121.王都
王都の中へ入ると、門の外まで聞こえていた人の声がさらに大きくなり、騒がしくなる。
俺の予想は当たっていたようで、門付近には宿屋や商店や露店が多く見られ、今は夕方というにはまだ少し早い時間だからか、ちょうど買い物をする人が多いらしく、どこを見ても人があふれかえっている。
「すごい人の数……」
「このあたりは特にな。あぁやって遠い地域のものを売ってたり、出発前に荷台をできるだけ空けようと、安売りされてることもあって多いんだ」
俺が思わずつぶやいた言葉に、父さんが笑いながら露店を指さしてそう言ってくる。
「まぁもう少し中に入ればだいぶ落ち着いてくるが、それでもやっぱり多く感じると思うぞ?」
「屋敷は遠いの?」
「あぁ、ここからだと結構あるな」
「もう少しこの大通りを進んでいけばお城が見えてくるのだけれど、そっちの方に屋敷はあるわ」
母さんの説明によると、貴族の屋敷のほとんどは専用の区画に建てられており、王城の付近に多いらしい。
――まぁそういう区別というか、分けないと色々問題が起きやすいだろうしな……。
「さて、少し予定の話をするが、予想より早く到着したから、今日のうちにナルメラド家へ挨拶に行く。まぁ、その前に旅の汚れも落とさなければいけないし、訪問していいかの返事も待たないといけないから、このまま直接向かうわけではないが」
「お父さまたちならそのまま行っても何も言わないとは思うけれど、お兄さまにも挨拶しないといけないからね。グラニト、ちょっといいかしら」
母さんはそう言って、近くを走っていたグラニトに寄ってくるようにと手招きをすると、それに気がついて近づいてくる。
「カレアリナン様、なんでしょうか?」
「これをナルメラド家に持って行ってくれるかしら」
「はっ。かしこまりました」
グラニトは、母さんが今朝書いていた書状を受け取ると、ゆっくりと元の位置へ戻っていく。
父さんの言っていた通り、少しずつ人の数が減ってきたなと思っていると、町の中を流れる川が見えてきた。
川の近くに住んでいる人たちの生活に使われているのはもちろんだが、その川を境に区画が変わるらしく、先ほどまで見えていた民家と比べると大きな家が多くなる。
更に進むと民家というよりは屋敷という方がしっくりくる建物も見え始め、途中で書状を届けるためにグラニトと別れたあと、少し進むとさらに立派な屋敷が見え始めた。
ここまで進んでくると、どの屋敷にも馬車が通れる門や広い庭があり、1つ1つの敷地は相当広い。
そのぶん建物同士の間隔も広く、商店などがあった区画と比べると、別の町かのように感じる。
「これだけ数があるとすごいね……」
道中に見えた門などに施されている装飾や、道から見える庭にある噴水やガゼボなどの豪華さに、感嘆の声を漏らしてしまう。
「ほんとうね。うちの庭には特に何もないけれど、広さはうちの方が広いわね」
姉さんが俺のつぶやきに反応して、同じように窓の外を眺めながらそう言ってくる。
川を渡ってからは人も減り、王都に入ってきたときの喧騒が嘘のように感じつつ馬車に揺られていると、1つの門の前で止まった。
門番の男性は、馬車がオルティエン家のものだと分かるとすぐに門を開けてくれたので、そのまま敷地内に入る。
屋敷はオルティエンにあるものと比べると少し小さく見えるが、門や玄関周りなどにしっかりと装飾があるため、豪華さはこちらの方が上だと思う。
――さすがに王都だもんな……父さんはもちろん、母さんもあんまりこういう装飾とかは気にしない性格だけど、他の貴族の目もあるからこうなってるんだろうなぁ……。
そんなことを思っていると玄関に着き、執事服を着た男性が馬車に近づいてきて頭を下げる。
「おかえりなさいませ」
「あぁ、予定より早くなってしまって迷惑をかけたな」
「いえいえ、お会いできるのが早くなったことで迷惑だなんて、とんでもございません。お帰りになるのを心待ちにしておりました」
父さんの言葉に初老の執事はにこやかに返答し、ドアを開けてくれたので両親が先に降りたあと、俺たちも馬車を降りる。
「初めまして、エルティリーナ様、カーリーン様。私は執事のナイロと申します」
お互い知っている両親と兄さんに挨拶をしたあとに、姉さんと俺にも自己紹介をしてくれるので、元気に返事をする。
――母さんから"使用人に敬称は不要"と教わってるけど、ついつい"さん付け"で呼びそうになるな……前世の感覚があるから、その頃の同年代くらいか年下に見えるドラードとかには、違和感なくすぐに馴染んだんだけど、初対面の初老の方に敬称をつけないのは、まだ少し躊躇う時があるな……。
一緒に玄関で出迎えてくれた年配のメイドさんにも挨拶をし、ナイロに案内されてリビングへ向かう。
「旦那様、今日の予定はどうなされますか? このままゆっくりとお休みに?」
リビングにある広々としたテーブルにそれぞれがつき、お茶を用意してもらって一息ついた頃に、ナイロがそう質問している。
「いや、今グラニトがナルメラド家へ書状をもって向かっているんだが、返事次第では今日中に挨拶を済ませてくるつもりだ」
「かしこまりました。それでは夕食の用意は、そのあと決めるといたしましょう」
「あぁ、そうしてくれ。それと風呂の用意を頼みたい」
「えぇ、もう準備はできております」
「それなら早めにさっぱりしておくか」
父さんはそう言うとメイドさんに、"リデーナに着替えだけ先に準備させてくれ"と指示をする。
「カーリーン、今日は一緒に入りましょう!」
結局道中一度も一緒にお風呂に入れなかった姉さんが、期待しているような表情で俺を誘ってくる。
――俺は一緒に入るのはいいんだけど、王都の自分ちとはいえ、初めて会う使用人たちに何か言われたりしないか?
「ふふ。カーリーンが嫌じゃなきゃ一緒に入りましょ? 久しぶりに頭を洗ってあげるわ」
どうしようか悩んでいると、母さんが微笑みながらそう言ってくるので、俺は母さんと姉さんと入浴することが決定した。
その姿をナイロとメイドさんに微笑ましく見られていると、ドアがノックされてリデーナが入って来る。
「失礼します。着替えのご用意が出来ました」
「あぁ、わかった」
父さんが席を立ちながらそう言うと、母さんも一緒に席を立った。
どうやらこっちの屋敷には風呂が2つあるらしく、別々に入浴することができるらしい。
――まぁ、オルティエンの方は訪問してくる貴族が少ないって話だったけど、こっちは別だよな……。
そう思いつつ、姉さんに手を引かれて廊下を進んでいく。
姉さんは母さんの横を歩いているし、その母さんの隣には父さんも一緒にいるが狭く感じることはない。
――オルティエンの屋敷より小さくは見えても、やっぱり広いは広いんだよなぁ……訪ねてくる貴族たちがいたとしても、自分の屋敷があるから泊まることはないだろうし、部屋数が少ないのかな?
キョロキョロしながら廊下を歩いていると到着したようで、父さんたちと別れて近くにある別の脱衣所に入った。
父さんたちは来たことがあり勝手がわかっているためか、使用人は誰も付き添っていないが、こっちにはリデーナと一緒に年配のメイドさんが付き添ってくれている。
「リデーナもいったんサッパリしたら?」
「いえ、私はまだ馬車の荷物を降ろす作業などが残っておりますので」
「そっちは私たちがやっておきますよ? 奥さまがこうおっしゃっているんだから、一緒にお入りなさいな」
「ほら、こう言ってくれてるんだから、一緒に入りましょ? 今日ナルメラド家へ行くことになったら、あなたも一緒に行かないといけないのだから」
「……わかりました。ご厚意に甘えさせていただきます」
メイドさんに優しい声色で言われて悩んでいたところに、さらに母さんにそう言われたので、少し悩んだあと一緒に入ることにしたようだ。
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