過去と未来と 2
みんな目覚めたばかりの私に気を遣ってか、ジェラルドの話はしなかった。両親もルーファスも、三人も。
それでも私自身ずっと気になっていたし、あんな目にあっても彼のことが心配だった。
「……ジェラルドは、特別牢にいるよ」
やがて口を開いたのはニールで、気まずそうに長い睫毛を伏せた。特別牢というのは、上位貴族専用の牢だ。殺人などの重い罪ではない場合に、収監されるはず。
一時とは言え大罪人であるメイベルと共謀していたのだから、もっと重い裁きがなされると思っていた私は、内心少しだけほっとしていた。
それでも二年も牢の中で一人で過ごしているのだと思うと、胸は痛んだ。
「ジェラルドの処遇については、セイディが目覚めたら決めることになっていたの。体調が落ち着いてから話をするつもりだったんだけど……」
結局、ジェラルドが犯したのは私の誘拐と監禁という罪だけ。本来なら貴族裁判で裁かれるものの、今回の場合はジェラルドも被害者のため、私に処罰を決める権限を与えるという特別な計らいがあったのだという。
「ジェラルドは今、どんな様子なの?」
「俺達も何度か様子を見に行っているんだが、一切言葉を発さない。目も虚ろで抜け殻みたいだ」
「……そう、なんだ」
ジェラルドにとっては、私と結婚して二人きりで暮らしていくという幸せな未来を失った上に、私があんな状態になってしまったのだ。
絶望し、そんな状態になってもおかしくはない。私が眠りから目覚めたことも、彼はまだ知らないという。
「セイディはどうしたい? もちろん今じゃなくても」
「私、ジェラルドに会いに行く」
そう言うと、三人は戸惑った様子を見せた。
怖くないと言えば、嘘になる。それでも、ジェラルドにはもう一度だけ会っておきたかった。
「ジェラルドの処遇についても、私が決めていいの?」
「ええ。私達はセイディのしたいようにしてほしい」
「ありがとう」
「セイディはもう、どうするか決めてるんだね」
「…………うん」
──本当はこれから先もずっと、五人で笑い合って過ごしたかった。
けれど、二度とその願いが叶わないことも分かっている。大好きで大切な友人だったジェラルドはもういないし、あの頃には戻れないのだと思い知らされていた。
それからは、私の気持ちをみんなに話した。
三人とも驚いてはいたものの、私がそうしたいのならと同意してくれ、協力してくれるという。
「セイディは優しいね。でも、俺もあんなことがあってもジェラルドを嫌いになれないんだ」
「ああ。俺達もだ」
「……私達にとっては、家族だったもの」
あの場所で共に支え合い、過ごした時間は特別で、忘れたくても忘れられなくて。みんなも私と同じ気持ちだと知り、胸が締め付けられる。
どうかジェラルドにもみんなが彼を想う気持ちを知ってほしい、そして裏切りの重さを理解し、少しでも省みてもらいたいと強く思った。
◇◇◇
それから二日後、ルーファスが会いに来てくれた。
花束やお見舞いの品をどっさりと抱えてきて、あまりの量に笑ってしまったくらいだ。
「……その、フィンドレイに会いにいくと聞いたが、大丈夫なのか」
既にニールから話を聞いたらしく、ジェラルドに会いたいと思った理由、そして彼の処遇についても話した。
ルーファスは少し躊躇う様子を見せたものの、やがて頷いてくれる。
「俺もセイディの気持ちを尊重するつもりだ。何かできることがあれば、協力させてくれ」
「ありがとう、ルーファス」
「だが、本当にそれでいいのか? お前達を裏切って、あんな目に遭わせた相手だというのに」
「……うん、私にとってはこれが最善だから」
ジェラルドの過去は、きっと私しか知らない。もしも話せば誰もが彼に同情するだろうけれど、ジェラルドはそれを望まないだろう。
ルーファスは「そうか」と言うと、口角を上げた。
「私、ルーファスには助けられてばっかりだね。これからはたくさん恩返しさせてほしいな。私にできることなら何でもするから」
「俺に何でもする、なんて言わない方がいい」
「どうして?」
「下心しかないからだ」
「えっ……」
真面目で照れ屋なルーファスからそんな言葉が出てくるとは思わず、心臓が跳ねた。
「ル、ルーファスもそういうこと、思うの?」
「ああ。いつだって、セイディに触れたくて仕方ない」
「…………っ」
大きな手のひらでそっと頬に触れられ、黒曜石に似た瞳から目を逸らせなくなる。
「大丈夫だ、これ以上は何もしないから」
動揺する私を見て微笑んだルーファスは、この二年の間に大人びて更に格好良くなった。
ティムからも女性達から誰よりも人気で、アプローチも後を絶たないと聞いている。
次期侯爵であり騎士団の団長を務め、見目も良くて優しいのだから、当然だろう。
『ルーファス様の人気、本当にすごいんだよ。あの第二王女様まで夢中だったし』
『ニール、余計なことを言わないの』
『いいじゃん、だってルーファス様がどんな相手からの申し出だって断り続けて、セイディだけを待ち続けてたことに変わりはないんだから』
ルーファスの立場を考えれば、それがどれほど困難なことかは私にも想像がつく。
それでもずっと私だけを想い、待ってくれていたのだと思うと、胸がいっぱいになった。
二年半という時間は、あまりにも長いというのに。
「全てが終わったら、聞いてほしいことがある」
「……うん。私も」
笑顔を向けて頬に触れられている手に自身の手を重ねると、ルーファスの目が見開かれる。
そして彼は私から顔を背け、そのまま口元を覆うように自身の腕に顔を埋めた。
「ルーファス?」
「……すまない、何もしないと約束した直後に、違えるところだった」
少しの間の後、ようやく意味を理解した私は顔に熱が集まっていくのを感じ、それからしばらくルーファスの方を見ることができなかった。




