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150.正体

 居心地の悪い沈黙が続くなか黙って座っていると、ドアがノックされたあとばあちゃんの声がして、その重苦しい空気を打ち破ってくれた。


「ヘリシアです。まだこちらにおられますか?」


「あ、あぁ、入っていいぞ」


 じいちゃんが許可を出すとゆっくりと入って来て、大伯父さんをみて口を開く。


「陛下がお越しになったと報告を受けまして」


 ――……え、陛下……? へいかって陛下? あの陛下!? え、王様!?


「もう王位は継いだのだ、そろそろ昔のように名前で呼んではくれんのか?」


 ――そういえばルアードで先王陛下は双子だって話を聞いたな……そして、母さんはその先王陛下の弟の現状についても詳しかったけど、じいちゃんのことなんだから詳しくて当たり前か……。


 そんなことを考えながら、大伯父さんに対しての発言や行動を振り返り、再び嫌な汗が一気に噴き出るのを感じる。


「孫の前ですから、ある程度はきちんとしなければ――」


「せ、先王陛下とは知らなかったとはいえ、数々の無礼、お詫び申し上げます!」


 衝撃の事実を知ってテンパった俺は、席を立って片膝をつき、頭を下げてそう叫んだ。


 少しの間沈黙が流れ、じいちゃんが焦ったように口を開く。


「カ、カーリーン、大丈夫だぞ。兄上は今回のことでおまえを責めるようなことは無い。自業自得なのだからな」


「で、でも、直接じゃないとはいえ、魔法を撃っちゃったし、言葉づかいも……」


 顔をあげてみると、ばあちゃんも大伯父さんもポカンとした表情で俺を見ている。


「カーリーンはまだそのあたりの勉強はまだでしょう? だったら陛下のお名前やお顔を知らなくてもおかしくないわ。それにお爺ちゃんもこう言ってるってことは、陛下がなにかやったのでしょう?」


 我に返ったばあちゃんが、俺のそばに来て優しく微笑みながらそう言ってくれる。


「ま、まぁそうなんだが……それにしても……まだ3歳だったか? ライニクスもそうだったが、しっかりしているな」


「兄には会ったことがあるのですか?」


「あぁ、お披露目パーティーで王都に来たときにな」


「そうだったんですね……そういう話も聞いておらず……」


「……今回のように驚いた顔が見たくて、口止めしたからな……」


 大伯父さんは気まずそうに視線をそらしながらそう言う。


「そういうことだ、カーリーンは何も気にすることは無い」


「あぁ、むしろ、先ほどのように"大伯父さん"と慕ってくれる方が、私としては嬉しいぞ」


 俺が年齢にそぐわない反応をしたせいか、心配そうな表情でそう言ってくれる。


「公の場でのことは、これから学んでいけばいいのだから、陛下もこうおっしゃってますし、今はそうしてあげなさい」


「う、うん……」


 俺はそう返事をすると、ばあちゃんに手を引かれて一緒にソファーに座る。


「……それで、カーリーンが魔法を撃ったと言っていたけれど、陛下は何をしたのですか? この子がむやみにそのようなことをするとは思えないのですが?」


 ばあちゃんにそう聞かれて、再び気まずそうな表情になった大伯父さんは、俺が魔法を使った経緯を説明する。


 説明が終わるとばあちゃんは、呆れたような表情でため息を吐いて口を開いた。


「もう少しやり方があったでしょうに……せめて、この子に"だれ?"と聞かれた時点でバラしてしまえばよかったでしょう」


「魔法が使えることは聞いていたが、まさかこの部屋でも使えるとは思わず……結果、使わせてしまったことでも不安にさせてしまったな……あらためて、すまなかった」


「い、いえ……」


「まぁライは兄上が口止めしていたとはいえ、私たちも説明するのを忘れていたしな……カーリーンがお披露目パーティーに来るときには紹介しようと思っていたのだが、今回は急なことだったからな……驚かせてすまなかったな」


「う、うん。本当に驚いたけど、もう大丈夫だよ」


 じいちゃんも申し訳なさそうに言ってくるので、そう言って安心させる。


「姉さんは知ってるの?」


「あぁ、エルはこっちに来てから教えてもらっているはずだ。まだ会ったことはないだろうが」


 ――なるほどね……勉強は基本的に同じ時間にやるから、俺が知らないなら姉さんも知らないのではないかと思ったけど、こっちに来てから別行動する時間も多かったから、そこで教えてもらってたのか……。


「そういえば、今日はシドもいるのね? ここには使用人をつけてなかったから給仕をしていたのかしら?」


「あぁー……その件も話しておかなくてはな……」


 じいちゃんは、シドと呼ばれた陰の護衛をチラっと見てそう言う。


「どうやら、その子はシドの隠密魔法を見破れるようなのだ……」


「まぁ! カーリーンは目がいいですものねぇ」


 どう話そうかと悩んでいる風なじいちゃんの代わりに大伯父さんがそう言うと、ばあちゃんは嬉しそうな声をあげる。


「ヘリシアも同じ意見なのだな……そこでだ。魔法の素質のあるおまえと、この子、あとカレアを呼んできて、もう一度確認したいのだ」


「わかりました、すぐに呼んでまいります」


 ばあちゃんはそう言うと席を立ち、部屋を出て行くと同時に、シドは隠密魔法を使い姿を消す。


「……やっぱり見えるのってマズイ……?」


「いや、気にしなくてもいいぞ。むしろカレアでも分からないようであれば、その能力を誇ればいい」


 大伯父さんは微笑みながらそう言って、俺を安心させてくれる。


 母さんを呼びに行ったばあちゃんはすぐに帰ってきて、ドアが開く。


「失礼します。伯父さま、お久しぶりです」


「あぁ、本当に久しぶりだな。おまえは変わってないなぁ」


 大伯父さんは母さんを見て笑いながらそう言う。


「カーリーンがなかなか戻ってこないと思ったら、伯父さまにつかまっていたのね」


「ま、まぁそうだな……」


――ばあちゃんの言い方もそうだったけど、先王陛下とはいえ、少なくとも身内だけのときはかなりフレンドリーな感じなんだな。


「それでだ。カーリーンとヘリシアは知っているからおまえにも言うが、今この部屋にはシドも来ておる。どこにいるか分かるか?」


「まぁ! シドおじさまも来ていらっしゃるのね。でもシドおじさまの隠密を見破るなんて私には……あ、カーリーンは見えちゃったのね?」


「そういうことだ……」


「まぁ、カーリーンはロレイの魔法も見破るからねぇ」


「なに!? 変装を見破られたのはリデーナのことではないのか!?」


 母さんの言葉に、じいちゃんが驚いて声をあげる。


「えぇ、リデーナのピアスもそうだけど、ロレイの魔法も見破ってるわよ?」


 ロレイが魔法技術に長け、変装魔法を使っていることを知っているじいちゃんたちは、驚愕の表情で俺を見る。


「なんと……ははは。それはシドの魔法を見破れても不思議ではないな」


 大伯父さんは諦めたように笑いながら背もたれに深くよりかかる。


 ――大伯父さんもロレイの事は知ってるよな……そのうえでそんな評価をするなんて、ロレイの魔法技術はそんな高いものなのか。


 そう驚いていると、大伯父さんが母さんにシドの場所が分かるか聞いている。


「んー……分からないわ……」


「そうか……ちなみにカーリーンは今の状態で分かるか?」


 母さんが答えたあと俺にも聞いてきたので部屋を見回して確認すると、大伯父さんのうしろにチラっと魔力が見えた。


 ――発動した後も一定周期で魔力を消費するタイプなのかな? 後ろの風景を前に投影するときの更新のタイミングとか?


 などと魔法のことを考えつつ答えると、「正解です」と言いながら、再び隠密魔法を解いたシドが姿を現す。


「すごいわ! カーリーン」


 母さんにそう褒められている様子を、じいちゃんたちは"認めるしかないな"といった風に微笑んで見ていた。

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