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【完結】ご期待に、お応えいたします  作者: 楽歩


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27.幕間 邪魔ばかり side ベス

 side ベス



 また、あの女が現れたわ! 今日、来る予定なんて聞いていない!!


 ルキウス殿下にまとわりつくその様子、まったく――図々しい女ね。


 最初は、すべてが順調だったのに。わざとステップを乱したふりをして、そっと殿下の胸元に体を預けた。



「申し訳ありません」と囁く声も、羞じらう表情も――すべて、計算ずく。


 彼を見上げれば――あの微笑。困ったようでいて、どこか照れていた。確信したわ、殿下は私に心を許し始めている、と。


 そのとき、あの女が目に入った。私と殿下が踊る姿を見て、曇るその顔。きっと気づいたのね。私たちの距離が、確実に縮まっていることに。



 ――ええ、とても愉快だったわ。



 それなのに。すべてを壊したのは、あの場違いな一言。クロフォード夫人。たかがダンスの講師風情が、突如場を仕切りはじめた。



「ウィンチェスター公爵令嬢、ぜひ、ベス様にお手本をお見せいただけませんか?」



 ……また、お手本に? もううんざりよ。



 ルキウス殿下が差し出した手を、あの女は静かに受け取った。あらかじめ決められていた台本をなぞるように、淀みなく優雅な所作。


 二人がホールの中央へ進むと、演奏が始まる。


 ステップは正確に、美しく。技術と気品だけで魅せる踊り。その静かな優雅さこそが、本物の貴族の舞――そう言いたげだった。



 二人のあいだに言葉はない。



 やがて音楽が静かに終わりを迎えると、ルキウス殿下は優しく手を取ってあの女をくるりと回し、そのまま恭しく例を取った。あの女もまた、深く一礼する。


 ふたりの舞は、静かに、そして完璧に幕を閉じた。




 その後、結局、殿下は「時間だ」と言って立ち去り、私は一人取り残される羽目に。


 そこへ、待っていましたとばかりにあの女が近づいてきて、こう言った。




「ベス様、お披露目会の流れは、ご存じですか?」



 ――嫌味以外の何ものでもないわ。そんなもの、何度も聞かされて暗記している。



 入場、紹介、アクルム石による精霊顕現、王族とのダンス、正式な舞踏会、祝福の言葉、締めの挨拶――流れは完璧よ。


 だから、得意げに返してやったの。



「ええ、もちろん存じておりますわ」



 すると、あの女はため息をついて、ひと言。




「そうですか、存じていましたのね」




 ああ、腹が立つ! 分かってるわよ。呆れ顔のあなたが言いたいことなんて、痛いほど。


 “所作が足りない”とか、“ダンスが不格好”とか、“本当に間に合うのかしら?”――そういう顔よ。



 別に、いいのよ。私はもともと平民。


 不器用ながらも貴族社会に馴染もうと必死に努力して、そんな私を、王太子殿下が優しく支え、微笑む。その姿に、貴族たちも感動する。これでいいじゃない。


 これ以上、何を求めるっていうの?



 けれど――



 あの女は、夫人と結託して、私を練習に引き留めた。




「私が王太子殿下側を務めますので、公爵令嬢には、ご指摘をお願い致します」



 クロフォード夫人が、満面の笑みでそう言うの。まったく、やる気なんて出るはずがないのに。


 あの女からは、手の位置がどうの、リズムが合っていないだの、目線が落ち着かないだの……他にも、なんだったかしら?


 まるで得意げに、アドバイスしてきて、嫌みったらしいったらなかったわ。



 だから……明日には、きっと皆に言ってやるの。




「昨日は無意味に厳しく当たられて、大変だったの」




 あなたが何かするたび、私は話すわ。周囲には“また意地悪した”と噂が流れるのよ? 馬鹿な人。



 そう思っているとーー




「クロフォード夫人、いつでもお呼びください。協力いたしますわ」




 そう言って、あの女はクロフォード夫人に見送られ、扉の向こうへ消えていった。



 ……また呼ばれたら、たまったものじゃないわ。


 真面目にやらなきゃ。


 殿下との時間を、これ以上邪魔されるのは――ご免よ。ああ、本当に面倒くさい。






 ――トントントン。



 扉をノックする音が響く。




「精霊姫様、精霊庁の庁官長様がお見えです」



 来たわね。



「通して」


「ご機嫌いかがですか、精霊姫様」


「おかげさまで、快適に過ごしておりますわ」


「言葉遣いも、見違えるほど美しくなられましたね。日々の努力の成果。素晴らしいことです」



 分かってるじゃない、あなた。


 私の努力と、その成果を、きちんと見ている。



「もうすぐお披露目ですね。緊張されておられますか?」


「正直、いまだに信じられませんの。私が、精霊姫だなんて。王族と肩を並べる存在で、その……王太子妃になるかもしれない立場だなんて――あっ、私ったら、失言を!」


「いえ、失言ではありません。むしろ私は、国王陛下に何度も申し上げております。この国の未来のためには、王太子殿下と精霊姫様とのご婚姻が、何よりも望ましい、と」



 やっぱり、この男は私の味方ね。


 もちろん、彼にも計算がある。けれど――それはお互い様。



「私には、フェリシア様のような教養はありませんもの……仕方のないことですわ」


「とんでもない。お付きの者たちからも、殿下とのご関係がますます親密になられていると聞いております。また、精霊姫様は学院の令嬢たちの間でも、大変な人気だとか。そうだ! ご多忙とは存じますが、孤児院をご訪問なさいませんか?」



 ……孤児院?



「精霊姫様が、子供たちに祝福を授ける姿、きっと素敵です。新聞社も手配いたしましょう。その存在を広く知らしめ、国民からの支持を不動のものとするのです。そうなれば、国王陛下とて、その声を無視することなどできません」



 ……いいわね。


 “憧れの存在”としての私。


 その立場、上手く使っていけば、きっと王太子妃に手が届く。



「初めてのことですので、少し緊張してしまいますわ」


「ご心配には及びません。精霊姫様は、そこにいらっしゃるだけで、人々にとって希望となるのです。どうか、安心してお任せくださいませ」



 ああ、楽しみだわ。


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