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10年間身体を乗っ取られ悪女になっていた私に、二度と顔を見せるなと婚約破棄してきた騎士様が今日も縋ってくる  作者: 琴子


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誕生日 2



 どうして、ルーファスがここに居るのだろう。


 戸惑う私を見て彼は小さく微笑むと、ソファから立ち上がりこちらへとやって来る。


 やがて目の前まで来ると、ひどく優しい声で「セイディ」と私の名前を呼んだ。それだけで、心臓が跳ねてしまう。


「あの、どうしてここに?」

「お前の友人が呼んでくれたんだ。パーティーには参加できないだろうが、セイディを祝って欲しいと」

「エリザとノーマンが……」

「ああ」


 本当は彼にも祝って欲しいという私の気持ちが、バレてしまっていたのだろうか。二人の先程の言葉を思い出し、恥ずかしくて嬉しくて、泣きたくなった。


「セイディ、誕生日おめでとう」


 ルーファスはそう言って、手に持っていた大きな花束を渡してくれる。色とりどりの花達は私の好きなものばかりで、余計に視界がぼやけていく。


 まさか彼に祝ってもらえるなんて、思ってもみなかった。


「あ、ありがとう、ルーファス。すごく嬉しい」

「そうか」

「っ本当に本当に、嬉しい」

「……良かった」

 

 最高のプレゼントだと、二人にも、そしてルーファスにも心から感謝した。宝物となった花束をそっと近くにあったテーブルの上に置き、彼に向き直る。


「あの、良かったら座って話をしよう?」

「ああ。ただ、15分ほどしか時間がないと聞いている」

「それなのにわざわざ来てくれて、ありがとう」

「いや、顔が見られただけで十分だ」


 そんな言葉に、とくとくと心臓が早鐘を打っていく。今日のルーファスはなんというか、いつもよりも甘い気がする。


 並んでソファに座り、お茶を用意する時間もないことを謝りながらも、浮かれてしまっていた私は「嬉しい」ばかりを繰り返していた。


 ルーファスは「そうか」と柔らかい笑みを浮かべ、ずっと私の話を聞いてくれている。


「何か欲しいものはないか?」

「ううん、もう十分だよ。一番欲しいものをもらったもの」

「……一番欲しいもの?」

「うん。ルーファスにお祝いして貰えるのが、一番嬉しい」


 つい思ったことをそのまま口に出してしまい、私は慌てて口を噤む。なんだか重いと思われてしまいそうだ。恥ずかしくなり、今のは忘れて欲しいと言おうとした時だった。


 ぐいと腕を引かれ、気が付けば私はルーファスに抱きしめられていて。柔らかな優しい香りと温かい体温に包まれた私は、息をするのも忘れ、固まってしまう。


 ぎゅっときつく抱きしめられ、どうしてルーファスがこんなことをしているのか分からないけれど、やっぱり泣きたくなるくらいに、嬉しいと思った。


 やがて身体の力を抜き、身を委ねた瞬間、彼はぱっと私から離れたかと思うと、両手で顔を覆った。


「と、突然すまない。俺はなんてことを……」

「い、いいえ」


 ひどく動揺している様子の彼は、耳まで真っ赤で。きっと顔が熱い私も、同じくらいに赤くなっているに違いない。


 そんな中、彼は「あ」と顔を上げると、慌てて私を見た。


「誰にでも、こんなことをするわけじゃない」

「そ、そっか」


 きっと、先日のお酒の件を気にしているのだろう。


 それからしばらく、なんとも言えない沈黙が私達の間には流れたけれど、ふと「そろそろ時間だ」とルーファスが呟いたことで、それも終わりを告げた。


「うん。玄関まで送るね」

「すまない」


 ソファから立ち上がろうとすると、ルーファスがそっと手を差し出してくれた。大きくて温かい彼の手を取るだけで、やはりドキドキしてしまう。


 そうして部屋を出て廊下を歩いている間も、その手は繋がれたままで。すれ違う使用人達が皆優しい視線を向けてくるのもまた、恥ずかしくて落ち着かなくて仕方なかった。


 あっという間に玄関へと着き、静かに手が離される。


「改めて、誕生日おめでとう」

「今日は本当にありがとう。気をつけて帰ってね」

「ああ。楽しんでくれ」


 そう言って微笑んだルーファスはもちろん、私が今日これから毒薬を飲むなんて知る由もない。


 無事にすべてを終えて、またルーファスに会いたい。遠ざかって行く馬車を窓から見送りながら、そう思った。




◇◇◇




 屋敷の中へと戻り広間へと向かうと、エリザとノーマンの姿があり、私は二人に駆け寄ると思い切り抱きついた。


「おかえり、セイディ」

「ふ、二人ともありがとう……! 本当に嬉しかった」

「喜んでくれて、俺達も嬉しいよ」


 何度も何度もお礼を言えば、二人も自分のことのように喜んでくれて、本当に幸せだと実感する。


「それにしても、本当に素敵なドレスだな。妖精みたいだ」

「ありがとう。お父様が用意してくれたのかな」

「えっ? ルーファス様よ。聞いていない?」

「……うそ」


 先程彼はよく似合っていると褒めてくれただけで、そんなこと一言も言っていなかった。一目惚れしたこのドレスが、余計に大好きになっていく。


 次に会った時にドレスのお礼もしようと思っていると、メイドによってジェラルドとニールの来訪を告げられた。


 二人もパーティの招待客として参加する予定だけれど、その前に最終確認として集まることになっていた。


「セイディ、誕生日おめでとう。すごく綺麗だ」

「ありがとう」

「お姫様みたいだね」


 ジェラルドやニールも素敵な花束をくれて、プレゼントは後日用意すると言ってくれた。もう十分だと言っても、びっくりするような物を用意しなきゃ、とニールは笑っている。


 そうして確認を終え、そろそろ会場へと向かおうとしたところ、私はふとルーファスに貰ったネックレスを自室のテーブルの上に置きっぱなしだったことを思い出した。今日のドレスとは流石に合わないため、外していたのだ。


 無くなったりすることはないだろうけれど、それでも不安で。私は箱にしまってから会場へと向かうことにした。


「ちょっとだけ自室へ行くけど、すぐ戻ってくるから」

「僕も一緒に行くよ」


 するとジェラルドが「途中で転んで、怪我をしたりドレスが汚れたりしては困るから」と言ってくれて。断るのもなんだか気が引けて、お願いすることにした。


 二人で廊下を歩きながら他愛ない話をしていても、ジェラルドは驚くほどいつも通りで、ほっとする。ネックレスを大切に箱にしまい、入り口にいたジェラルドの元へと戻る。


 お礼を言うと、彼は「セイディ」と私の名を呼んだ。


「さっき、ルーファス・ラングリッジと会った?」

「う、うん。少しだけお祝いをしにきてくれたんだけど、どうして分かったの?」

「セイディから、あいつの匂いがしたから」


 どきりと、心臓が大きく跳ねた。抱きしめられた時に、彼の香水の香りが移ったのだろうか。ひどく気まずい空気が流れ、耐えきれなくなった私はつい謝罪の言葉を口にした。


 そんな私に、ジェラルドはふわりと微笑む。


「いや、僕としても良かったよ」

「えっ?」

躊躇(ためら)いが無くなった」


 一体、何の話だろうか。ジェラルドはいつもと変わらない笑みを浮かべており、何を考えているのか分からない。


「戻ろうか。そろそろ時間だ」


 差し出された彼の手を取り、歩き出す。その手はひどく冷たくて、ぞくりと鳥肌が立った。



ヤンデレの準備運動が終わりました

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