151.書斎での結末
今まで静かにしていたシドが、苦笑しながら口を開いた。
「いやはや……本気を出したのですが、ダメでしたか」
「で、でもこの部屋には魔法が発動しにくくなる魔道具もあるし……」
「いいえ。この手の魔道具の影響を受けるようであれば、陛下の護衛としては失格なのですよ」
――そりゃそうか……あくまで"発動しにくくなる"程度の、念のためのものって感じらしいし、俺でも威力が弱くなったとはいえ魔法が使えたんだもんな。本職が普段通りに使えないなんてことは無いか……。
「それに、あのロレイナート殿の魔法を見破れるような才能をお持ちであれば、納得もいくというものです」
「ロレイってそんなすごかったんだ……」
「えぇ、それはもう」
シドの表情は先ほどとは違い、納得したように微笑みながらそう答える。
「ロレイの変装魔法を見破ったということは、知っているだろうから話すが、魔法技術に長けているものが多いエルフ族の中でもロレイはかなり優秀でな。特に変装や幻術系の魔法技術は、類まれなる才能と言われているほどだ」
――そういえばリデーナもそんなこと言ってたな……高等魔法なんて見たことないから全然実感がわかないけど、じいちゃんやシドさんがここまで言うんだから相当なんだろうな……。
「それを見破れるカーリーンも、特別な能力を持っていることを誇るといいぞ」
じいちゃんが微笑んでそう言ってくれるが、俺は結構複雑な気持ちだった。
――まさか"先王陛下の護衛"というトップクラスの隠密魔法まで見えてしまうとは思わなかったが……常に見えるわけじゃないとはいえ、トラブルに巻き込まれそうで不安だな……いや、そもそも今回のこれもトラブルといえばトラブルか……。
俺がそんなことを考えていると、じいちゃんがことの経緯を母さんたちに話す。
今回は事情があったとはいえ、"さすがに怒られるだろうな"と覚悟を決めて話が終わるのを待つ。
「――そんなことがあったのね。ふふふ。私も幼いころ、よく伯父さまにそうやっていたずらされたものだわ」
母さんは懐かしむようにそう言って、笑いながら俺の頭を優しくなでる。
「怒らないの……?」
「この部屋でも魔法が使えたこともそうだけど、シドおじさまの魔法を見破れたなんてすごいことだし、私は嬉しいわよ。ちゃんと謝っているようだから、反省もしているでしょう?」
「それはそうだけど……でも魔法を……」
「ふふ、大丈夫よ。シドおじさまもいるから、本当に危なそうだったら対処できるし、そもそも伯父さまも魔法が使えるのだから、そうそう怪我なんてしないわよ」
――たしかに俺みたいな子供ですら危なそうな魔法が使える世界だもんな……対処法も色々あるだろうし、大伯父さんとかが身に着けてる魔道具は、そういう事態への対策のものもあるだろうしな……。
大伯父さんはもちろん、護衛のシドやじいちゃんたちが身に着けている腕輪などが魔道具だということが分かっていたのでそう思う。
「あぁ、だから不安になることは無いぞ。さっきはちょっと考え込んでしまったが……その能力が後天的なものであれば対策を考えねばと思っていたが、稽古をつけていたカレアですら見えないのであれば、年齢を考えても先天的な能力なのだろうしな」
「そのような生まれ持った特殊能力となるとそもそもの数が極端に減るから、対策の意味が薄いというものあるが、検証自体もしにくくなる。それにさきほどカレアが言ったように"見えるだけ"なら、その後の行動の対処法はいくらでもあるからな」
じいちゃんと大伯父さんが安心させるような笑みでそう説明してくれるので、俺もホッと息を吐く。
「まぁ、そのうち機会があれば、王城の中を見てもらいたいものだがな」
「そ、それはスパイがいるかもしれないから、見つけろってこと……?」
――たしかにこの能力があれば、そういう間者を見つけることはできそうだけど……なかなかに責任が重すぎるんだが?
「ふははは、冗談だ。隣国とは友好関係を築けておるし、なんならスパイというわけではないが、他国の王の息のかかったものはいるからな」
俺が再び不安に思っていると、大伯父さんは愉快そうに笑いながらそう説明する。
「それは……いいの?」
「先ほども言ったが、隣国とは友好関係を築けておるからな。万が一何かあった際に、こちらから救援要請をだすか迷っている間に、あちらから来ることもあるだろう」
「それは……恩の押し売りというか、自国だけで対処できたことなのに、謝礼とかで損することになったりしない?」
――"勝手にしたことだから謝礼は出せない"とか、友好国相手に言えるわけもないだろうし……。
そう思って言った俺の言葉を聞いて、大伯父さんとシドは目を見開いて驚いている。
「ヒオレスから聞いてはいたが、本当に賢いな……まぁそのあたりはちゃんと協定が結ばれておるから心配はない。それに他国の人を受け入れているように、こちらからも送っておるからな」
「お互いを抑制し合って、国家間のバランスを取ってるんだね」
「う、うむ……まぁそんなところだ」
最後は少し濁された感があるので、実際は少し違うのかもしれないなと思う。
いまさらではあるが、政治関係に首を突っ込んでも俺からすれば面倒なことにしかならないので、これ以上は何も聞かなかった。
――まぁさすがにちゃんとしてるよね。少なくともこの国はモンスターの危険性はあっても、国同士の争いは皆無と言っていいほど平和みたいだし。いや、国を亡ぼすようなモンスターもいるわけだし、そういう共通の敵がいるからこそなのかな?
そう考えていると、じいちゃんが口を開いた。
「さて、あまり時間はないだろうし、エルのドレス姿を見に行くか。兄上はどうする?」
「私も会っておこう。私はパーティーに顔を出さないから、せっかくの機会だしな」
そう言って席を立ったので、みんなで移動することになった。
「それにしても、シドおじさまの魔法まで見破るなんで本当にすごいわ」
母さんが俺を抱き上げながら、あらためて嬉しそうに言ってくる。
「……大伯父さんが先王陛下だって教えてくれてても良かったのに……」
ことの発端は、じいちゃんと見分けがつかない人物がいたことが原因で、あらかじめ知っていればこうはならなかった可能性もあるので、すこし拗ねたような口調で母さんに文句を言う。
「あら? カーリーンには言ってなかったかしら……」
「聞いてないよ……"失礼の無いように"って注意はされたけど。じいちゃんの兄なんだから地位はあるだろうし、そこは当然かなぁって思ってた程度だよ……」
「そうだったのね。エルと一緒にいることが多いし、とくに勉強するときはエルより知ってることが多いことがあるくらいだから、教えてた気でいたわ。ごめんなさいね」
母さんが困ったように笑いながらそう言ってくる。
「ううん。さすがに驚いたけど……」
――何か大きな実害があったわけじゃないしな……歴史の勉強以外だったら、たしかに姉さんより知っていることが多いし、そう思われてても不思議じゃないもんなぁ……。
「姉弟仲はいいのだな」
「えぇ。3人ともとても仲が良いわ。それに勉強もそうだけど、稽古も進んでやるくらい頑張っているわ」
「魔法はその子を見れば分かるが、剣の方もか?」
「えぇ。この子は剣の方はまだだけれど、上の2人は魔法よりそっちの方に力を入れているくらいだわ」
「ふははは。まぁフェデリーゴの子でもあるしな」
大伯父さんが愉快そうにそう笑うと、母さんは嬉しそうに「えぇ」と答える。
そんな他愛もない話をしながら、その父さんたちがいるリビングへと向かった。
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