第九十五話 ゴリラと魔導具
ダンジョン入り口の階段を降りて、地下1階の広間にやってきた。ここなら魔力があるから大丈夫だろう。
よし、桜木亭にいた冒険者達は付いてきてないな・・
俺はアイテムボックスを開き、中から水の出る魔導具と家具に変わるキューブの入った箱を取り出した。
「いくつが出たんでワンセット差し上げますね」
「こいつは何だ?」
手渡した魔導具を興味深そうに角度を変えながら観察している。
おもちゃを手にしたゴリラのようでちょっと面白いが、さすがに説明しないとわからないだろう。
「まずこの筒は水が出る魔導具です」
一度魔導具を預かり実演してみせる。
筒を持って魔力を込めると、底の魔石のような物から水が湧いてきた。
筒の半分くらいまで水を出して魔力を止めた。
「こんな感じで魔力を込めれば水が出てきます」
水の入った魔導具をそのまま龍二さんに渡す。
龍二さんは中の水を揺らしたり手に少し出したりした後、筒に口をつけて飲み始めた。
「・・水だ」
どんだけ疑ってるんだよ・・
龍二さんはそのまま中身の水を飲み干し、今度は自分の魔力で水を貯め始めた。
水が筒から溢れ出すが、それでもなお魔力を込めて水を出し続ける。
「これは魔力さえあればいくらでも水が出るのか?」
「さあどうなんでしょう? さすがに限界まで水を出し続ける実験はしてないので」
俺も向こうで買っただけのものだから、『魔力を込めれば水が出る』事以外はわからない。
するとみーちゃんが龍二さんのズボンの裾を引っ張って説明を始めた。
「なかのませきがこわれなかったら、なんかいでもつかえるの」
「なるほど、さすがは精霊だな。無知な豊とは大違いだ」
「そいつを返せこの野郎!」
イラッときた俺は龍二さんの手から筒を奪おうとするが、持っている手を高く上にあげたせいで届かなかった。
全く、無駄にデカいんだから!
「一度あげたものを返せだなんてカッコ悪いぜ。こいつはありがたく頂いとく」
「くそっ。水の飲み過ぎで腹でも壊しちまえ」
そう言ってやると、龍二さんは笑いながら筒に入ってる水をがぶ飲みして飲み干した。
「セーフエリアではいくらでも水が飲めるが、それ以外の場所じゃあ水を持っていくしかないからな。これがあれば、わざわざ重い水を運ばなくて済むな」
「龍二さんのパーティーには水魔法を使える人はいないですもんね。飲んでもよし、手を洗ってもよし。これがあればなかなか便利でしょ」
「ああ。その点お前は水魔法が使えるし、みーちゃんも当然使えるから全く必要なさそうだな」
そう、今回のお土産魔導具は俺には全く必要ない。
だから全部が誰かにあげる気ではいる。
まあコレクションとして持っておくのはアリかもしれないけど・・
「一つ難点があるとすれば、水を飲む時におっさん共で間接キスをすることになるが・・」
「飲み口を拭けばいいでしょう! 気持ち悪い事想像させないでください!」
50代のおっさん共がこの筒で水を回し飲みするとか、絵面的に酷すぎる。
これが若い女の子達だったら話は別なんだが・・
「・・なるほど。この魔導具を使って私が飲んだ後にゆーちゃんに飲ませれば・・」
「ゆーちゃん、みーちゃんはたまにまほうがつかえなくなるから、これでみずをのむといいの! みーちゃんもこれでのむから!」
「いや、だから俺も水魔法が使えるんだが?」
小賢しいことを考えていたちみっ子達だが、俺の一言で撃沈した。
欲望丸出しすぎだろ・・
「豊は女心がわかっちゃいないな」
「おっさん共の回し飲みも酷いが、幼女と中年の回し飲みも犯罪な絵面ですよ」
「父親と娘だと思えば別におかしくはないが・・」
「みんながみんなそう思ってくれればいいですけどね。俺が桜木亭で二人を連れていると、歯ぎしりしてくる冒険者や鼻息を荒くしてる女性職員なんかは絶対にそうは思ってくれないでしょ」
この後ふーちゃんをお披露目するのでさえ命がけなのに・・
女性職員たちに3人揃って拉致される前に逃げ切れるかどうかが鍵だな。
「で、こっちは何だ?」
中身が空っぽになった筒を自分のポケットにしまい、今度はキューブの入った箱の方を出してきた。
俺は再びその魔導具を受け取り実演して見せる。
「中に入ってるキューブに魔力を加えるとこんな感じに・・」
箱から取り出したキューブの一つに魔力を加える。
すると魔力に反応してみるみるうちにイスに変わった。
ついでなので、残りの椅子とテーブルとベッドのキューブも全て変化させる。
「簡単なキャンプセットになります」
「おお、こりゃすげぇ!」
水の魔導具の時よりいいリアクションしてくれた。
実際こっちの方が役に立つだろうしね。
「元に戻すときは、魔石の部分にもう一度魔力を流せばキューブに戻ります」
「これは嬉しいな。イスやテーブルもいいが、何よりベッドが最高だ。固い地面に寝袋じゃ疲れも取れないからな」
龍二さんの言う通り、簡易ベッドとはいえ地面で寝るのに比べれば天と地の差がある。
もちろん椅子やテーブルだって地面に座って食事するよりも数倍楽だろう・・みんな良いお年なんだし。
「・・しかし困った事が一つある」
そう言って先ほどまで喜んでいた龍二さんが一転、腕を組んで唸りだした。
何か不備でもあっただろうか? 布団は羽毛がいいとか言い出さないだろうな?
「椅子4脚テーブル2脚ベッド4台。これはまずいぞ」
「何がですか?」
「お前は忘れたのか? これは戦争になる・・」
一体何がまずいと言うのだろうか?
こんな便利なのに使いたくない人でもいるのかな?
「・・ウチのパーティーは5人だ」
これは血の雨が降りそうな予感だ・・




