もう一度、ここから 2
その後、騎士団本部に到着すると、夜勤を終えたらしいケヴィンに出会した。
「お疲れ様です。こちらは何の問題もありません」
「ああ、ありがとう」
「それと、ジェラルド・フィンドレイの方に変わりはないという報告も受けました」
──フィンドレイの身柄は、貴族専用の特別牢にて拘束されている。
大罪人であるメイベルと共謀した罪は重いが、彼もまた被害者の一人であることも考慮され、今後の処遇についてはまだ決まっていなかった。
フィンドレイ侯爵夫妻は一度も彼の元を訪れず、実は失踪した息子を名乗る別人だったと言いふらしていると聞いている。
最初は罪を犯した息子を切り捨てるための出任せかと思ったが、本当の息子ではないというのは事実らしく、複雑な事情があるようだった。
俺もこれまでに何度か、ジェラルド・フィンドレイの元を訪れたことがある。
『…………』
セイディがあの状態になってからというもの、言葉ひとつ発さず、魂が抜けたような状態で過ごしていた。
ただ牢の中で座り、どこか遠くを見つめているだけ。俺だけでなく誰に対しても二年間変わらずこの様子で、聴取にも一切答えない。
この男がしたことは絶対に許されることではないし、罪を償うべきだ。俺個人としてはセイディを傷付けたのだから、何度も殺してやりたいとさえ思った。
だが同時に、魔道具で人生を狂わされた過去を哀れむ気持ちがあるのも事実だった。
◇◇◇
そしてセイディが目覚めないまま、二年半の月日が経ったある日。
父に呼び出されて執務室へ向かうと「大事な話がある」と切り出された。すぐに何の話か察しはついた。
「……第二王女様とお前の婚姻の話が上がっている」
予想通りの話に、唇を噛み締める。
第二王女との婚姻を、国王陛下から軽い調子で提案されたことはこれまで何度もあった。
王女も俺に好意を抱いているらしく、アプローチをかけられることも少なくない。
それでもセイディの事件が表沙汰になり、元婚約者の俺もより同情される立場になったことで、無理には勧めることはできなかったようだった。
だが、あれからもう二年半が経つ。
俺も二十四歳になり、とうに我が国の結婚適齢期を迎えている。次期ラングリッジ侯爵としても、いい加減に身を固める必要があることだって分かっていた。
何より神殿派だった我が家は、教皇の犯した罪により立場が弱っている。そんな中、王家から婚姻を持ちかけられるというのはこれ以上ないほど、幸運なことだと理解していた。
だからこそ俺の気持ちを知っていてもなお、父はこの話をしたのだろう。至極当然だった。
それでも俺の答えは、決まっている。
「俺はセイディ以外の女性を妻として迎えることなど、絶対に考えられません」
「彼女が目を覚ます確証も、たとえそうなったとしてもお前の求婚を受ける確証などないだろう」
「それでも構いません。独りで生きていきます」
不肖な息子で申し訳ない、そうなった場合は分家から養子を迎えて跡継ぎにして構わないと迷いなく告げれば、父は「そうか」とだけ呟き、片手で目元を覆った。
親不孝者だという自覚はあっても、こればかりは絶対に譲れない。
俺にとって一番大切なものは、今までもこれからもセイディだという確信があった。
「私から陛下に断りの連絡を入れておく」
「……申し訳ありません」
父は椅子から立ち上がると、俺の肩を叩き、部屋を後にした。
それでも、どこから漏れたのか俺と王女が近々婚約するという噂が社交界で話題になっているとケヴィンから聞き、頭が痛くなった。
こういった噂は広まるのが早い上に、今回は相手が相手だけに迂闊に否定することもできない。そしてそれは、アークライト伯爵夫妻の耳にも入ったらしい。
「どうか、ご自分の幸せに目を向けてください。十分よくしていただきましたから」
「…………っ」
「私達はルーファス様を息子のように思っているからこそ、セイディの分も幸せになっていただきたいのです」
いつものようにセイディの元へ訪れたところ、真剣な表情を浮かべた二人にそう告げられた。
俺の気持ちや行動が、二人にとって負担になっていることも理解できる。何より、俺のためにそう言ってくれていることだって分かっていた。
だが何年、何十年経ってもセイディを待つという気持ちに、変わりはない。
それを伝えれば二人は安心したような、けれど悲しげな顔で礼を言い、微笑んでいた。
セイディの部屋に案内された後は、いつものように側の椅子に腰を下ろした。
今日もセイディは穏やかに眠っているように、目を閉じている。エリザ達が来ていたのか、花瓶には彼女達がいつも見舞いに持ってくる花が生けられていた。
「……俺は、間違っているんだろうか」
ただセイディが好きで大切で、幸せにしたい。子供の頃から、ただそれだけだったのに。
「だが、俺はもう二度と迷ったりはしない」
彼女のためならどんなことだってできるし、どんなものだって差し出せる。この命さえも。
もちろんセイディがそんなことを望まないことだって、分かっている。それでもセイディの声を聞きたい、あの眩しい笑顔が見たいと願わずにはいられない。
「頼むから、目を覚ましてくれ」
そっと彼女の手を取り、祈るように額に当てる。
「……好きなんだ、愛してる」
目から一筋の涙がこぼれ落ちた瞬間、握りしめていた彼女の指先が、少しだけ動いた気がした。




