大切なもの 1
「おはよう、マティルダ」
「おはようございます、エリザ様」
今日も私専属のメイドが、丁寧に世話をしてくれる。
二人いるうちの一人であるマティルダは、十八歳で同い年の黒髪がよく似合う女性だった。
「今日はとても天気がいいのね。窓から庭園の花達がよく見えて、嬉しくなったわ」
「それは良かったです」
最初のうちはこの部屋から出してほしい、私はエリザじゃないと必死に訴えては、可哀想なものを見るような視線を向けられていた。
けれど落ち着いてからは何かを求めることも、訴えることもやめている。穏やかであることを心がけて笑顔で過ごし、日常的な普通の会話のみを続けていた。
話し方も仕草も、なるべくメイベルが演じていたエリザ・ヘインズを心がけている。
──私が正常であると、伝わるように。
「昼食はエリザ様のお好きな魚がメインですよ」
「まあ、嬉しいわ! 楽しみ」
その甲斐あってか、最初は必要最低限だったものの、少しずつ会話をしてくれるようになった。
本当は今すぐにでも、両親やルーファスに取り次いでほしいと頼みたくなる。けれど絶対焦ってはいけない、まだ早いと自分に必死に言い聞かせ続けていた。
「最近は外で、何かあるのかしら?」
「来週には狩猟祭が行われますよ」
「もうそんな季節なのね」
ずっと閉じ込められていることを不憫に想っているのか、外の様子も少しだけ教えてくれるようになった。
まだ尋ねたいことはあるけれど、今日はもう充分話をしたし、ここで切り上げるべきだろう。
「じゃあ、食事を終えたらまた呼ぶわね」
「かしこまりました」
また明日、彼女の好きそうな話題を振って会話を増やし、少しでも警戒心を解いてもらいたい。
そんな願いを胸に、焦燥感を押さえつけるように、テーブルの下できつく両手を握りしめた。
そして翌朝も、マティルダはやってきた。
「まずはお着替えをしましょうか。ジェラルド様から素敵なドレスをいただいていますから」
「ええ、ありがとう」
ジェラルドの瞳と同じ色のドレスに着替え、鏡台前に移動する。
「今日の髪型はどうされますか?」
「ジェラルドはおろしているのが好きみたいだから、ハーフアップがいいわ」
「ふふ、かしこまりました」
照れたふりをしながらそう伝えれば、微笑ましい眼差しを向けられた。
マティルダはジェラルドを理想の婚約者だと思っているようで、私が彼の話をすると嬉しそうにする。予想通りの反応にほっとしつつ、次の話題を振ることにした。
「ねえ、マティルダは恋人がいるの?」
「はい」
「まあ、素敵ね! どんな方なの?」
それからは楽しげに相槌を打ち、彼女の恋人との話を聞くことに徹した。
「とある貴族のお屋敷で庭師をしているのですが──」
いつもよりも饒舌になっており楽しそうで、やはりこれくらいの年齢の女性というのは、恋愛に関する話が好きらしい。
本当は早く結婚したいものの金銭的な余裕がなく、お互い仕事に明け暮れているのだという。
想像していた以上に深いところまで話を聞くことができ、少しずつ心を開いてくれているのを確信する。
こんな状況でなければ、普通の友人みたいな関係になれたのかもしれないのに。
「狩猟祭にも一緒に行く予定なんです」
「そうなのね。羨ましいわ」
私の言葉に、マティルダは少し悲しげな顔をした。やはりこの部屋から一歩も出られない私を、不憫に思ってくれているのだろう。
「いつか、ジェラルド様と一緒に行けると思います」
「ありがとう。お願いしてみようかしら」
そんな話をしているうちに、可愛らしい編み込みのハーフアップが完成していた。
メイド達はいつも丁寧に身支度をしてくれている。この部屋から出ず、彼女達とジェラルド以外に会うことなんてないというのに。
「今日のドレスには、エリザ様のお気に入りの髪飾りがよく似合うと思います。お出ししても?」
「ええ、お願い」
よく分からないまま返事をすると、マティルダはクローゼットの中から鍵付きのジュエリーボックスを取り出した。
初めて見たけれど鍵付きなだけあり、中のアクセサリーはどれも高価なのが窺えた。大きなエメラルドが輝く髪飾りを取り出すマティルダを、鏡越しに見つめる。
「私は大切なものって、ここにしまっていたの?」
「大切なものと言うより、高価なものでしょうか。以前メイドの一人が盗難騒ぎを起こしたので」
「そうなのね」
メイベルは魔道具をどこで保管していたのだろう。タバサ達からの話を聞く限り、自分以外の人間を信用していないだろうし、誰かに預けていない気がした。




