真実 4
「……壊れかけている、だと?」
「ああ。多分だがな」
予想もしていなかった答えに、私は息を呑んだ。隣にいるルーファスもまた、ひどく驚いた表情を浮かべている。
「君達も、魔道具を使ったことはあるだろう? どんなものでも時間が経てば効果は弱り、いつかは壊れる」
「…………」
「あれは気が遠くなるくらい昔からあるものだ。だからこそ教皇様も、その使い方にはかなり気を遣われていた。最低限しか使わず、ご自身の聖力で常に保護していたくらいには」
私はルーファスから貰った指輪しか使ったことはないけれど、隣の彼の様子を見る限り、そういうものらしかった。
「それなのに、あいつらはこの短期間で一体何度使った? 何人の身体を入れ替えた? そもそも同時に使える人数も、間違いなく限りはあるだろう。その結果、魔道具に限界がきて、数人が元に戻ってしまったのではないだろうか」
タバサの言っていた「実験」を含め、この短期間で私達など大勢の人間を入れ替えているのだ。間違いなく彼らは、魔道具を使いすぎているように思う。
大司教の言う通り、限界を迎えているのかもしれない。
「つまり、完全に壊れれば全員元に戻るということか」
「あ、」
ルーファスの言葉に、私は驚きの声を漏らした。まさかそんな方法があるなんて考えもしなかったのだ。
「その可能性は高いだろうな」
「…………っ」
「ただ、あと何度使えば壊れるのかはわからない。たった一度かもしれないし、まだ何度も使えるかもしれない」
大司教は「だが」と続けた。
「私の予想では、もう本当に限界ではないかと思う。教皇様ですら、あと何度使えるだろうかと憂いていたのだから」
そう言うと彼は教皇のことを思い出したのか、再び両手で顔を覆った。その手は小さく震えている。
もちろん、この男が憎かった。そもそもの原因を作ったのは大司教なのだ。それでも、何もかもを失いあんな真似までしていた姿はあまりにも哀れで、罵る気にもなれなかった。
「セイディ、他に聞きたいことはあるか?」
「ううん。もう大丈夫」
「分かった」
ルーファスはやはり大司教の身柄を神殿に引き渡すかと尋ねてくれたけれど、私は首を左右に振った。今後また、何か聞きたいことが出てくるかもしれない。
それに彼は罪の意識に苛まれながら、ここで一人気が狂ったふりを続けていくのだろう。それはきっと、私が思っているよりもずっと辛い日々に違いない。
また来ると告げて、私達はこの場を後にしたのだった。
◇◇◇
「セイディ、大丈夫か?」
「あっ、ごめんね。少し考え事をしていて」
帰り道の馬車の中、黙り続けていた私をルーファスはいつの間にか、心配そうな顔で見つめていた。
……メイベルという女は、今もあの魔道具を使っているのだろうか。このまま勝手に完全に壊れてくれるのが一番良いものの、話を聞く限り彼女も馬鹿ではない。
以前、ノーマンの身体を奪った男からは魔道具の効力が切れかけている、もう使えないという話を聞いていた。
けれど完全に魔道具が壊れていない以上、もう使えないというのはメイベルがついた嘘の可能性もある。私達が元に戻ったことで、何かを察したのかもしれない。
今回で、タバサが言っていたことが全て本当だということも分かった。今後彼女の話は、一応信用してもよさそうだ。
「ルーファス、ありがとう。また前に進めた気がする」
「ああ」
「戻ったらまた、何か方法を、っきゃ……!?」
そこまで言いかけた瞬間、突然ガタンと大きく馬車が揺れた。車体が傾いたことで私はバランスを崩し、気が付けば向かいのルーファスの上に倒れ込む形になってしまっていて。
彼もしっかりと抱きとめてくれたことで、彼の上に乗り、抱き合うような体勢になっている。
「ご、ごめん……! 本当に、ごめんなさい」
やがて揺れが収まると私は慌てて彼の上から降り、何度も謝罪の言葉を呟いた。
一方、ルーファスは俯き片手で目元を覆っている。その表情はよく見えないけれど、隙間から見える肌や耳まで真っ赤で、私も余計に恥ずかしさがこみ上げてきてしまう。
「……大丈夫、だったか」
「うん」
「その、外を、見てくる」
「う、うん」
そうしてルーファスは出入り口に二度、思い切り頭をぶつけた末に馬車から降りて行った。私もまだ、心臓がばくばくと大きな音をたてている。
こうして男性と触れ合ったことがないせいか、ひどく落ち着かない。私が想像していたよりも彼は温かくて良い匂いがして、逞しかった。思い出しただけでも、顔が熱くなる。
やがて戻ってきたルーファスは、何故か頰まで赤く腫れているように見えた。心配になり大丈夫かと尋ねれば「そうかもしれない」と返された。あまり大丈夫ではなさそうだ。
「……道が、崩れてしまったらしい」
「えっ?」
「今夜中に王都に戻るのは不可能そうだ。御者とも話をした結果、街に戻ろうと思うがいいだろうか」
「うん、お願いします」
今日中には帰れなくなってしまったものの、土砂崩れに巻き込まれなかっただけ、不幸中の幸運だろう。
それにルーファスと一緒なのだ。帰宅が明日になってしまっても、両親も大丈夫だと分かってくれるに違いない。
そうして馬車は方向を変え再び走り出したけれど、俯いたルーファスの耳はずっと、赤いままだった。




