117.出発
あのあと、兄さんはもちろん、姉さんもすんなりと寝たようで、朝になるまで快適に眠ることができた。
十分に睡眠を取ることができたからか、隣でモゾモゾと動いた気配で目を覚ました。
「ふあぁ……ん~……あぁ、カーリーンおはよ~」
「おはよう」
――普段はしっかりしていて大人びている兄さんも、朝は子供っぽく眠そうにフニャフニャになるんだなぁ。姉さんは逆に寝る前に大人びた表情をするときがあるけど……。
「……ねぇ、エルっていつもこうなの?」
「"こう"とは?」
「僕が眠る前に見た姿勢と、全然変わってない気がするんだよね」
兄さんはまだ眠そうな瞳で、姉さんに抱き付かれた状態の俺を見ながらそう聞いてくる。
「うん、いつもこうだね……おかげで快眠できてるよ」
「本当にカーリーンは難しい言葉を知ってるねぇ」
兄さんはそう苦笑しながら、姉さんを起こさないようか静かにベッドから降りる。
――姉さんは抱き着いてくるものの、寝相が良いからか普通に眠れちゃってるんだよなぁ……慣れたからかな……兄さんの寝相を確認できる滅多にない機会だったけど、結局先に兄さんが起きちゃったから分からなかったなぁ。まぁ夜中起こされることもなかったから寝相はいいんだろうけども。
そう思いつつ姉さんの腕の中から抜け出し、姉さんの体を軽くゆするようにして起こすと、すぐに目を覚ました。
「ん~! お兄ちゃん、カーリーンおはよう!」
姉さんが体を起こして元気に挨拶をしてくるので、俺と兄さんもそれに返事をする。
――今日は予定は決まってるからすんなり起きたし、すぐに兄さんと俺と一緒に寝ていたことを思い出してるあたり、いつものフニャフニャ状態でもないな。
そう思っているとドアがノックされて、リデーナが入ってきた。
「おはようございます。みなさま、もう起きていらしたのですね」
朝の挨拶を返すと、リデーナは俺たちがもう起きていることに少し驚いたあと、微笑んでこのあとの予定を教えてくれた。
「まずはお着替えをして朝食をとりましょう。エルティリーナ様は旦那さま方の部屋へどうぞ。ライニクス様とカーリーン様は少々お待ちください」
「僕は1人でも大丈夫だし、カーリーンのも手伝うから持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
さすがに兄妹といえど同じ部屋で着替えることはしないようで、リデーナは両親の部屋に姉さんを連れて行ったあと、兄さんと俺の服をもってきてすぐにまた戻っていった。
「それじゃあ、僕たちも着替えようか」
「うん。俺も遅いけど1人で着替えられるから、兄さんは先に着替えちゃっていいよ」
そう言うとモソモソと寝巻を脱ぎ、持ってきてもらったシンプルな服に着替え始める。
――このあとルアード伯爵夫妻と一緒に朝食をとってから出発って話だったけど、飾り気のある服じゃなくていいのか。まぁ終わったらすぐに出発するだろうし、あの雰囲気の伯爵夫妻なら気にしないだろうな。
「ほら、手を通して」
「……早くない?」
服を持ってきてもらってから一緒に寝巻を脱ぎ始めたはずなのに、兄さんはすでに着替え終わって俺の着替えを手伝おうとしてくれている。
「ははは。僕は1人で着替えるの慣れてるからねぇ」
――お? 兄さんがからかうようなことを言ってくるのは珍しいな。みんなでの旅だからテンションが上がってるのかな。
俺はそう思いながら、下着姿の状態で手をあげて服を着させてもらう。
「お風呂では少し恥ずかしがってるみたいだけど、今は平気なの?」
穏やかな表情で俺の着替えを手伝ってくれている兄さんにそう聞くと、一瞬動きが止まる。
「……そ、そこまで恥ずかしがってはないよ? それに部屋とお風呂ではやっぱり違うんだよ」
――昔母さんとお風呂に入るときに俺もそう思ってたな……今は平気ということは、俺に裸を見られるのが恥ずかしいのか? もしかして、俺がいなくても恥ずかしがってたりするのだろうか……まぁ兄さんをからかいたいわけじゃないから、知らなくてもいいんだけどさ。
兄さんに手伝ってもらったおかげで、姉さんの着替えを手伝っていたリデーナが戻ってくる頃には、俺も着替え終わって準備が整っていた。
昨日夕食を食べた部屋でルアード伯爵夫妻と一緒に朝食をとる。
デザートとして出されたブドウが俺や兄姉に好評だったからか、朝食の後にも出してくれて、さらには道中のおやつとして余分な荷物にならない程度にいただくことになったので、みんなでお礼を言った。
朝食のあと少し話をしていると、リデーナが出発の準備が出来たことを伝えにきたので、みんなで玄関に向かう。
ルアード伯爵夫妻もお見送りをしてくれるらしく、一緒に外に出ていた。
「朝早くから忙しなくてすまない」
日は登っているとはいえ、普段と比べると早い時間から行動しているので、父さんがドルスにそう言う。
「気にすることはない。それにしても、話は聞いたが確かに広くて快適そうな馬車だな」
ドルスは笑顔で父さんに返事をしたあと、じいちゃんから貰ったうちの馬車を見ながら感想を言った。
「あぁ、俺が乗っても十分広いから、今回の旅は人数が多いのに快適だ」
「ははは。そうだろうな。私たちと息子たちが乗ったとしても余裕がありそうだ」
ドルスはそのどっしりとした自分の身体をペシンッと軽く叩いて、笑いながら答える。
「ふふふ。お父さまに早めにどうにかならないか話をしておくわ」
「よろしくお願いね。まだ王都までは長いのだから、気を付けてね」
母さんはセイラと軽くハグをしてから馬車に乗るので、俺と兄姉も「ありがとうございました」と頭を下げてから馬車に乗り込む。
「それじゃあ、また帰りに寄らせてもらう」
「あぁ、みんな無事で、また笑顔で寄ってくれるのを楽しみにしている」
父さんとドルスもそう言いながら握手をし、父さんが馬車に乗り込むと出発した。
ルアード伯爵夫妻は玄関から馬車が見えなくなるまで見送ってくれており、俺たちもそれまで手を振り続けた。
町の中はみんな起きてきて活動しており、俺たちと同じように今から出発する馬車や、積み込むものを買っている商人などが多く見られ、朝から活気にあふれている。
常に大通りの真ん中の方は馬車専用になっているようで、人の多い町中でも止まることもなく門までたどり着き、門衛に挨拶をしたあとルアード領都を出発した。
少し走ったところで、ドラードが寄ってきたので窓を開ける。
「昨日はゆっくり眠れたか?」
「うん。兄さんと姉さんと一緒に寝たよ」
「ははは。仲が良いな」
「出発の時とか静かだったから、なんかドラードと久しぶりに話した気がする」
「町に入ってからは別行動してたしなぁ。それに他の貴族の前で、護衛が無駄話するわけにいかないだろ?」
――さすがにドラードもそういうところは気にするんだ……。
「よさそうなブドウは買えた?」
「あぁ、いいのがあったぞ。といっても今朝伯爵から貰ったものと比べるとどうか分からんが……」
「それこそ食べてみないと分からないね。ドラードも食べ比べしてみるといいよ」
「いいのか? アレはカー坊たちが気に入ったからって貰ったやつだろ?」
「……ドラードが選んで買ってきたものが、負けず劣らず美味しかったらね」
「変なプレッシャーかけるのやめろよ」
ドラードは苦笑しながらそう言ったあと、「まぁ自信はあるがな」とニッと笑いながら言って馬車から離れた。
「さて、とりあえず今日の予定を説明するから聞くんだぞ?」
父さんは俺とドラードのやり取りを笑いながら、区切りがついたのを見て説明を始める。
ここから先は貴族の屋敷にお世話になることはなく、王都に着くまでは主に町で宿泊ついでに買い出しなどをするようだ。
俺はこれからの数日間の旅の中で、いくつか寄ることになる町を楽しみにしながらその説明を聞いていた。
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