誕生日 2
どうして、ルーファスがここに居るのだろう。
戸惑う私を見て彼は小さく微笑むと、ソファから立ち上がりこちらへとやって来る。
やがて目の前まで来ると、ひどく優しい声で「セイディ」と私の名前を呼んだ。それだけで、心臓が跳ねてしまう。
「あの、どうしてここに?」
「お前の友人が呼んでくれたんだ。パーティーには参加できないだろうが、セイディを祝って欲しいと」
「エリザとノーマンが……」
「ああ」
本当は彼にも祝って欲しいという私の気持ちが、バレてしまっていたのだろうか。二人の先程の言葉を思い出し、恥ずかしくて嬉しくて、泣きたくなった。
「セイディ、誕生日おめでとう」
ルーファスはそう言って、手に持っていた大きな花束を渡してくれる。色とりどりの花達は私の好きなものばかりで、余計に視界がぼやけていく。
まさか彼に祝ってもらえるなんて、思ってもみなかった。
「あ、ありがとう、ルーファス。すごく嬉しい」
「そうか」
「っ本当に本当に、嬉しい」
「……良かった」
最高のプレゼントだと、二人にも、そしてルーファスにも心から感謝した。宝物となった花束をそっと近くにあったテーブルの上に置き、彼に向き直る。
「あの、良かったら座って話をしよう?」
「ああ。ただ、15分ほどしか時間がないと聞いている」
「それなのにわざわざ来てくれて、ありがとう」
「いや、顔が見られただけで十分だ」
そんな言葉に、とくとくと心臓が早鐘を打っていく。今日のルーファスはなんというか、いつもよりも甘い気がする。
並んでソファに座り、お茶を用意する時間もないことを謝りながらも、浮かれてしまっていた私は「嬉しい」ばかりを繰り返していた。
ルーファスは「そうか」と柔らかい笑みを浮かべ、ずっと私の話を聞いてくれている。
「何か欲しいものはないか?」
「ううん、もう十分だよ。一番欲しいものをもらったもの」
「……一番欲しいもの?」
「うん。ルーファスにお祝いして貰えるのが、一番嬉しい」
つい思ったことをそのまま口に出してしまい、私は慌てて口を噤む。なんだか重いと思われてしまいそうだ。恥ずかしくなり、今のは忘れて欲しいと言おうとした時だった。
ぐいと腕を引かれ、気が付けば私はルーファスに抱きしめられていて。柔らかな優しい香りと温かい体温に包まれた私は、息をするのも忘れ、固まってしまう。
ぎゅっときつく抱きしめられ、どうしてルーファスがこんなことをしているのか分からないけれど、やっぱり泣きたくなるくらいに、嬉しいと思った。
やがて身体の力を抜き、身を委ねた瞬間、彼はぱっと私から離れたかと思うと、両手で顔を覆った。
「と、突然すまない。俺はなんてことを……」
「い、いいえ」
ひどく動揺している様子の彼は、耳まで真っ赤で。きっと顔が熱い私も、同じくらいに赤くなっているに違いない。
そんな中、彼は「あ」と顔を上げると、慌てて私を見た。
「誰にでも、こんなことをするわけじゃない」
「そ、そっか」
きっと、先日のお酒の件を気にしているのだろう。
それからしばらく、なんとも言えない沈黙が私達の間には流れたけれど、ふと「そろそろ時間だ」とルーファスが呟いたことで、それも終わりを告げた。
「うん。玄関まで送るね」
「すまない」
ソファから立ち上がろうとすると、ルーファスがそっと手を差し出してくれた。大きくて温かい彼の手を取るだけで、やはりドキドキしてしまう。
そうして部屋を出て廊下を歩いている間も、その手は繋がれたままで。すれ違う使用人達が皆優しい視線を向けてくるのもまた、恥ずかしくて落ち着かなくて仕方なかった。
あっという間に玄関へと着き、静かに手が離される。
「改めて、誕生日おめでとう」
「今日は本当にありがとう。気をつけて帰ってね」
「ああ。楽しんでくれ」
そう言って微笑んだルーファスはもちろん、私が今日これから毒薬を飲むなんて知る由もない。
無事にすべてを終えて、またルーファスに会いたい。遠ざかって行く馬車を窓から見送りながら、そう思った。
◇◇◇
屋敷の中へと戻り広間へと向かうと、エリザとノーマンの姿があり、私は二人に駆け寄ると思い切り抱きついた。
「おかえり、セイディ」
「ふ、二人ともありがとう……! 本当に嬉しかった」
「喜んでくれて、俺達も嬉しいよ」
何度も何度もお礼を言えば、二人も自分のことのように喜んでくれて、本当に幸せだと実感する。
「それにしても、本当に素敵なドレスだな。妖精みたいだ」
「ありがとう。お父様が用意してくれたのかな」
「えっ? ルーファス様よ。聞いていない?」
「……うそ」
先程彼はよく似合っていると褒めてくれただけで、そんなこと一言も言っていなかった。一目惚れしたこのドレスが、余計に大好きになっていく。
次に会った時にドレスのお礼もしようと思っていると、メイドによってジェラルドとニールの来訪を告げられた。
二人もパーティの招待客として参加する予定だけれど、その前に最終確認として集まることになっていた。
「セイディ、誕生日おめでとう。すごく綺麗だ」
「ありがとう」
「お姫様みたいだね」
ジェラルドやニールも素敵な花束をくれて、プレゼントは後日用意すると言ってくれた。もう十分だと言っても、びっくりするような物を用意しなきゃ、とニールは笑っている。
そうして確認を終え、そろそろ会場へと向かおうとしたところ、私はふとルーファスに貰ったネックレスを自室のテーブルの上に置きっぱなしだったことを思い出した。今日のドレスとは流石に合わないため、外していたのだ。
無くなったりすることはないだろうけれど、それでも不安で。私は箱にしまってから会場へと向かうことにした。
「ちょっとだけ自室へ行くけど、すぐ戻ってくるから」
「僕も一緒に行くよ」
するとジェラルドが「途中で転んで、怪我をしたりドレスが汚れたりしては困るから」と言ってくれて。断るのもなんだか気が引けて、お願いすることにした。
二人で廊下を歩きながら他愛ない話をしていても、ジェラルドは驚くほどいつも通りで、ほっとする。ネックレスを大切に箱にしまい、入り口にいたジェラルドの元へと戻る。
お礼を言うと、彼は「セイディ」と私の名を呼んだ。
「さっき、ルーファス・ラングリッジと会った?」
「う、うん。少しだけお祝いをしにきてくれたんだけど、どうして分かったの?」
「セイディから、あいつの匂いがしたから」
どきりと、心臓が大きく跳ねた。抱きしめられた時に、彼の香水の香りが移ったのだろうか。ひどく気まずい空気が流れ、耐えきれなくなった私はつい謝罪の言葉を口にした。
そんな私に、ジェラルドはふわりと微笑む。
「いや、僕としても良かったよ」
「えっ?」
「躊躇いが無くなった」
一体、何の話だろうか。ジェラルドはいつもと変わらない笑みを浮かべており、何を考えているのか分からない。
「戻ろうか。そろそろ時間だ」
差し出された彼の手を取り、歩き出す。その手はひどく冷たくて、ぞくりと鳥肌が立った。
ヤンデレの準備運動が終わりました




