幕間 ある男の話 後編
さすがに披露宴はここで中断となるだろう。
俺達がいた会場は、地震でテーブルの料理が食器ごと床に落ちて酷いことになっていた。あれじゃすぐに片付けることはできない。
出席者はみな新郎新婦に慰めの言葉をかけるが、むしろ二人は怪我人が出なかったことを喜んでいた。
俺も二人に声を掛けようと歩き出した瞬間、誰かが肩を掴み俺を引き止めた。
振り向くと、そこには顔を真っ青にしたキサが俺の肩を掴んでいた。しかもどうも震えてるようだ。
「どうした? お前もあいつらのところに行って声を――」
「――津波だ・・津波が来る」
キサの言葉に、しかし俺はそうかと思うだけだった。
バカな俺はまだわかっていなかったのだ。
地震が起きれば津波くらい発生する。
港が多少水浸しになるくらいの津波などたまにあることだ。
「別にそんなに大したことはないだろ? 確かに船や港は気になるけど」
「馬鹿野郎! 震源地は三陸沖で宮城は震度七だぞ! もしかすると町にまで津波が来るかもしれないんだよ」
キサの大声に、その場にいた人達が静まり返った。
友人である新郎の出身は俺達と同じ宮城だ。当然ここには宮城から来た人達が大勢いる。
俺同様に楽観視してた招待客たちは、一斉にスマホを手に状況確認を始めた。
「回線が混雑してて嫁にも電話が繋がらねぇ・・避難してるといいが・・」
キサの言葉を聞き、俺も急いでスマホを出して家にかけてみる・・が、やはり繋がらない。
そうなると一気に不安が押し寄せてくる。
震度七の地震。冷静に考えれば震度七なんて殆ど聞いたことがない。
その地震だけでもかなりの被害が出てるはずだ。その上町まで津波が到達したら・・
「急いで帰ろう。町の皆が心配だ」
俺はキサの言葉に頷き、新郎新婦に挨拶をする。
新郎であるダチは、気にしなくていいから早く帰れと言ってくれた。
さらに話を聞いていた式場スタッフが駅までバスを出してくれるとの事で、宮城に帰る人は急いでバスに乗り込んだ。
道は多少渋滞していたが、何とか山形駅に到着した。
ここから仙石線に乗って帰れば・・と甘いことを思っていた。
「電車が全部止まってる・・」
考えてみれば当たり前だ。大地震が起きたのに点検もせずに列車を動かせるわけない。
駅員に聞いても、現状復旧の目処が立たないと言う。
ならばとタクシーを使おうと思うが、何時間待つのかわからないほどの列が出来ている。
式場からここまで来た一同は角を突き合わせて相談する。
こちらに知り合いがいる人は、連絡が取れるようになったら協力を仰ぐことにした。
またそれ以外の人はとりあえず山形に留まることになった。
そして俺とキサは・・
「少しでも進もう。うまくヒッチハイクできれば早く帰れる」
キサの提案で歩いていくことにした。
だが歩きだけでは何日かかるかわからない。
山形と宮城は奥羽山脈で東西に分かれている。電車でなら三時間ちょっとだが、歩きで石巻までなんて無謀すぎる。
なので、せめて山越えに入るまでにはヒッチハイクが出来ればいいが・・
その後、運良く山形県庁の近くでヒッチハイクに成功した。
乗せてくれた男性も俺達と同じく宮城出身の人で、急いで家に戻る最中だったそうだ。
山を超え、仙台市街に入ると地震の影響がよく分かった。
民家を中心に壊れている部分が見える。
ブロック塀が倒れているくらいならまだマシだ。家によっては半壊しているものもある。
俺達はとりあえずそのまま男性の家へと同乗した。
幸いなことに男性の家は地震の影響は少なく、家族も皆無事だった。
しかし俺達はそこで恐ろしい話を聞いてしまった。
海沿いの町が津波に飲まれた。
仙台市からすぐ東の多賀城市も津波にのまれたそうだ。
そしてそれは石巻も・・
その話を聞いた俺達はご家族に礼を言って家を飛び出そうとした。
だが、ここまで送ってくれた男性が行けるところまで来るまで送ってくれると申し出てくれた。
確かにここから石巻まではまだかなりある。歩きでは到着は真夜中になるだろう。実際すでに夜なのだ。
とりあえず男性が調べてくれた避難所まで行ってみることになった。
地震の影響で通れない道があり、何度も迂回しながら車は石巻へと近づく。
移動中の車内でも俺達は何度も電話をかけたが、どちらの家族も出なかった。
まこっちゃんや漁師仲間も連絡が取れない。
皆の無事を祈りながら発信を繰り返しているうちに、避難所である教会についた。
このあたりなら漁港の方の明かりが見えるはずなのに真っ暗で何も見えない。
俺達はここまで連れてきてくれた男性にお礼を言い、車を見送ってから避難所に入る。
悲壮感。ここにはそれしかなかった。
笑顔の人間など一人もいない。泣き声も聞こえてくる。
俺達もそんな空気に押しつぶされそうになった時、離れたところにいた一団が知り合いであることに気がついた。
漁師の仲間たちだ。
俺達は急いでその一団に近づくと、こちらに気づいた仲間たちが涙を流しながら俺達を迎えてくれた。
皆こちらの無事を喜んでくれ、現地にいなかった俺達に何が起きたのか説明してくれた。
あまりに衝撃な内容に、俺の頭では理解が追いつかなかった。
『・・明日、明るくなってから町を見ればすべてわかるよ』
そう言われて、ここまで戻ってきて疲れた俺達は空腹も気にせずに眠りについた。
そして翌朝。憎らしいほど晴れたその日。
高台から町の光景を見た俺達は・・絶叫し涙を流した。
俺達はすべてを失ったのだ。家族も友も住んでいた町も・・
あれから時が経ち、南浜津波復興祈念公園に慰霊碑が出来て以来、俺は毎日通って黙祷を捧げている。
だが今日俺がここに来て祈ったのは、いつもの黙祷とは違う。
キサやギルマスから水神社が消える可能性が高いことを聞かされたからだ。
あの本城とかいう冒険者と精霊たちが消滅を回避しようと動いているらしいが、成功する可能性はそんなに高くないそうだ。
俺はあの日から神など信じていない。
だからといってここに眠る人達に祈るのはお門違いかもしれない。
それでも・・それでもどうか水神社を守ってください。
石巻で生きる人達の心の拠り所であるあの場所を・・
親父、おふくろ、まこっちゃん、ここに住んでいた皆。
どうか・・頼むっ!




