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10年間身体を乗っ取られ悪女になっていた私に、二度と顔を見せるなと婚約破棄してきた騎士様が今日も縋ってくる  作者: 琴子


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再会



「……っエリザ、」


 あの日のままのエリザがいるということは、彼女もやはり元の身体に戻れていなかったことになる。今もこうして以前と変わらずに働かされていることが、何よりの証拠で。


 すぐに駆け寄って抱きつこうとしたけれど、首を傾げている彼女を見て、冷静になった。


 この姿で会うのは初めてなのだ。いきなりこんな場所に貴族令嬢が現れるなんて、戸惑うに違いない。私はまずは落ち着こうと小さく深呼吸をすると、口を開いた。


「私だよ、エリザ。セイディだよ。元の身体に戻ったの。迎えに来たから、一緒に帰ろう」


 そう告げれば、彼女の瞳が大きく見開かれた。信じられないといった表情を浮かべ、口元を両手で覆っている。


「本当に、あの、セイディなの……?」

「うん。エリザがたまにこっそり作ってくれる、固すぎるクッキーもどきが一番好きだった、セイディだよ」

「……あと、木の実をすり潰した酸っぱいジュースね」


 どちらも、お世辞にも美味しいとは言えない。むしろ美味しくないけれど、私はそれらも、それらを「内緒よ」とこっそり作ってくれるエリザも、大好きだった。


 今にも泣き出しそうな顔をしている彼女と、顔を見合わせて笑う。きっと今の私も、同じような顔をしているに違いない。ああ、本当に、本物のエリザだ。


「会いたかった……!」


 私は今度こそそんな彼女に駆け寄ると、きつくきつく、その細い身体を抱きしめたのだった。




◇◇◇




「ノーマンも元気よ、いつもセイディの心配をしていたわ」


 あの後すぐに小屋を出て、私達は三人でケヴィン様との待ち合わせ場所へと向かっていた。一番の問題だった首輪も、ルーファスの魔法で外すことができ、安堵した。


 それからは彼女のペースに合わせて早足で歩きながら、話を聞いていたけれど。どうやらあの日の夜、ジェラルドもニールも、そして私も突然様子が変わったらしい。


「どうして元の身体に、って叫んで暴れる彼らを見て、すぐにみんなが元に戻ったんだって、気が付いたの」


 三人だけでも元に戻れて良かったと言う彼女に、再び涙腺が緩んだ。エリザも、あまりにも優しすぎる。


「絶対に、エリザも元の身体に戻れるようにするから」

「ありがとう、セイディ。元の暮らしに戻れたというのに、こうして危険を犯して助けに来てくれるなんて……」


 ルーファスのお蔭だよ、と彼について話せば、エリザは彼へと視線を向けて。こっそりと私の耳元に口を寄せた。


「もしかして、セイディの恋人?」

「えっ」

「とてもお似合いだもの」


 そんな言葉を受け、ちらりと彼へと視線を向けてみたけれど、相変わらずその顔色はひどく悪い。


 ここで暮らしていた話をして以来、彼はずっとこの調子だった。きっと、罪悪感を感じ続けているのだろう。自国に戻った後、改めて気にしないで欲しいと伝えなければ。


 先程と同じ道を通り、無事に約束の地点まで戻ると、そこにはケヴィン様ともう一人、背の高い男性の姿があって。


「……セイディ、なのか?」

「っノーマン……!」


 彼に名前を呼ばれた途端、私は思わず駆け寄り、その大きな身体に抱きついていた。


「本当に、よかった……」

「話は彼から聞いたよ。セイディが無事でよかった。ジェラルドやニールも無事なんだろう?」

「うん、うん。皆も二人のことを心配してたよ」


 本当に、本当に良かった。ニールの話を聞いてからというもの、ずっと不安で仕方なかったのだ。


 私はそっとその身体から離れると、まずはルーファスに首輪を外してもらい、急いで脱出しようということになった。


「これから駐屯地へと戻るつもりですが、馬は二頭しかいないんです。5人での移動は流石に厳しいかと」

「あの、馬ならここに一頭だけいます」

「それは良かった。急いで拝借してきましょう」


 そしてすぐに荷運び用の馬の元へ、ケヴィン様とノーマンが向かい、私達三人はこの場に残ることになった。


 それにしても、警備があまりにも手薄だった。私達がこの場所を突き止めるとは、思っていなかったのだろう。間違いなく、ロイド様のお蔭だ。彼がいなければ、いつまでもこの場所に辿り着けなかったに違いない。


 エリザに聞きたいことや話したいことも、沢山あったけれど。まずは一番気になっていたことを、尋ねることにした。


「そうだ、エリザ。エリザの名前って、なんて言うの?」

「私の名前? エリザ・ヘインズよ」

「…………え、」


 何気なく返ってきた言葉に、心臓が大きく跳ねた。隣にいたルーファスもまた、切れ長の瞳を見開いている。


「っやっぱり、あのエリザが……」


 怒りと共に、言いようのない恐怖が込み上げてくる。あんなにもエリザ本人になりきっていた彼女が、恐ろしくて仕方ない。震え出す指先を、ぎゅっと握り締めた時だった。


「それよりも、気を付けて。ここにはまだセイディの、」


 エリザがそう言いかけたのと同時に、ザリッと砂を踏む音がしたのだ。突然の人の気配に、私達は慌てて振り返る。


 けれどそこにいたのは、ケヴィン様でもノーマンでも、見張りの男達でもなくて。



 心臓が、時間が、止まったような錯覚を覚えた。どうして彼女がまだ、此処にいるのだろうか。


「……セイディ・アークライト……?」


 10年間慣れ親しんだ身体が、じっと私を見つめていた。



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