幕間 ある水神社の男達の話
私が竜宮館の自室で仕事をしていると机に出しておいたスマホが鳴った。画面には『高倉さん』と表示されている。
このタイミングでの高倉さんからの連絡ならもしかして・・と思いながら、逸る気持ちを抑えてスマホを手に取った。
「はい、宮本です」
『もしもし高倉だ。本城君達がやってくれたぞ。水神社を救える方法を手に入れたそうだ』
その言葉は人生で一番嬉しい言葉だった。思わずガッツポーズをしそうになったのを抑え、私は冷静に会話を続ける。
「では予定通りヘリで?」
『ああ、これから桜木亭に来てそちらへと飛んでもらうよ』
「わかりました。受け入れ準備をしておきます」
高倉さんとの通話を終えて、まずは一階に降りてうちの職員達に伝えねばならない。
嬉しい気持ちが体を突き動かして階段に突撃する。
転がるように階段を駆け下りてきた私を、職員達に不思議そうな目で見られてしまった。普段の私らしからぬ行動だものな。
「みんな、今桜木亭から連絡が入った。水神社が復活する手段が見つかったそうだ!」
今の私は満面の笑みを浮かべているだろう。その私からの言葉に、職員達が一斉に歓声を上げた。
中には涙を流す者も多い。ここの職員には地元出身者が大勢いるしな。
「二時間後くらいに建物の前の広場にヘリが到着するので人払いを頼む。それと何人かは車で水神社が復活することを伝えて回ってくれ」
私の言葉に、課長が職員たちに役割を振り分けていく。
先程まで活気のなかったギルドがみるみる以前のような元気を取り戻す姿に、私も思わず涙が流れてしまった。
俺は今日も希望者達を連れて水神社へと潜っている。
水神社が消滅する――その話を聞いた周辺地域の人達や遠方からのお客さん達を旧漁港が見れる一層へと案内するためだ。
あの話を聞いてから二週間ほど。俺やここに所属する冒険者達がこの役を買って出て毎日ここに来ている。
本城さん達が失敗した場合、もう二度とここを見る事が出来なくなる。
見学者達は皆この風景に思いを馳せ、写真や動画を撮って涙を流しながら別れを惜しんでいる。
俺も泣きたいところだが、案内役の俺が泣いているわけにはいかない。
ここはダンジョンなわけだし、見学者がはぐれたりしないように仲間達としっかりと見ておかなければ。
「なあ如月よ。本当にここはもうだめなのか?」
一緒に案内をしている冒険者がそんな事を聞いてくる。
こいつらには何度も説明はしている。それでも諦めきれなくて何度も聞いてくるのだろう。
「後二週間で本城さん達が間に合わないとダメだろうな」
「そんな誰とも知れない冒険者に任せていいのかよ! 所詮水神社とは関係ない奴なんだろ!」
それは他の冒険者や見学者達も同じ意見なのだろう。なんせ俺だって同じ気持ちなのだから。
だからこそ頭にきている。
「だったらお前が何とかしろ! 何も出来ないから俺もお前もこうやって案内役をやってるんだろうが! 実際に何とかしようと動いてくれてる本城さん達に感謝するならともかく、文句を言ってんじゃねえよ!」
俺の怒りの声に誰も反論は出来なかった。
それが出来る奴ならこんなところで案内役をしていたり、見学して悲しんでいたりはしない。
そしてそれは俺も同じなのだ。ギルド会長だなんて役職をもらっても、こんな時に大した事も出来ない。
俺は今回の件であのバカを見直した。いや尊敬してると言ってもいい。
案内役なんてやっている俺達は本城さんを信じていると言えば聞こえはいいが、半ば水神社の復活を諦めているようなものだ。見学者たちと共に悲しみに暮れるだけ。本城さん達が失敗したら最後の日に水神社を見送る気でしかない。
だがあいつだけは違った。冒険者達が今出来る事として見学者の案内をしようと言った時、あいつだけはそれを良しとしなかった。
『俺は馬鹿だし出来る事なんて大してないが、それが水神社の為に何もしない理由になんてならない』
その後からアイツ――ヤスは別行動を始めた。何をしてるのかはよくわからないが、昨日はレンタルした箱トラで水神社に入っていく姿を見た人がいる。
少なくともヤスは俺達とは違い、水神社の復活のために動いているのだろう。
「如月君。今日までよく頑張って耐えてくれた」
不意に肩を叩かれて後ろを振り向くと、そこにはギルマスがいた。
何故こんな所にギルマスが来てるのだろう? そう思いながらギルマスの顔を見ると、うっすら涙を流しながら穏やかな顔をしていた。
「ギルマスどうしたんですか? 仕事終わりに見学ですか?」
ギルマスもまた本城さんを信じて――信じる事しか出来なかった人でもある。
国の方とは色々やり取りはしてくれたようだが、それは水神社存続の方法を模索することではなく、本城さんが戻ってくる時の話しだったそうだ。
最近はギルドの職員達と同様にほとんど笑顔を見せてなかった。
「本城君がやってくれたぞ。これからヘリに乗ってこちらに戻ってくる」
――本城さんが戻ってくる。
一瞬その意味を理解できなかったが、鈍っていた頭が一気に動き出した。
「じゃあ水神社は助かるんですね!」
「ああ。本城君ははっきりと水神社を救えると言ったそうだ」
ギルマスがそう言った瞬間、そこにいた全員が歓声を上げた。
本城さんを関係ない奴と言った冒険者も調子のいい事に喜んでいる。まあわざわざ無粋な事は言わないが。
「さあ全員ここから出るんだ。本城君達が来た時に邪魔にならないようにしないと」
「わかりました。見学会は中止だ! ただちに外に出るぞ」
ギルマスと俺の言葉に反対する者はいなかった。
皆笑顔で出口に向かって歩いていく。
「町の人たちにも職員が車で説明に行ってもらった。きっと大勢ここに来るだろうから君達も人員整理に手を貸してくれ」
「わかりました。それとヤスは・・」
「彼にも連絡したよ。すぐにこちらに来るそうだ」
きっとこの後はお祭り騒ぎになるだろう。そこにはヤスもいなくてはな。
あいつと共に絶望を見た時のように、今度は歓喜の瞬間をあいつと見届けよう。
~♪~♪
枕元に置いているスマホの着信音で目が覚める。
起き上がろうとしたが、慣れないことを頑張ったせいで体中が悲鳴を上げている。
とりあえず横になったままスマホを取るとギルマスからの着信だった。
「ヤスです」
『宮本だ。もしかして寝てたかい?』
寝起きの声で電話に出たためにバレてしまったようだ。
まあ隠す必要もないので素直に答える事にした。
「ええ、ちょっと疲れてたもので」
『それはすまなかったが緊急の連絡だ。本城君が水神社を復活させる方法を見つけてこちらに向かっているそうだ』
ギルマスの発した言葉は、寝起きの頭に焼酎を流し込まれたくらいの衝撃をもたらした。
そういやここのところ酒を飲んでなかったな・・
「間違いないんですね?」
『断言してたそうだから大丈夫だろう。東京からヘリでこちらに向かってるよ』
「わかりました。俺もそちらに行きます」
ギルマスとの通話を終えると急いで着替えを始める。
あの男が本当にやってくれるとは・・
俺は最初に会った時の事もあって、あいつの事をあまり信じてなかった。
もちろんあの時は水神社の事で気が立っていた俺が悪かったと思ってる。
精霊によって水神社に残された時間があと一か月だとわかり、あの男達がなんとかする方法を探すと言ってどこかに行った。
キサやギルマス、それに冒険者たちはあの男を信じて待つようだが、何故ここに来たばかりの男を信じられる?
皆があいつを信じて動かないなら、俺だけでも最後まであがいてみよう。そう思い馬鹿な頭をフル回転させる。
まずはダンジョンについて調べる事からだな。大きな図書館に行ってそれ関連の本を探してみた。
ダンジョンが出来てから三十年ほど。その間にいろいろな本が出版されていたようで、今まで本とは無縁の人生だった俺はめまいがしそうだった。
とりあえずは子供向けに作られた本を選んで読んでみる。
この日一日本を読み続けてわかったことは、よくわからないという事だった。
ダンジョンの詳しい仕組みについては、どの本でも推測でしか書かれていない。
本の作者もダンジョンの研究家も、解明されている事からわかっていない事を推測しているだけだ。
だがそんな中で気になった一文があった。
『ダンジョンのリソースはどこから来るのか?』
リソース。キサがそんな話をしてたな。
確か水神社のリソースが無くなるから消滅するとか。
リソースが無くなって消滅するって事は、魔物や水神社で獲れる魚だけじゃなくダンジョン自体もリソースによって出来てるってことか?
・・えーとつまり・・だから・・
他のダンジョンで手に入れた物を水神社に持ち込めば、そのリソースとやらが回復するんじゃないか?
――うん、俺の頭ではこれが限界だ。
ならばやることは一つだ。ここいらで水神社の次に近いのは青森のダンジョンだな。
確証もない事に他の人たちを付き合わせるわけにはいかないから、一人で行くしかない。
幸い独り身の俺には貯えもある。しばらくは向こうでドロップ品集めだ。
そして昨日。
二週間ほどかけて集めたドロップ品を箱トラに積んで水神社までやってきた。
青森のダンジョンではドロップ品がいっぱいになるまで潜り続けて、限界になったら外に出てアイテムを仮宿に置き、食料を買ってまたドロップ品がいっぱいになるまで潜り続けた。
俺は今まで冒険者としての活動はほとんどしていなかった。ダンジョンではほぼ毎日漁をしていたので、魔物と戦った経験は少ない。
何とか一人で戦い続けることが出来たのは地下三階が限界だった。
体がボロボロになりながらもドロップ品を集め続けて、その量は段ボールで二十六箱分に達した。今の俺にはこれ以上は無理だ。
ダンジョン内に車で入り込み、体に鞭を打って荷物を下ろしていく。
現在夜九時。青森から運転してきた事もありとても眠い。
そして何とか最後の一箱を下ろし終えて、やけくそ気味に叫んだ。
「ダンジョンよ俺の声が聞こえるか! もしこの荷物で少しでもリソースとやらが回復するのなら使ってくれ!」
ダンジョンに語り掛けるとか正気を疑われそうな話だ。
とりあえずもう色々と限界なので帰ろうとした時だった。
「・・え?」
目の前の段ボールが一瞬ですべて消えたのだ。
確かダンジョン内で荷物や死体などが消えるのには一時間ほどかかるはず。
なのに置いたばかりの荷物が消えたという事は・・
ダンジョンが意志を持って荷物をリソースとして回収したってことか?
これが本当なら水神社の延命になるはず!
「とにかく今日は一旦帰って寝よう。起きたらギルマスに報告だな」
そして今日。
逆にギルマスからの電話でで起こされ衝撃の話を聞き、こちらの件を報告するのを忘れてしまった。
・・まあ水神社が復活するなら報告する意味もないんだがな。
徒労に終わった気がする二週間を振り返りながら、俺は水神社に向かった。




