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第3脱 自販機と艦隊

 人を探し海岸沿いを歩くこと数十分。彼女は照りつける太陽の下でだらんと腕を下げて徘徊していた。裸で。


 いや正確に言えば裸ではないのだが、草を三つ貼り付けただけの原始人以下な格好は裸と呼んで差し支えないだろう。


 奇怪! 裸女! 脱がせる相手を探して歩き回る! と雑誌に書かれても文句は言えまい。


 幸い、日本中がそうなので彼女だけが雑誌に書かれる可能性は低いのだが。


 兎に角、彼女は裸足で歩いていた。出会ったのは既に裸になり、杖をプルプルと震わせながら徘徊していた老人のみ。


 股間の杖はブルンブルンしていたので、多分今も元気に歩いているだろう。少なくともそうすぐに死ぬことは無いはずだ。


 さてそんなこんなでほっつき歩いていた彼女は道端に置かれた自販機を見つける。


 丁度喉が渇いていたところだと走り寄るが、お金を持っていないことに気づいてはたと立ち止まった。


(あっ……脱いだ時に置いてきちゃったんだ……)


 探すポケットすらなく呆然とする彼女。いや口とか股もポケットって言うかもしれないけどそんな所探しても無いから。


 アホな試みは止め、しかし諦めるという選択肢を持たない彼女は自販機と睨めっこする。


「うーん……どうしようかな。はっ、会話すれば出してくれるかもしれない!」


 うーんどうしようかなはこっちのセリフである。暑さで頭がおかしくなったとしか思えない。


 裸の体には、アスファルトの照り返しというのが相当に効いているのだろうか。会話というのは本来一人では成立しないものであるはずだが。


 かくして裸の女vs自販機の会話対決が始まった。


「こんにちは自販機さん。突然ですが飲み物を頂けませんか! え? お金? いや実は持ってないんですよ〜。でもこの暑さじゃないですかー、ほら自販機さん金属の身体だから分かるでしょ? ね? だからキツくて〜……え? あげない? そうですか……いやいやそんなんじゃ収まんねえんだよ早く出せっての出せっつってんだろお願いします出してくださいよぉ〜」


「……………………」


 当然ながら自販機は小さくヴーン、とクーラーの音を立てるのみで何も言わないし動かない。


 途方に暮れて土下座までする彼女だが、それでも人情など湧かない。人じゃないので。


 彼女は小さくため息を吐くと、今度は立ち上がり武闘家のような構えを取った。ポヨンとおっぱいが揺れる。


 というか未だにくっついている葉っぱだが、どうやって付いているのか。


「うむむ……かくなる上は最終手段。イかせていただきます! はあぁ〜……すっぽん!」


 バン! という大きな音とともに自販機のガワが宙を舞う。そして、中からばら撒かれるは無数の缶とペットボトル。


 彼女は落ちてきた缶の一つを手に取り子気味良い音を立ててフタを開けると満面の笑みで中身を飲んだ。


 バラバラと降り注ぐ色とりどりのジュースの中で飲む女性という絵面は映えるが、実際はただの犯罪行為である。


 自販機を分解しながら投げ飛ばすのはもちろんのこと、蹴って誤作動を起こさせるのもダメです。良い子のみんなはやらないように。


 満面の笑みを浮かべている場合では無いのだが、警察も住民もいないため缶が降りしきる中を楽しそうにクルクルと踊っている。こらちゃんと全部飲みなさい。


「くへぁー! 美味いっ!」


 ジュースを飲み干すと、彼女は親父みたいな声で叫び手で口元を拭った。すっぽんぽんな上にこの体たらくなのでありがたみというモノは感じられない。


 一本目を飲み干したあとも地面に転がった缶を次々と手に取っていく。二本目、三本目……七本目くらいまで飲んだ時、彼女の視界に何かが映った。


「んん? なんだあれ」


 日本海の向こうから、水平線を超えて。


 巨大な船団が徒党を組み、抵抗も警告も無い海を堂々と渡ってくる。


 船上には赤地に海を模した青と白のライン、そして黄色の星とその横に「八一」と文字が書かれた旗が(ひるがえ)っている。


 中国人民解放軍海軍が、大挙して押し寄せてきた。

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