気の場合に隔離するようなのか分からないが、1頭分ほどのサイズの小部屋を何個か通り過ぎると、広い空間に出た。
そこには5頭ほどの馬がそれぞれの柵の中に入っており、パっと見ただけでは普通の馬と変わらないと思う。
「この魔馬たちが弱っている個体ですか?」
「あぁ、そうだ」
「さっき言ってた通り、そこまで弱ってる感じはしないね?」
「はははは。まぁそうだな。だが、まだあまり教育のできていない若い魔馬は、本来であればもっと落ち着きがないものなのだ」
――ここは飼育場だもんな……この建物にいる魔馬たちはきっちり躾けられているみたいに大人しいけど、実際この魔馬たちの年齢ならもっと暴れるのか……というかすでに大人なんじゃないかと思うような大きさに見えるけど、魔馬だもんな……。
そう思いながら1匹1匹見ていると、黒っぽい色合いの中に1匹だけ白い魔馬がいた。
「白い毛並みの魔馬もいるんだね?」
「あぁ、極稀に生まれるやつだな。基本的には黒っぽい色合いばかりだ」
「この子も大人しいけど……まだ若いからこれから元気になる可能性もあるんだよね?」
「どうでしょうか……この子はこの建物に来てからもう2年半ほどになるので、魔馬の中ではもうとっくに大人と言ってもいい年齢なのですよ」
白い魔馬は他の個体より一回り小さく、若い個体なのだと推測したのだがそうではないらしい。
「生まれて1年ほどで大人と言っていいほどに成長し、自ら活発に動かなくなったら1週間ほどで死ぬ、でしたっけ」
兄さんがそう言うと、じいちゃんが満足そうに頷きながら「あぁ、よく覚えていたな」と褒める。
「大人で元気がないこの子は、このまま死んじゃうかもしれないってこと?」
「我々もそう思っていたのですが……元気がないのはたしかなのですが、食欲等は普通にあり、走ることはしませんが散歩に出るくらいには元気なので、こちらで様子を見ているという感じなのですよ」
職員さんは困ったように白い魔馬を見ながら、現状を説明してくれる。
――魔馬の生態を知ってると、走ることをしなくなったらそりゃあ不安にもなるよなぁ。この白い毛並みは珍しいって言ってたし、特殊個体なんだろうけど……。
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