122.返事待ち
母さんに頭を洗ってもらったあと湯船につかり、ホゥッと息を吐く。
道中で宿に泊まる時もお風呂がある宿に泊まっていたのだが、大浴場ではなく各部屋にある1人用のお風呂だった。
この世界に来てからは、大浴場レベルの広さのお風呂ばかり入っていたこともあり、宿でのお風呂はそれはそれで前世の感じを思い出して良いものだったのだが、やはり足を伸ばして入れる大きなお風呂は気持ちがいい。
――まぁ俺の場合は、まだ小さいから宿のお風呂でも十分足は延ばせたんだけど、やっぱりこの解放感は気持ちがいいよなぁ。
そう思いつつ再び息を吐いて、顎にお湯がつくほど深くつかる。
「うふふ。遊ばないでゆっくりつかるなんて、カーリーンは本当にお風呂が好きねぇ?」
笑いながらそう言ってくる母さんの横では、姉さんがチャプチャプと水面から手を出したし戻したりしている。
「う、うん。そ、そういえば、ここにはメイドさんとか結構いるんだね?」
オルティエンにある屋敷はロレイナートとリデーナを除くと3人しかメイドさんはいないのだが、この屋敷ではすでにそれ以上の人数を見ている。
――使用人にはドラードやベルフもいるけど、屋敷内の掃除とかはしないみたいだしな。オルティエンの屋敷より人数が多いのはやっぱり体面とかがあるからだろうか……。
「そうねぇ。でも正式なうちの使用人は執事のナイロとさっきのメイド、リアミって名前なのだけれど、彼女とその娘の3人だけよ」
「え、他にもメイドさんいたよね?」
「彼女たちは私たちが王都にいる間、一時的に雇われているだけね。まぁ定期的に掃除も必要だから、王都にいない間も数人雇っているようだけれど」
ほとんどいない屋敷なのにこれだけ使用人がいることを不思議に思っていたが、母さんの説明を聞いて納得したので、別の気になっている話をする。
「話は変わるんだけど、アリーシアさんのお父さんってどんな人?」
「う~ん。カーリーンに分かりやすく言えば、ライのように勉強熱心で、エルのように家族思いって感じかしらね? まぁ性格面はお父さまに近いけれど」
――なるほど……? 兄さんは剣も魔法も得意だしそっちは分かるんだけど、"姉さんのように家族思い"ね……今の俺に対する姉さんみたいな感じか? 聞いた話だと、昔はそんな感じだったみたいだし……いや、姉さんはロレイが残るって分かると"お土産買って来る"って言ってたし、普通に言葉通りの家族思いかもしれないか。まぁじいちゃんの性格に近いなら、基本的には優しい感じなのかな。じいちゃんは孫に甘いだけかもしれないけど……。
そう思いつつ、伯父さんを知っている他の人の意見も聞いてみようと、リデーナの方に視線を向ける。
「……そうですね、奥さまがおっしゃったとおりかと。ヒオレス様とジルネスト様は性格が似ているからか、よくケンカはしておりましたが」
――うん、優しそうっていうのは撤回したほうがいいかもな。娘であるアリーシアさんや奥さんには優しいらしいけど、軍人だし厳しい面もあるだろうからな。
「うふふ、そうねぇ。まぁあれはケンカというよりは、試合のようにも見えたけれどね」
「奥さまからすればそうかもしれませんが、何か意見が合わないとすぐに庭に出て打ち合うのは、ケンカという方がしっくりきますが」
「お兄さまも勝てないのに、毎回引かずに出ていってたものね。でもそれが終わると、2人ともすっきりしていたわ」
「それはそうだろうね……」
俺はそう言うとお湯につかりなおして、お風呂を堪能した。
今日中にナルメラド家へ挨拶に行く可能性があるため、いつもより早くお風呂から上がってリビングに戻ると、すでに父さんと兄さんは席についていた。
「長かったかしら?」
「いや、大丈夫だ。まだグラニトは戻ってきていないから、おそらく返事を待っているのだろう」
「お兄さまも今日はいなかったのかしらね。いたならすぐに返事をくれそうなものだもの」
母さんがそう言いながら席に着くと、ナイロが全員にお茶を用意して出してくれる。
父さんたちの前にもカップはなかったので、俺たちが戻る少し前に戻ってきたばかりだったのだろう。
「ジルは特にカーリーンに会いたがっていたから、義父上もいるとはいえ、自分が不在の状態で挨拶は受けないだろうしな」
「あ~、そうねぇ……」
「俺がアリーシアさんと似ているって聞いたから?」
「うぅ~ん……それもあるのだけれど……」
母さんは困ったような表情で言葉を濁して、その先をなかなか教えてくれない。
「ほら、あなたはアリーシアちゃんと魔法の稽古をしたから、特に仲良くなってたでしょ?」
「……まさか、溺愛している娘が、妹の息子とはいえ、異性と仲良くなるのが気に障ってるとか……?」
「相変わらず、どうしてそんな風に思いつくんだか……」
「母さんが俺に言うのを躊躇っていたし、アリーシアさんから聞いた、伯父さんの性格からするとこんなところかなぁって……俺が魔法をうまく使えるから早く会ってみたいって話だと、母さんは嬉しそうに言うはずだし」
「本当に察しが良いわねぇ……」
両親は俺の方を見ながら困ったように笑う。
――え、お風呂で割と厳しい人かもしれないって結論付けたばかりなのに、本当にそんな人に目をつけられてるの?
「な、仲良くなった異性ってなると、兄さんもそうじゃん」
「それはそうなんだが、ライは以前に顔合わせはしているしなぁ」
「それにあなたは魔法の稽古の時もそうだったけれど、挨拶の時にもアリーシアちゃんの手を取っていたでしょう? それをアリーシアちゃんはお兄さまに話したのね」
――えぇ……溺愛してるだろうなぁとは思ってたけど、そこまでだったのか……。
「それに家に帰ってからオルティエンのことを色々と話しているようで、特にカーリーンのことを良く話すらしくてねぇ」
アリーシアが魔法の稽古のことや、町に買い物に行ったことを嬉しそうに話す様子は想像に容易く、嬉しかったことや楽しかったことを話すのは仕方ないと思う。
しかし、そうなるとこのタイミングで伯父さんに会うのは、ちょっと遠慮したくなってくる。
「……俺はここで待ってちゃダメ?」
「ダメに決まっているだろう……」
「気持ちは分かるけれど、別に怒られるわけじゃないし、お兄さまは優しい人よ?」
――家族に対してはそうかもしれないけれど……ん、家族?
「父さんは、伯父さんと初めて会った時どうだったの?」
「…………挨拶直後に試合を申し込まれた」
母さんのことも大切に思っていた伯父さんが、父さんにどういう反応をしたのか気になって聞いたのだが、父さんは苦笑しながら目を逸らしてそう答えた。
「うふふ、懐かしいわねぇ。そのあとすぐにお父さまとも試合をしていたものね」
「あぁ……カレアは義母上と一緒に座って、嬉しそうに見学していたのを覚えている」
――両親の昔の話も気になりはするが、それはまた今度ゆっくり聞くとして、どうしよう……もないか……心構えをすることしかできないわな……。
両親の話を兄姉は興味深そうに聞いているなか、俺はそんなことを考えながら落ち着こうとお茶をひと口飲む。
「旦那さま、グラニトが戻ってきたようです」
「戻ったか、ここに呼んでくれ」
父さんがそう伝えて少しすると、グラニトが入室してきた。
「どうだった?」
「本日で構わないそうです。書状も預かってまいりました」
そう言ってグラニトが差し出した書状を、母さんが受け取って中身を確認する。
「それじゃあ準備をして向かいましょうか」
書かれていたのは短文だったようで、すぐに目を通した母さんが席を立ちながらそう言うので、それぞれが身だしなみを整えたりして準備を始めた。
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