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勇者の力

……………………


 ──勇者の力



 勇者タカナシ・メグミは現状について説明を受けた。


 汎人類帝国は、ドワーフの国とエルフの国を情け容赦なく征服した魔王軍の脅威にさらされており、今も危機的な状態が続いている。その状況を打開するために自分が召喚された、と。


 しかし、そんなことを言われてもタカナシ・メグミに何かできるわけではないと思われていた。彼女は至って普通の女性に見えていたからだ。


『──汎人類帝国の同胞諸君! 今や我々は救国の勇者を戦列に向かえ、今や魔王軍をこの大陸から駆逐する準備を始めている! 諸君らも戦列に加わり──』


 ラジオはそれでも既に勇者についてのプロパガンダを流しており、勇者タカナシ・メグミに対する期待感は日に日に高まっている。


 彼女ならばこの苦境を逆転してくれると信じて。


「勇者タカナシ・メグミ。あなたには前線に向かってほしい」


「へええっ!?」


 陸軍参謀総長のフレデリック・ガムラン元帥に言われて、タカナシ・メグミがうろたえる。聞く限り彼女のいた国では戦争はずっと起きておらず、戦争そのものが恐るべきものとして認識されているようなので無理もない。


「もちろん、あなたを一兵卒のように戦わせるつもりはにない。ただ、前線で兵士たちを鼓舞してほしいのだ。では、準備を整えておいてもらいたい」


 ガムラン元帥は前々から勇者懐疑派であり、本当にタカナシ・メグミが戦況をひっくり返してくれるなどとは思っていない。


 だが、既にプロパガンダでタカナシ・メグミは人類勇者であり、汎人類帝国の希望だともてはやされている。ならば、それは有効活用すべきだと、ガムラン元帥は思っていたのである。


「で、でも、前線って砲弾とか爆弾が飛んで来たり……?」


「警備には細心の注意を払う」


「わ、わかりました……」


 タカナシ・メグミはやたらと押しに弱かった。


 こうしてタカナシ・メグミは前線に向かうことになり、汎人類帝国陸軍がようやく敗走を止めて、防衛線を展開したアンゲラブールへと向かう。


 その情報をまだ魔王軍は手に入れていなかった。


 しかし、魔王軍は着実に前進しており、アンゲラブールを砲兵の射程に収め、魔王軍はアンゲラブールの攻略に向けて準備を進めている。


 さて、アンゲラブールは巨大都市だ。


 ここは人口100万人を誇り、工業都市でもある。多くの製鉄所や工業が並び、それらの製品は鉄道や運河で輸送されて行く。


 ここは汎人類帝国の物流の中心にもなっており、ここを迂回して移動すれば、この地点に部隊を集結させた汎人類帝国の反撃を受ける恐れがあった。


 そのため魔王軍でもアンゲラブールの攻略は必須とされていた。


「かなり困難な戦いになるだろう」


 南方軍集団司令官のツュアーン上級大将はそう予想していた。


 アンゲラブールは完全な市街地であり、障害物だらけの戦場だ。ここは明らかに地の利があり、防衛側である汎人類帝国に利がある。


 このアンゲラブールを落とすには将兵をひき肉にしながら、何の策もなく力尽くで攻略するしかないだろう。


「可能な限り砲爆撃で叩いてから前進するか……」


「上手く包囲できればそれに越したことはないのですが」


「それは難しいな。ただ陽動については考えておくべきだろう」


 アンゲラブールを取るのに出血なしでそれを成し遂げるのは難しい。血を流し、肉を飛び散らせ、殺意と敵意の嵐の中を前進しなければならない。


 だが、まさかそれ以上の抵抗が待ち受けているなど、魔王軍は考えていなかった。


 1746年3月。


 魔王軍はアンゲラブールへの最初の攻撃を開始。


 陸軍はあらゆる火砲でアンゲラブールを砲撃し、空軍も敵の抵抗拠点となると思われる場所に爆撃を実施した。まるで火山の噴火のように吹き荒れる炎に多くの人類が焼かれていった。


 しかし、それはほんの始まり。


 それから魔王軍はアンゲラブール内へと足を踏み入れた。


「建物を確保しろ! 最優先だ!」


 魔王軍も度重なる戦闘で市街地戦の極意というものを身に着けつつあった。それは市街地戦ではまず建物を押さえろというもの。


 建物はバンカーになり、見張り台になる。野戦においても高所を押さえるのが重要なように、市街地戦でも少しでも高い場所を制圧することは大事だ。


 魔王軍はその基本を着実に遂行しようとするも、汎人類帝国もその意図に気づていた。これまでの戦いで学んだのは、魔王軍だけではないのである。


「敵の機関銃陣地です!」


「爆薬を放り込め!」


 その結果起きるのは凄惨な戦いで、部屋をひとつひとつ制圧するような戦いだ。


 ツュアーン上級大将が将兵をミンチにしてでも推し進めるとしたアンゲラブール攻略戦は早くも魔王軍が多大な出血を出しつつあった。


 それでも魔王軍は前進そのものは続けていた。ひたすらに進み続け、アンゲラブールの中央にあるアンゲラブール市中央広場まで前進。市街地の半分を制圧した。


 ここで魔王軍は予期せぬ抵抗に遭遇する。


「あれはなんだ……?」


 人狼の将校がアンゲラブール市中央広場が見渡せる建物から、広場に接近する汎人類帝国側の部隊を発見した。


 そこにはドワーフやエルフもいたのがひとつの疑問点だったが、それ以上に疑問なのは明らかに民間人である女性を彼らが守って前進していたことだ。


 そう、それは勇者タカナシ・メグミだ。


「大丈夫か、タカナシ・メグミ殿」


「え、ええ。な、なんとかやります」


 彼女を護衛しているのは外人部隊のアルフォンス・デュフォール少佐で、彼の部隊が勇者タカナシ・メグミを前線で護衛していた。


「い、い、いきます!」


 タカナシ・メグミがそう宣言した次の瞬間、アンゲラブール市中央広場に膨大な魔力が出現し、グレートドラゴンすらも上回るそれが──炸裂した。


 アンゲラブールの東に向けて指向性を以て放たれた炸裂は魔王軍の大部隊を一瞬で蒸発させ、市街地を廃墟に変えた。


 その爆発はアンゲラブールを半包囲する魔王軍南方軍集団司令部からも見えた。


「何だ、あれは……」


「ツ、ツュアーン上級大将閣下! 前線から緊急の連絡です!」


 そこで魔王軍は勇者の脅威というものを知ったのであった。


 魔王軍はアンゲラブールを攻略中だった10万の兵力がほぼ壊滅し、アンゲラブールから一瞬で駆逐された。


 この損害から立て直すために魔王軍は多くの時間を費やすことに。


 アンゲラブール陥落の時間的猶予は大きく伸び、汎人類帝国はこの勝利を大きく宣伝した。勇者タカナシ・メグミが魔王軍を退けた、と。


 だが、魔王軍もアンゲラブールを諦めたわけではない。アンゲラブール正面にはさらなる戦力が派遣されてきており、アンゲラブールへの砲撃も未だ続いている。


 どれだけの損害を出そうと魔王軍は前進するつもりだ。


……………………

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