急変
次に目が覚めた時、私はケヴィン様のお屋敷のベッドの上にいた。
ずっと側にいてくれたらしいルーファスは、泣きそうな顔で私の手を握りしめている。
上手く声が出ない私にルーファスは一杯の水を飲ませてくれ、悔やむような表情を浮かべた。
「……本当に遅くなって、すまなかった」
ルーファスが謝ることなんて何ひとつないと告げたものの、彼は小さく頭を左右に振る。
足の怪我も意識がない間に治療してくれたらしく、跡にならないそうで安堵した。
「どうして私がメイベルじゃないって分かったの? もしかしてみんな気付いてるの?」
「いや、俺だけだ」
そしてルーファスは、誕生日パーティの日からこれまでのことを話してくれた。
──少しずつメイベルに違和感を覚え、やがて確信に変わったこと。
周りの人間を疑いたくはないものの、こちらに協力者がいなければあの場での入れ替わりなどできないはずだと思い、誰にも言わずにいたこと。
騙されたふりをしてメイベルを油断させ、魔道具のありかを探っていたこと。
エリザの身体に私が入っていると考えながらも、私の身の安全が分からない以上、男爵邸に無理に押入ることもできず、毎日見張りを置いて監視していたこと。
そして私達が乗る馬車の後を付けた見張りから報告を受け、すぐに向かってくれたことを。
「………ルーファス、ありがとう」
こうして助けに来てくれたことはもちろん、私ではないと気付いてくれたことが本当に嬉しかった。
ルーファスが気付いてくれなければ私は今頃、追っ手から逃げることができずジェラルドの怒りを買い、どうなっていたか分からない。
ジェラルドはタバサ同様に屋敷の地下牢に閉じ込めており「セイディを返せ」と人が変わったように暴れ、抵抗し続けているという。
『絶対に、捕まえろ! たとえ手足がなくなっても、生きてさえいればいい!』
大聖堂でのことを思い出すと、全身の血が冷え渡る思いがした。思わず両腕を抱きしめれば、ルーファスは「もう大丈夫だ」と言ってくれる。
「よく頑張ったな。セイディがあの場で逃げ出していなければ、助けられなかったかもしれない」
「ううん。本当に、助けてくれてありがとう」
ルーファスの右手を両手でそっと包み、黒曜石の瞳をまっすぐに見つめる。
改めてルーファスが好きだと、こうして再び会えて本当に良かったと、心から思う。
「これから、どうしたらいいのかな」
メイベルを捕らえたところで、魔道具のありかを吐くとは思えない。
刺激をして彼女が万が一、自ら命を絶てば、私もエリザも命を落とすことになる。迂闊な行動は絶対にできないと、ルーファスは目を伏せた。
やはり魔道具を奪い、それぞれが元の身体に戻るしかないのかもしれない。
「裏切り者がフィンドレイだと発覚した以上、三人にも全てを話し、魔道具を探した方がいいだろうな」
「そうだね」
ニール、エリザ、ノーマンは私の身体を奪われ、ジェラルドが裏切ったことを知れば心を痛めるはず。
それでもいつかは知ることとなるし、ルーファスだけに全てを任せる訳にはいかない。
「お願いします。みんなには私は元気だから! ってちゃんと伝えてね」
「ああ」
みんなへ手紙を認めることにはしたものの、私はここで何もできないままだと思うと、歯痒くて仕方ない。
けれどルーファスは、誰よりも辛い目に遭っていたのだから当然だと、励ましてくれた。
「ルーファス、何から何まで本当にありがとう。あなただって被害者なのに」
「気にしないでくれ。俺はセイディのためなら何だってするし、そうしたいんだ」
そんな言葉に少しの戸惑いと、こんな時なのに胸の高鳴りを覚えてしまう。
「……本当に、無事で良かった。姿を見るまで、生きた心地がしなかった」
今にも消え入りそうな声からは、本当に心配をかけてしまったのが伝わってくる。
私もルーファスの大きな背中に腕を回すと、黙ってあんな作戦をしたことを謝り、改めてこれまでのことに対してお礼を告げた。
◇◇◇
二日後の晩、ケヴィン様のお屋敷で静かに過ごしていたところ、血相を変えたルーファスがやってきた。これほど彼が焦った様子を見るのは初めてで、心臓が嫌な音を立てていく。
ルーファスは呼吸を整える間もなく、口を開いた。
「──メイベルに悟られた」
「え?」
「フィンドレイとの定期連絡が途絶えたこと、そしてエリザの態度から、俺達が入れ替わっていることに気付いたと察したらしい」
「そんな……!」
やはり私が再び身体を奪われたこと、ジェラルドの裏切りを知って、これまで通りにメイベルに対して友人として接するなんて無理だったのだ。
もっと考え、気遣うべきだったと思いながらも、ジェラルドをもう解放できない以上、やはり時間の問題だったのかもしれない。
「気付かれたと察したメイベルは、騙されているふりをしながらノーマンに毒を盛ったんだ」
「……うそ」
「ノーマンは倒れ、メイベルは助けてほしければ自分を自由にしろ、金も何もかも一生困らないほど用意しろと要求してきた。そうしたら解毒剤を用意してやると」
メイベルはもうセイディ・アークライトとしての平穏な暮らしを失った以上、ここを離れるのが得策だと考えたに違いない。
けれど要求通りにすればもう、私達は二度と元の身体に戻れなくなるのは目に見えていた。
私達が仲間を見捨てないと知っているからこそ、強気な態度でいられるのだろう。そもそも彼女自身が、私とエリザの命を握っているようなものなのだ。
常にメイベルの方が上手なことに変わりはなかった。
「メイベルは『フィンドレイの提案が面白かったから乗ってやったのに、本当に使えない男だ、失敗した』と呆れたように笑っていた」
「…………っ」
「金や脱出経路を用意するのに三日やると言われて、戻ってきたんだ。本当にすまない」
「ううん、ルーファスが謝る必要なんてない。本当に、巻き込んでしまってごめんなさい」
状況は最悪だけれど、このままメイベルの思い通りにいかせるわけにはいかない。
きつく両手を握りしめ、私はルーファスを見上げた。
「私をアークライト伯爵邸へ連れて行って」




